愛しい人

西尾 諒

第1話 告白


 目の前に座っているひとは、僕の話を聞き終わると、強い視線でまっすぐに僕を見つめてきた。大きな黒い瞳は僕の心までも吸い込みそうに思えたが僕は懸命に耐えた。

 夏は真っ盛り。カフェのドアが開くたびに、台風が過ぎ去った直後の湿った生温いかい風とミンミンゼミの鳴き声が入って来るのを肌と耳が受け止める。

 昔、こんなにミンミンゼミっていたっけ?そんな余計なことを考え現実逃避をしかけている僕の耳に、やがて騒がしいその鳴き声が短い夏の間に異性を求める切実な声に聞こえてくる。僕もミンミンゼミとたいして変わりはないのかもしれない、なんて言う思いが膨らみ始め、僕を自己憐憫の彼方へと突き落とし始める。いや・・・ミンミンゼミよりも僕は正しい生き方をしているのだろうか?とさえ思う。


 そんな僕の眼前に、きりっとした目と、その上には少し女性としては太いかもしれないけど、美しいラインの眉毛がある。

 この眉毛に・・・。たぶん僕は騙されたんだ。顎は意志の強さを表すかのように少し角張っているが良く見れば女性らしい曲線を崩すまでにはなっていない。でも初めて見た時はそうは見えなかった。

 ショートボブではあるが、つやつやとした健康そうな黒い髪の毛。それも僕が大きな勘違いをした要因かもしれない。

 すらりとした鼻筋、柔らかそうな女性的な唇・・・。それに美しさを見出す人もいるだろう。

 うん。でも、それはちょっと違うんだ。僕にとっては。

 僕は彼女の視線を精一杯受け止め続けた。彼女は、やがてすっと目を逸らした。窓の外には山ほどのひまわりが咲いている。つられて僕も目を燦燦と陽光の注いでいる戸外へと目を移した。告白した緊張感と彼女の強い目線から心が逃げ出したかったに違いあるまい。

「ああ、夏だなぁ」

 ふとそう思った。暑くて好きじゃないけど、冷房の良く利いたこんなカフェから外を眺めている分には夏はいい季節だ。くっきりとしたいろどりが他の季節に比べて格段に美しいじゃないか?そんな別世界に入りかけた僕が、ぼんやりと視線を泳がしていると、

「で、和戸クン、私にどうしろっていうのかしら?」

 美しいアルトの声が聞こえた。慌てて視線を戻すと、再び真っ直ぐの視線が突き刺すようにこっちを見ていた。

「ええと・・・」

 僕はあたふたした。

「何だったら聞かなかったことにしてもいいけど」

「いや、それは・・・」

 だって、僕は告白してしまったのであり、彼女はそれを聞いてしまったのでああり、例えなかったことにしようと言っても、決してなかったことになんかなりようもない。

「そう、じゃあ仕方ないわね。で、私にどうしてほしいのかしら」


 その声に初めて彼女を見た時の景色を思い浮かべた。大学のキャンパスの木陰、他のグループから少し離れた場所で一人っきり、「謎」とだけ書かれたレトロ調の木製の看板の下で小さな机と椅子に座ってまっすぐな視線を投げていた彼、いや彼女の姿を。

 学ランを着た姿は背がピシッと伸びてとっても素敵だった。その姿に僕は一目ぼれをしてしまったんだ。


 もう一度僕は彼女を見た。彼女は今度は視線を逸らそうとはしなかった。僕は目線を落とした。

 どうしたら良いのか、僕にも実は分からない。分からないまま、素直に自分の気持ちを伝えようとした。

 それだけなんだ。だから・・・。

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