第十五話 読み合い
邪神カジハ討伐に向けて、リオ達はいくつもの作戦を考えていた。
作戦を考える上で最も重要視されたのは数少ないカジハとの戦闘記録だ。
リィニン・ディアがまとめていた資料や旧シュベート国崩壊時の戦闘、さらにサンアンクマユ戦。
それらの戦闘記録において、カジハは致命傷を受けたことが何度かある。
特に、コンラッツによる縦一閃は不意打ちでカジハを文字通り真っ二つにしていた。
真っ二つになっても死なないとなると、疑問が出てくる。
カジハは人型だが内臓器官は人と同様なのか?
いくら混合の固有魔法があるとはいえ、脳や心臓といった重要な臓器を外部に出して長時間活動できるとは思えない。
カジハは人型をしているが、魔玉から発生した新生物だ。既存の生き物とは生態からして異なる可能性がある。
例えば――不定形のアメーバのような生物が人の形を模しているならば?
例えば――人の死体に寄生して操る生物ならば?
正体が何であろうと、弱点が体内にないのなら外部に固有魔法で隠している。
「リオ、時間は稼ぐ。頑張って」
シラハがリオに聞こえるように激励する。相変わらずの無表情に見えるが、カジハが相手だけあって緊張が見え隠れしていた。
リオはすり鉢状の戦場を逃れて走り出す。身体強化を発動し……耳を澄ませる。
カジハが気付いていてもなお、戦力と判断していない存在が首輪の鈴を鳴らした。
ちりん、ちりんと二度。
リオは右足を踏み出し、神剣オボフスを肩に担ぐ。
戦闘力がないチュラスの仕事は、カジハの魔力を感知して戦場に隠された弱点の位置を突き止めること。
事前に決めていた鈴の音の回数から、リオはおおよその位置を把握した。
チュラスの位置から数歩の位置にカジハの固有魔法の核がある。
リオは陽炎を発動する。
一瞬で周囲に広がったリオの魔力はカジハの固有魔法の核を膨張させた。
リオにもはっきりと感じ取れる。淀んだ泥のような重い気配がリオの魔力で薄められながら膨れ上がっていく。
「イオナ!」
名を呼んで合図しながら、リオは魔法の核へと、渾身の力でオボフスを振り下ろした。
木の板でも割るような硬い感触が手に届く。
核に亀裂が入り、魔法が消滅した。周囲の景色に変化はない。だが、これでいい。
リオは踵を返し、陽炎を纏ったまま戦場へと高速で戻る。
カジハが頭上を見上げている。イオナがタイミングを見計らって放った矢が視線を空に固定させているのだ。
カジハの固有魔法は視界に収めた物を対象にして発動する。空を見上げる限り、発動できない。
手が届かない雲を対象に選べるのなら、そもそも地面に弱点を混合しない。射程があるのだ。
唯一対象にできる矢も、陽炎を発動したままのリオへと降ってくる。混合しても即座にリオが魔法斬りで潰せる。
カジハへと、シラハが一気に加速した。身体強化を限界ギリギリまで高め、邪剣ナイトストーカーを八相に構えている。
逃げ場はない。弱点も逃がせない。
カジハを間合いに捉えたシラハが斬りかかる寸前、何かに気付いて目を見開く。
「リオ! こいつ――」
シラハが言い切る前に、カジハが矢からあっさりと視線を逸らしてリオを見た。
いや、見ていない。
ニタニタと笑うカジハの顔には――目がなかった。
「みーつけた」
二つの眼窩に黒い液体を湛えた不気味な顔でカジハはリオに笑いかける。
「くっ――」
裏をかかれたことに気付いたリオは隠密に戻ろうとして、背後に昏い気配を感じた。
咄嗟に振り向きざま神剣オボフスを盾にした瞬間、リオは目の前に迫る巨石を認識する。
陽炎を発動している以上、この巨石は魔法ではなく実物だ。すぐさま神剣オボフスで透過してやり過ごした直後、巨石の向こうにカジハが立っていた。
「新しい芸かな? 面白いね!」
口先だけでほめながら、カジハは混合の魔法を発動した。
地面が変形し、大きく陥没する。即座に陽炎に魔法の核が反応して膨張した。
リオはオボフスを横に振り抜き、魔法の核を消滅させる。
魔法の核が消滅する起点を観察したのだろう。カジハがリオの位置を捕捉して口の端を吊り上げる。
「見えない上に物理も魔法も効かないとは面倒極まりないが、やりようはあるね」
カジハは陽炎の中には踏み込まず、固有魔法を発動する。カジハの双眸から目が消え失せ、代わりに黒い泥のような邪気を湛えた。
視界をどこかに飛ばしたのだ。
リオはカジハから距離を取りつつ陽炎を広げ、カジハの眼を探す。
完全に戦いの主導権を握られている。
リオが眼を見つける前に、カジハの背後の街並みが大きく形を変えた。
レンガや岩や木材、家々を構成する素材が組み替えられ、癒着し、作り上げられたそれは投石機のような形をしていた。
ガコンと、てこの原理で投石機が何かを投擲する。
雨雲の下を飛んでくる無数のそれは、肉や野菜だった。
戦場に食材が降ってくる。サンアンクマユの住人が避難する際に残していった腐った食材や戦いで死んだらしい邪獣の肉。
ぼとぼとと、戦場に肉や野菜が落ちる。
カジハの双眸に眼が戻った。
「神剣オボフスは確か、生物を透過できないんじゃないかな?」
カジハが身体強化を施した足で生肉を思いきり蹴り飛ばした。
リオは生肉を躱す。
嫌な流れだと分かっているが、対処のしようがない。
――カジハの読みは的中しているからだ。
今のリオに対して、生肉は武器になる。
シラハと同様に身体強化の強化率が高いカジハならば、邪獣の死体を叩きつけるだけでリオを殺せる。
カジハは陽炎の中にいるリオへ目だけで笑いかけた。
「君だけのために、こんなものも用意していたんだよ」
数歩、後ろに下がったカジハが足元のタイルを蹴り飛ばす。タイルの下には空洞があり、何か白い物が見えていた。
カジハが手に持っていた剣を適当に放り投げ、足癖悪くその白い物を蹴り上げて空中で掴む。
カジハが軽い調子で横に振りぬいたそれを見て、リオは肌が粟立つのを感じた。
カジハが手にしたのは、こびりついた肉に鋭利な金属を無数に埋め込んだ脊椎だった。
「邪人の爺さんで作って感動的な再会にしたかったけど、溶けてしまったんだ。邪獣で作った間に合わせだけど、気に入ってくれると嬉しい」
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