第二話  こいつが新人か? グヘヘ、いい眼をしてやがる

 リオは困惑しながらラクドイ道場に入った。

 普段は門下生である村の子供たちとラクドイしかいないはずのその道場に、今は余所者の大人ばかりが雁首揃えている。


「どういうこと?」


 リオは呼び出した張本人、チュラスを見る。

 チュラスはついてきたシラハの肩によじ登ると、面白がるように目を細めた。


「リオに剣術を教えたいと大人共が言い出したのだ。文句ならばそこの騎士隊長殿に言うが良い」

「教えてくれるなら文句なんて言わないけど……」


 リオは困惑したまま道場を見回す。

 トリグが村に来ていることも初耳だったが、道場に揃っている大人たちの顔ぶれが無茶苦茶だった。

 言い出した騎士隊長のトリグに加え、ラーカンルを始めとしたロシズ子爵家の騎士たち。ホーンドラファミリアの武闘派からは研ぎ澄まされた刃のような雰囲気の男や年老いてなお獰猛な気配を纏う老人、コンラッツと同じ邪人まで揃っている。

 村の子供たちに自衛のための剣術を教えるラクドイ道場の雰囲気が完全にぶち壊され、寄らば斬る、寄らぬなら寄って斬るという殺伐とした剣術を教える訓練場と化していた。


「もしかしなくても、生徒は俺一人?」

「付きっきりであるぞ。喜べ」

「死にそうなほど嬉しいね」


 肩をすくめて、リオは神剣オボフスを鞘ごと引き抜き、道場の中央に出る。


「それで、誰から?」


 笑みを浮かべて見回すリオの態度に、大人たちは鍛えがいがありそうだと同じく笑う。

 大人たちの中から二十代後半の男が進み出た。切れ長の三白眼に精悍な顔立ちのその男は比較的刃渡りの短い木剣を手にしている。


「最初は自分だ」


 リオの体勢を観察しながら、男は名乗る。


「ニアルモという。コンラッツの孫にあたる」

「コンラッツの孫? あの人、子供がいたの?」

「いたから自分がここにいるんだよ」


 当り前だろ、とニアルモは口だけで笑い、リオが構える神剣オボフスを睨む。


「オボフスの継承はしないと言ってたあの爺さんがこんな子供に渡すとはな」

「継承なんて仰々しいものじゃなかったよ。くれてやるってさ」

「爺さんらしいや。だが、託したってことはそれだけの価値をお前に認めたってことだ。大事に使えよ。ってーわけで、教えるのは神剣オボフスの使い方。旧シュベート国の近衛騎士隊長に伝わってる剣技のいくつかだ」


 ニアルモは前置きして、構えをいくつか披露した後、リオに木剣の切っ先を向ける。


「実戦形式で行こう。お前についての話を聞く限り、その方が覚えが早い」


 ニアルモの木剣に神剣オボフスの切っ先を合わせて、リオは右足を引いて構えた。


「望むところだよ」



 完全に日が没した頃、剣術訓練は解散となった。

 リオは母が用意してくれた夜食を食べながら、訓練を振り返る。


「やっぱり才能ないなぁ」


 訓練で得たモノは確かにあった。

 だが、それらのほとんどは概念的なモノや知識であり、技術として習得できるかというと身体能力の壁が立ちはだかる。

 一流の剣士たちが揃って技術を教えてくれる今の環境はおそらく国一番のはずだが、肝心のリオにその技術を再現できるほどの才能がないのだ。

 習得できる可能性で言えば、ラクドイ道場の門下生の方が高いくらいだ。


「……悔しくはないのか?」


 リオの呟きを聞き取ったらしいチュラスが尋ねる。その横で、シラハは何を言ってるんだと言わんばかりに不思議そうな顔でチュラスを見ていた。

 シラハはリオが何を考えているかなど、お見通しらしい。


「リオはどう活かすかしか考えてない」

「ふむ。そういう奴であるな」


 リオも悔しい気持ちはある。

 だが、できないことに固執する気はない。


「究極的な目的は、剣術を修めることじゃなくてどう斬るか、もしくは斬らずに逃げるか。その目的を達成する効率的な手段として剣術があるんだ。なら、剣術を習得するのを目的にするのは目的をはき違えてるよ」

「我がリオを評価するとすれば、その目的への猪突猛進振りであるな。大目標を達成するための小目標を手段の一つとしてしか見ぬ。剣術の開祖とはこういう輩なのだろうよ」

「開祖なんてばかばかしい。俺しか使ってない俺だけの剣術だから我流なんだろ」

「今後もリオしか使えぬ剣術ならばそうであろう。だが、技術として確立した以上は模倣する者が必ず出る。特に、リオの我流剣術は代替手段を持てぬ者だからこその剣術だ」

「そういうものかな?」


 チュラスの見立てに首をかしげながらも、リオは紙に今日の訓練で得た知識を列挙しては、自分の我流剣術に活かせる要素を抜き出してまとめている。

 その勤勉さと論理的な解釈、体系的なまとめ方こそが技術継承に重要な要素であることをリオは気付いていなかった。

 活かせそうな要素をまとめながら、リオは頬杖を突く。


「なんか足りないんだよなぁ」

「贅沢な奴め」

「自分でもそう思うけど、やっぱりもっと速く、鋭く振る技術が欲しいんだよ。身体強化の限界を超えるような手段が欲しい」

「言っておくが、身体強化の限界発動の時点で失敗すれば体を壊すのだ。あれは魔法で火事場の馬鹿力を再現しているだけなのだからな」

「無茶はダメ」


 シラハがリオの両肩を掴んで顔を覗きこみ、言い聞かせる。聞き分けの悪い子供を叱るような響きも帯びたその言葉を聞いても、リオの頭の中では限界突破の手段を模索し続けていた。


「トリグさん相手にやったあの陽炎の一撃からもう一歩踏み出せる気がするんだよ」

「リオ、話を聞いて」

「聞かぬだろうな」

「どうやればいいんだろ」


 目標へまい進する長所であり短所をいかんなく発揮しながら、リオは考え続ける。

 何かヒントはないかと視線を巡らせながら。

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