第8話 [いつも以上に不自然な猫宮さん]

「あれ?」


 俺がトイレから帰ってくるといーくんは席におらず、もぬけの殻だった。

 代わりに猫宮さんがいつも以上にそわそわしている様子だった。


「猫宮さん」

「ふぁいっ!!」

「ど、どうしたんだ? 運動部の掛け声みたいな声出して……」

「なんでもないよ!!」


 猫宮さんに声をかけると、何かをバッと隠し、慌てて俺に返答をしてきた。


「いーくんどこに行ったか知らないか?」

「あ、えぇと、部活の呼び出しがあったらしいよ?」

「忙しいやつだな……全く」


 俺は自分の席に戻り、広げていた弁当箱を片付け始めた。

 その間も隣から視線を感じ続けていた。

 片付け終えたら、頬杖をつきながら窓の外に浮かぶ雲をボケーっと見つめていた。


「あの、そ、空音くん!」

「ん? どうした」


 猫宮さんに呼ばれたのでそちらへ向くと、いつも以上に不自然な猫宮さんの姿があった。

 顔はほんのりと赤くなっており、目は「バタフライしてるんですか?」ってくらい泳いでいた。


「え、えっとえっと……。そのぉ……」

「ん??」


 なんなのだろうか……。妙に顔が赤くて不自然だし、もしかして風邪か?


 そう思った俺はクラスメイトたちを確認し、隙を見て猫宮さんの前髪をあげて手のひらを額につけた。


「ひゃ、ひゃわわわわわわ!!」


 触れた瞬間は温かい程度であったが、一気に高温になった。

 猫宮さんの顔は茹で蛸のように真っ赤になり、琥珀色の瞳が揺れていた。そして頭のてっぺんからは機関車のように湯気が出ていた。


「あ、熱い!! 猫宮さん大丈——」

「うぅ〜〜っっ!」

「猫宮さーーん!」


 風邪を引いてると思って心配しようとしたら、猫宮さんが勢いよく席から立ち上がって教室をダッシュで出て行った。


「あれだけ走れたら風邪じゃない……か?」


 少し心配だが……まあ、大丈夫だろう。

 うん、きっと大丈夫だ。


 そして俺の予想は当たり、授業が始まる頃にはいつも通りの猫宮さんが教室に戻ってきた。

 だが、俺を見るなり顔を赤らめてそっぽを向き、前髪をつまんでいじり始めてしまった。


 俺に触られるのが嫌だったっぽいな。

 慎むべし、慎むべし……。


「うぃ〜、授業始めっぞ〜」


 五時間目は世界史だ。

 教科書と配られたプリントを眺めながら、先生の話を聞く簡単な授業だ。

 途中で先生の雑談が始まるから、そこが睡眠時……じゃなくて休憩時だ。


「——っと、そういや範囲には関係ないところなんだが」


 早速始まったか。


「マリーアントワネットで有名だが、本人は言ってないっつーあの言葉あるだろ? “パンがなければケーキを食べればいいじゃない”っつーやつ」

「んん!!」

「ぇ……」


 先生がそう言った途端、猫宮さんがいきなり額を机に思い切りぶつけていた。

 俺は絶句しながらその様子を見ていた。


「ど、どうした猫宮……そんなにこの言葉が嫌いだったか……? 先生、恐怖を感じちゃったぞい……」


 先生は少し震えながら猫宮さんにそう言っていた。相当怯えていた。


「い、いいえ……。少し目眩がしただけなので……」


 猫宮さんは赤くなった額を抑えながら涙目になっていた。


「……大丈夫? 猫宮さん」

「んっ!! ま、全く問題ないわ!?」

「大丈夫には見えないが大丈夫としておくよ……」


 一応猫が被れてそうなので放っておくことにした。


 五時間目が終わり、最後の六時間目は現代文だ。

 現代文の担当はおばあちゃんで優しい先生だ。


「えー、それではですねぇ。このKくんがですねぇ、言ったんですよねぇ。えー……『これは無料だぁ』って」

「ゔゔんん!!!」

「ひぇっ」


 俺は少し声をあげて驚いていた。

 理由は、猫宮さんはスラスラとペンをノートに走らせていたが、突然ペンを持つ力が強まり、ノートが何枚か貫通してビリっという音が響いた。


「え、えぇと……。ね、猫宮さん、大丈夫ですかねぇ……?」

「い、いえ……大丈夫です……。くしゃみを我慢しただけ、です……」


 いつもおとなしい生徒が突然こんな風になったらそりゃ驚くよな……。

 一体猫宮さんに何があったんだ?


 俺は授業中に猫宮さんが不自然な理由を考えていたが、全く思いつかないまま六時間目が終わってしまった。

 机の中の教科書をバッグに詰めていると、猫宮さんが俺の席の横でポケットに手を突っ込みながら仁王立ちしていた。


「あっ、あのっ!」

「どうしたんだ?」


 頰を赤らめながら汗をダラダラとかいていた。


「い、いいいい、一緒に……」

「一緒に?」

「け、け、ケーキの……」

「ケーキの?」

「やっぱ何でもない!!」

「えぇぇぇ!?!?」


 猫宮さんは脱兎の如く逃げ出した。

 あそこまで言われたら逆に気になるのだが、もう追いつけないだろう。


「猫宮さんとな〜に話してたんだ?」

「涼牙」

「大スクープの予感がしたで?」

「美兎」


 猫宮さんが去った後、代わりに二人がやってきた。


「言っておくが、俺もさっきのことを全く理解できてないから説明できないぞ」

「ま、今回はそういうことにしといてやるさ。今から俺たちは相合傘デートゥをするからな!」

「どや、羨ましいやろ?」


 二人は腕を組みながらドヤ顔をかましてきた。


「お前らは俺に出来ないことを平然とやっているが、別にそこにシビれないし、あこがれない」

「な、何——ッ!?」

「じゃあな。空音鷹斗は普通に去るぜ」

「チクショ〜! だがノリがいいとこは好きだぜ! じゃあな〜〜!!」


 後ろからそう聞こえたため、俺は手を掲げてひらひらとした。

 そして俺はこの場を後にした。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


果たして猫宮は鷹斗をケーキバイキングに誘えるのかッ!?


To be conti((殴

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