第五話  身体強化の突破、その先

 一晩中シラハに付き合ってもらい、リオは陽炎に乗せる意思を調整する訓練を続けた。

 朝日が昇るころにはどれくらいはっきりした意思ならば魔力に乗るのか、それが陽炎となって相手に到達するまでの時間はどれくらいか、ある程度分かってきた。


「リオ、オッガンさんが来る」

「もう訓練の時間か」


 流れるように神剣オボフスを手に取り、リオは部屋を出る。

 後ろからついてきたシラハが先に階下へと走り、キッチンにいた母に声をかけた。


「リオの朝食、私が作る」

「毎朝ありがとう。助かるわ。旅の間も作っていたの?」

「うん」

「あらあら。そういうことならレシピも教えておかないとね」


 娘が手伝ってくれるのが嬉しくてたまらない様子で、母は手作りのレシピノートを食器棚の引き出しから取り出した。


「リオー、すぐに訓練に行くんでしょ? 後でシラハに朝食を持っていってもらうから、楽しみにしておきなさい。ちゃんとお礼も言うのよ?」

「はいはい。って、父さんは?」

「昨晩、チュラス……さん? と飲んでいたから、まだしばらく起きないわよ」

「チュラスってお酒飲むの?」

「まさに舐めるように飲んでたわよ」

「なにその面白い光景。見たかった」


 自分の訓練の裏でそんな日常が繰り広げられていたとは思いもよらず、リオは笑う。

 玄関の扉を開けると、ちょうどオッガンが歩いてくるのが見えた。タイミングよく開いた扉に驚いた様子もない。


「リオ、訓練の時間じゃ」

「わかってます。行ってきます」


 家の中に声をかけて、リオは玄関を出た。

 オッガンと並んで歩きながら、リオは昨晩気になったことを質問する。


「魔法ってどうやって動かしてるんですか?」

「なんじゃ、突然」

「実は、陽炎の魔力でフェイントをかけられないかと思って」


 昨晩シラハと訓練した内容と目的を説明すると、オッガンは感心したように小さく笑う。


「欠点を指摘されても一切腐らず、応用方法に転換しようとはな。リオのその姿勢は実に好ましい」


 リオを褒めた後、オッガンは見慣れた光の玉をその手の平に浮かべた。


「魔法を動かす方法は二通りある。一つはこのように、魔法の核を物理的な手段で動かすもの」


 浮かべた光の玉を指先で弾いて動かし、オッガンは説明する。


「魔法の核へ物理的な干渉ができるのは、魔法斬りをするリオに説明するまでもあるまい。この方法は魔力を消費しないものの狙ったところに飛ばすのが難しく、風などの外部要因の影響も受けやすい」


 木の柵に当たった光の玉が反動でふわふわとオッガンの下に戻ってくる。


「核への干渉で動きが決まる以上、魔法の核がどこにあるかも見破られやすい。そして、物理的な干渉が難しい魔法もある」


 光の玉を消したオッガンが宙に小さな火の玉を浮かべた。やけどを覚悟しなければ核に触れられないだろう。


「こういった魔法は術式で動きを制御する。実戦ではこちらが主流じゃな」

「術式ですか」


 オッガンが実際にいくつかの魔法陣を見せてくれる。どの部分が動きに相当する術式なのかを説明してもらっても、リオにはよくわからなかった。

 リオの理解力が及んでいないことを察して、オッガンは話を変える。


「リオが知りたいのは魔法を動かす方法ではなく、陽炎の魔力を意図して動かす方法じゃろう?」

「はい。フェイントに使う意思が乗った魔力を相手に叩きつけて先入観を与えたいんです」

「ふむ。難しいじゃろうな」


 オッガンは説明の手順をしばし考えた後、解説してくれた。


「リオの陽炎は身体強化魔法の余剰魔力じゃ。では、身体強化魔法とはなにかを説明せねばならん。以前、村の子供たちを集めてした話は覚えておるか?」


 ある程度の年齢に達した子供たちを集めて行われた講習会。身体強化魔法の使い方や危険性を説明するものだった。

 身体強化魔法は心臓を核として発動する原始的な魔法だと、端的に説明されたことはリオも覚えている。


「シローズ流やミロト流を学んだというのなら、もう少し詳しい説明も理解できるじゃろう」


 身体強化の魔法は術式や詠唱が不要で心臓さえあれば発動できる魔法だ。原始的な魔法のため、人間を始めとする魔法を扱える動物である魔物や邪獣、神獣も例外なく使用できる。

 術式が存在しない以上、魔力を意図的に動かすことはできない。


「術式を加えて身体強化の強度を上げる方法も研究されているが、なかなか難しいようじゃ。身体強化をしている体内の様子を観察する術がないため、研究そのものがあまり進んでおらぬ」

「発動中の身体を切って心臓を観察するわけにもいかないですしね」

「うむ。術式を使用せぬ以上は魔力に意図的な動きを与えるのは難しい。通常の魔法でも、動かす対象は魔法の核であり、核の周囲で現象を引き起こす魔力ではない」

「じゃあ、できない?」

「できないとは言わぬ。難しいが、思いつく方法はあるんじゃ」


 オッガンは心配するようにリオを見る。


「儂が思いつくからには、リオも遠からず思いつくじゃろうし、ぶっつけ本番で使われるよりはましか」


 とても言いにくそうな表情で自分に言い訳したオッガンがその方法を話す。


「リオは叩きつけると言ったが、魔力に方向性を与えて叩きつけることはできぬ。だが、放出する方向を絞って当てることはできるじゃろう」

「限界突破からさらに魔力を放出するってことですか?」


 言われてみれば、余剰魔力をさらに多く生み出せば目的は達成できる。

 魔法斬りでも喉や肺を部分的に限界発動することで余剰魔力を生み出している。ならば、体の前面や敵に近い手首から先で限界発動を行い、陽炎を相手に当てることができる。

 単純な方法ではあるが、オッガンが言い渋った理由も単純だった。


「限界突破の時点で体を壊しかねん。だというのに、限界突破をした状態でさらに魔力をつぎ込んでも、身体能力は向上せぬ。完全に魔力の無駄使いじゃ。フェイント一つのためにそこまで魔力を消費する意味があるのか、よく考えた方が良い」

「正論ですね。練習はしてみますけど」

「リオならばそう言うじゃろうな。根を詰め過ぎぬようにせよ」

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