ダンジョン運営から不正と判断されたが、運営側の不手際とされたので補償として一つだけアイテムを得られる権利を得ました
三流木青二斎無一門
第1話/重力
深淵と呼べる通路を俺は走る。
「ぐ、うッ」
洞窟にも似た狭い通路。
裸足で走ると、岩盤で足の裏が抉れる。
痛くて痛くて泣いてしまいそうだが、我慢する。
「ふ、っふッ!」
俺が必死になって走っているのは、追われているからだ。
追われて、そして、俺は逃げている。
捕まってしまえば、俺は足の痛みよりも酷い苦痛を味わうだろう。
「出口……か?」
俺は通路を抜けると、広い場所へと出て来る。
出口かと思えば違う。球場程の広さをした場所だった。
天井からは鍾乳石が垂れていて、地面はぬめり、滑りやすくなっている。
多少歩きやすくなった、俺は出口を目指して走るが。
『お待ち下さい、伏間くん』
くぐもった声が、俺が通った道から聞こえて来る。
俺はその声に振り向いた。
ことこと、と靴底を鳴らしながらやってくるのは……漆黒の宇宙服の様な外装を着込んだ人間だった。
声からして男性で、俺が良く知る人間でもある。
「……
俺を、この迷宮へと連れて来た張本人。
同時に、あの悪魔の様な女に引き合わせた存在。
『キミの行動ですが……残念ながら、この迷宮に出口は存在しません。言い難いですが、貴方の逃走は、無駄なんですよ』
そう言って近づいてくる暈宕泰心。
俺は彼の歩幅に合わせる様に後ろへ下がる。
「俺は、戻らないぞ……戻るくらいなら、……」
死んでやる。と言おうとして止めた。
駄目だ、俺は死ぬワケにはいかない。
言葉を濁した俺に、暈宕泰心は頷く。
『えぇ、安心して下さい。貴方を連れ戻す様な真似はしません』
そう言って……暈宕泰心は突如、手に刃物を握り締めて、それを俺に向けて放つ。
命中精度が低い為か、その刃物は俺の左上腕に突き刺さった。
「あ、あああああッ!」
俺は腕に突き刺さった刃物に手を添えて、引き抜こうとする。
まさか、手負いにして無理矢理連れて行くつもりか?
……いや、さっき、奴は俺を連れ戻す様な真似はしない、と。そう言った。
『お嬢様は貴方をお連れする様に言いましたが……』
なら、その意味は明白としている。
奴は……俺を、殺すつもりだ。
『貴方は害悪と判断しました、故に此処で死んで頂きます』
漆黒の宇宙服のポケットから箱を取り出す。
それは掌に収まる程の大きさで、箱には四角形の線が何重にも描かれていた。
陰陽迷宮にて回収する事が出来る術具と呼ばれるアイテムを収納する『匣』だ。
『「
名を呟くと共に、箱が観音開きとなって開かれた。
そして、匣の中から出て来るのは、錆びた銅色の分銅だ。
それが重力に従う様に落下して……地面に設置すると共に、俺の体が地面に沈み込んだ。
「が、ぁッ!!」
重力の向きが変わった様に思えた。
匣から出て来た術具……『天球分銅』。察するに、分銅を落とす事で重力を倍加させる事が出来るのだろう。
地面に張り付く俺に対して、暈宕泰心は散歩をする様に歩いてくる。
彼が着込んでいる漆黒の宇宙服、それはただのコスプレではない。
あの衣服も同じ術具であり、恐らくは重力に影響を与えない効果を持つと推測する。
『重力系の術具で揃えてますから。私に重力関係は通用しません』
ご丁寧に解説を交えた。
いや、それは恐らく冥途の土産なのだろう。
自身の情報を惜しむ事無く教えるのは術師として褒めた行為じゃない。
それはつまり、死人に口無し。今から死ぬ者に教えても支障はないと言う事。
俺は此処で確実に殺される。
ただの飾りかと思えば、違う。青色の水晶の奥から、黒い色が渦巻いて、掌に空いた穴から黒い球体を作り上げる。
『「
膨大な重力を圧縮して生成される、ブラックホール擬き。
受ければ肉体は死滅する、それだけは確実に分かる。
「ぐ、あぁああッ!」
体を無理に起こそうとする。
肉体から響く砕ける音。
骨が軋んで折れた様子だが、関係ない。
此処で逃げなければ待ち受けるのは死だ。
俺は、まだ死ぬワケにはいかない。
確かに、俺には、生きる為の理由が無い。
だからと言って、俺には誰かによって生かされた。
その誰かは、きっと、誰よりも生きたいと願っていたんだ。
だから、俺が生きる事を諦めたらダメだ。
死を望む事など、死んでも望んではならない。
この命を無価値に消費する事は許されない。
だから、俺は逃げるんだ。
『無駄ですよ』
俺の体が後ろに引かれる。
奴が作り上げた『
奴だけは平然としている。言った通り、重力系が無効化されているらしい。
『去らば、伏間くん』
その言葉と共に、俺は黒い点の中へと吸い込まれる。
……瞬間、地面が唐突に崩壊した。
『っ』
いや、唐突じゃない。奴が扱った術具『
この空間内で操作された重力が倍加していた。その影響は俺以外にも地面に対しても効果があったんだ。
岩盤の下は恐らく空洞。だから重量が増すと自然に破壊されたんだろう。
『これは予想外です……まさか下層に落ちるとは……』
暈宕泰心はそう呟いて、上空から俺が落ちる様を眺めていた。
俺は奴の顔に中指を立てようと思ったけど、思う様に動かず、そのまま奴の顔が見えぬ程に、下層へと落下した。
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