第六話  記録会

 訓練に訓練を重ねる日々の中、ラスモアがリオの家に訪ねてきた。


「リオ、シラハも連れて一緒に来てくれ」

「はい、すぐに!」


 領主の長男を待たせるわけにはいかない。リオは部屋の掃除を中途半端に投げ出して階下に駆け下りた。

 ラスモアはリオとシラハを見て苦笑する。


「掃除をしていたのか? 悪いな、今日のところはこちらを優先してくれ」

「大丈夫です。でも、雨ですけど、何をするんですか?」


 昨夜から降り始めた雨は今がちょうど盛りのように勢いを増している。

 こんな天気では訓練も難しいからと、リオ達は掃除していたくらいなのだ。

 ラスモアは背中を向けて歩き出す。


「道中に話す。急いでくれ。雨が強い内に済ませたい」


 ラスモアの背中を追って、リオは玄関の傘を手に取る。

 リオよりも早く、シラハがするりとリオが広げた傘の下に入った。

 リオはシラハと共にラスモアの横に並ぶ。

 ラスモアは並んだリオをちらりと見て、早足になった。


「邪神カジハの固有魔法を封じるのに、神剣ヌラを使う。そのための景色を記憶するから、リオ達にも来てもらいたい」

「俺たちが役に立ちますか?」

「勘違いをするな。今回の作戦においては、私がリオ達の役に立つために行動する」


 領主の長男とは思えない言葉を口にして、ラスモアは説明する。

 神剣ヌラに収める光景は、この土砂降りで視界が制限される中でリオやシラハといった邪神カジハと直接戦う少数精鋭の姿を展開するものだという。


「簡単にいえば、神剣ヌラで分身を作り出してカジハの注意を引く」

「それで俺たちも視界に含めないといけないんですね」


 実際に見た光景を展開する性質上、リオ達本人がその場にいなければ難しいらしい。

 シラハの魔法訓練でも使う広場には、すでにカリルやイオナなどの参加メンバーが集まっていた。広場の端には助言役なのか、オッガンの姿もある。


「それぞれ、別の方向を向いて構えを取ってくれ。実際に魔法を撃ったりしてもかまわない」


 ラスモアに指示されて、リオはシラハと共に構えを取る。相手がいない上に記録を取るのは気恥ずかしさもあったが、訓練をしているのと大して変わらないと気付けば平常心に戻れた。

 ラスモアが手を叩き、神剣ヌラを抜いた。

 すると、リオ達の前にリオとシラハの姿が出現する。触れても通り抜けるものの、虚像とは思えない存在感があった。


「シラハ、魔力感知で虚像と本物との区別はできそうか?」


 ラスモアが虚像を指さして質問する。

 シラハは首をかしげた。


「リオだけは区別できる。他の人は分からない」

「やはり、長い間一緒にいる相手は間違えないか」

「違う。虚像は魔力をまとってるけど、リオは普段、魔力を発散していないから区別できる」

「魔力の質で区別できるか?」

「魔力の質はほとんど同じだからぱっと見は分からない。一人二人なら、すぐに区別できるかもしれないけど、この人数だと無理」


 シラハの返答に、ラスモアは我が意を得たりと頷いた。

 落ち着いた状況で観察できるシラハですら判別が難しいのだ。戦闘で展開されればカジハでも即座の対応は難しい。


「このまま進める。みな、離れた場所で同じように構えを取れ」


 ラスモアの指示で、全員が移動し、構える。ラスモアが手を叩くと、またも虚像が出現した。

 先ほどの虚像を振り返れば、いまだにそこに存在している。虚像が二つに増えていた。


「この調子で増やす。構えは変えよ。本物だけが別の構えを取ってしまっては一目瞭然だからな」


 さらに二つほど虚像を作り出した後、ラスモアは次の指示を出す。


「リオ、私が手を叩いたらシラハの位置からカリルの位置まで、陽炎を発動しながら走り抜けろ。オッガン、お前の判断でいい『連ね氷柱の大雪華』を撃ってくれ。眼を引くものが別に欲しい」


 リオが頷いたのを見て、ラスモアが手を叩く。

 身体強化を限界以上に発動し、リオは陽炎を纏う。

 神剣オボフスを地面の下に透過させながら、自身ができる最高速でカリルの下まで走り抜けた。

 リオが駆け抜けた空間に陽炎となった魔力がわだかまり、徐々に雨に流されていく。


 これでいいのだろうかと、リオはラスモアを振り返り、違和感に気付く。

 雨に流される陽炎に濃度勾配ができていた。地面から、リオの膝、腰丈ほどの陽炎がそれより上の部分よりも雨に抗っているように見える。

 気のせいには見えない。シラハも同じことに気付いたのか、興味深そうに陽炎を見つめていた。


「――リオ、どうした?」


 ラスモアに声をかけられて、考えに没頭しかけていたリオは思わず背筋を正す。


「なんでもありません」

「何でもないように見えなかったが?」

「いえ、ちょっと違和感があっただけで、この神剣ヌラの記録会には関係ないので」


 雨が降っている間に終わらせたいとラスモアは言っていた。陽炎がなくても輪郭がぼやけがちな雨ならば、虚像の些細な違和感も誤魔化せるからだろう。

 ならば、自分のことで時間を取るわけにはいかないと、リオは次の指示を聞こうとする。


「時間を取らせてすみません。次は何をすればいいですか?」

「違和感の正体を突き止めよ。これは命令だ。焦らずともよい」


 ラスモアはあっさりと言い返して、呆気にとられるリオからイオナに視線を移す。


「イオナ殿、神弓ニーベユの効果が神剣ヌラの記録でも発動するかを確認したい。協力してくれ」


 さっさと次の実験に移っていくラスモアに頭を下げて、リオは与えられた時間を有効に使うべく陽炎を振り返る。

 すでに陽炎は消えていたが、再現実験も可能だ。


「シラハ、手伝って」

「ん、任せて」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る