第十四話 歓迎の準備
溶け切った建物や道がモザイク状に固まって広場を作っていた。
広場の広さが邪人コンラッツの固有魔法の威力と、邪神カジハとの戦いの激しさを物語る。
広場の中央には紳士的な顔にニヤニヤと笑みを浮かべ、茶髪を風に揺らす邪神カジハが立っていた。
「ようこそ! 準備は万端かな? 意外と早くやって来てくれて嬉しいよ。まずは君たちの勇気を賞賛しようじゃないか」
パチパチと小馬鹿にするように軽い拍手をして、邪神カジハは周囲をぐるりと見回す。
「姿が見えないのは不便だなぁ。魔力で位置が感じ取れはするけど、あの少年は分からないしなぁ。まぁ、あの少年はさして脅威でもないか」
独り言で煽っても、リオは一切の反応を示さない。
神剣オボフスを片手に、リオはカジハの背後にいた。数十歩で間合いに入れることのできる距離だが、まだ仕掛けるには早い。
カジハが正面に向き直る。
「ところで、聖人がなんでこんなところにいるのかな?」
唯一、ナイトストーカーで姿を隠していないガルドラットに向かってカジハが問う。
ガルドラットは無言で剣を構えた。神剣でも邪剣でもない、ただの名剣を。
直後、ガルドラットは特殊な構えを取った。清浄な気配が一瞬にして広がり、カジハが顔をしかめて距離を取る。
間合いに入れたモノを斬り刻むガルドラットの固有魔法はカジハでも致命傷は免れない。斬り刻まれるだけならともかく、リオの魔法斬りがどこから飛んでくるか分からない以上は迂闊に致命傷を受けられない。
カジハが地面に足を付けたその瞬間が合図だった。
『――籠る王者の大言木霊する、鳴窟(めいくつ)』
シラハの声が響き渡る。
カジハを中心に巨大な土のドームが形成され始め、カジハの頭上に視線を吸い寄せる矢が飛んだ。
カジハが無理やり頭上を見上げさせられて不愉快そうに目を細める。
ドームに向かってガルドラットが走り出す。同時に、カリルがドームに滑り込み、ラスモアがドームの外から神剣ヌラを発動した。
ドーム内に雨天の広場が作り出される。リオやカリル、シラハが七人ずつ出現した。
突然現れた見知らぬ片腕の男も老人も、カジハは無視して複数存在するリオの幻影に視線を巡らせる。
魔法斬りを警戒してのことだったが、魔法斬りはリオだけの特権ではない。
ドームの外から壁越しに、ガルドラットが固有魔法を発動するための構えを取る。
剣を水平に構え、神気を拡散する。ガルドラットがその場から動かない限り、空間内の敵を斬り刻む固有魔法。
ドームの外も中も、魔法の発動圏内だ。
ドームの中で邪神カジハが斬り刻まれ、固有魔法で延命を図ろうともカリルが魔法斬りで防ぐ。
だが、リオ達もこれでケリがつくとは思っていない。
「リオ、下に邪霊!」
シラハの報告を聞き、リオはすぐさま神剣オボフスを地面に突き刺した。
透過能力を発動し、地面の下へと潜る。
リオ達が準備をしていたように、カジハも襲撃に備えているだろうと予想されていた。
旧シュベート国やサンアンクマユの陥落に際し、カジハは邪獣や邪霊を追い立てて戦力差を覆す作戦を取っている。ならば、この決戦の場にも邪霊や邪獣を潜ませている可能性があった。
地下には空洞が広がっていた。泡がはじけたような凸凹があちこちに見受けられる。
「コンラッツの固有魔法……」
おそらく、地上の状態はカジハによる偽装で、本来は地面すら溶かしてすり鉢状のクレーターを作り出したのだろう。
邪獣や邪霊の気配を無数に感じる。足音や鳴き声が木霊して位置もろくに掴めない。
なにより、空洞が広すぎた。リオの故郷の村が八割方納まる規模だ。二百人くらいで乱闘しても余裕がある。
何体かの邪霊が光を発しているおかげで空洞全体が見えているが、倒す順番を考えなければ暗闇で戦うことになる。
ざっと見回して順番を考えたリオは壁面とも地面ともつかないすり鉢の斜面に足をつけ、神剣オボフスを腰だめに構える。
旧シュベート国騎士剣術は邪獣や邪霊との乱戦を想定した術理がある。ホーンドラファミリアの幹部たちから教わったその剣術を組み込んだ我流剣術の構えを取り、リオは一歩踏み出した。
一閃。
下り坂を利用して加速したリオの一撃はシカが変異した邪獣の首を斬り落とす。
リオに気付いた邪獣たちが一斉に攻撃しようとした瞬間、リオの背後に降り立ったシラハが剣の柄に魔力を込め、魔法を発動した。
地面が複雑に隆起し、複数の壁からなる立体的な戦場を作り出す。
神剣オボフスの透過能力で壁をすり抜けたリオは動揺している邪獣の首を深く斬り裂いて致命傷を負わせ、別の邪獣の胴体を袈裟斬りにする。肋骨を避けて振り下ろされた神剣オボフスの一撃は邪獣の内臓をあふれさせた。
シラハがリオの頭上を飛び越してナイトストーカーを振り下ろす。布のように平たい邪霊が裁断され、続けざまに周囲の邪獣が斬り伏せられていく。
ナイトストーカーの効果で姿が見えなくなっているリオとシラハに反応できるのは魔力感知の能力が高い者に限られる。二人が高速で動き回っているため捕捉が難しく、対応できない者は邪霊も邪獣も区別なく致命傷を負っていく。
二人合わせて二十体ほど斬り伏せた時、突然頭上からカジハの声が響いた。
「歓迎の準備が無茶苦茶だよ。残酷な真似をするね」
見上げれば、天井が消え失せて雨雲が見えていた。
ラスモアやガルドラット、カリルがすり鉢状の戦場に着地する。
頭上を見上げたラスモアが悔しそうに呟く。
「仕留めきれなかったか」
ガルドラットがラスモアに合流し、周囲の邪獣を蹴り飛ばして空間を作る。その空間に滑り込んだカリルが飛んできた邪霊の固有魔法を魔法斬りで消滅させた。
ガルドラットがカジハを見上げる。
「……手ごたえが妙だ。カリル殿、何か気付いたか?」
「内臓の位置も作りも分からねぇ。邪気って奴で体の中が満たされてるっぽいぜ」
カリルは姿が見えないリオに向けて声を張り上げる。
「リオ! お前の読み通りだ! 奴の弱点の移動先を探せ!」
カリルの声を聴くと同時に、リオは背中にシラハの気配を感じる。
示し合わせることもなく、リオとシラハは同時にジャンプした。シラハが剣の柄に魔力を込め、足元の地面を急速に隆起させてすり鉢状の戦場から地上へ脱出する。
隆起した地面の高さから、リオとシラハが脱出したと判断したガルドラットが固有魔法を発動する。
ガルドラットの間合いに入った邪霊や邪獣が一気に斬り刻まれ、それを見た他の邪霊たちが一斉に距離を取った。
カリル、ラスモア、ガルドラットがすり鉢状の戦場の邪霊たちを引き受けてくれる。
地上に出たリオとシラハはすぐさま距離を取り、カジハに向き直った。
カジハは姿が見えずとも魔力でシラハの位置を感じ取れる。だが、リオの位置はまるで把握できない。
「歓迎の準備を読んで、聖人たちをぶつけたのかな? 神弓ニーベユの女と少年少女の三人で勝てるとでも?」
呆れたように肩をすくめて、カジハはシラハに剣を向けた。
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