最終章 邪を祓う剣
第一話 辺境の農家の家なのよ、これ
村がにわかに騒がしくなってきた。
対邪神カジハで協力関係を結んだロシズ子爵家とホーンドラファミリアがそれぞれの戦力をリオの住む村に集中させたのだ。
辺境の小さな村にすぎなかったはずなのに、人口規模があっという間に四倍に膨れ上がり、村の大人たちは容量オーバー寸前の好景気にてんやわんやしていた。
村の外、防壁代わりの丸太壁を作るために木々を伐った名残の空き地に次々とテントが出来上がる。そのテントではロシズ子爵家の騎士たちやホーンドラファミリアの武闘派がごった返している。
騎士と武闘派など水と油ではないかとハラハラする村人を余所に、それらの戦力は互いに訓練し、作戦内容を話し合い、やや事務的ながらも衝突もなく交流を図っていた。
それというのも、邪神カジハ討伐の切り札であるリオの村だけあって、下手に問題を起こせば確実に作戦が破綻すること、破綻すれば命はないことを双方が理解していたからだ。
カリルの指導で魔法斬りを取得している騎士も数人いるが、剣の才能がある彼らではリオのように連発はできない。
そんな双方の指揮官であるラスモア・ロシズとイオナがリオの家でテーブルを囲んでいた。
「やはり、邪神カジハ相手に総力戦は難しいか」
「神器や邪器が必要ですから。それに、戦場を分断される可能性も高い。現場レベルで連携が取れる少数精鋭で当たるべきです」
サンアンクマユ陥落時の体験談や旧シュベート国崩壊時の報告書などで得た知識をもとに話すイオナに、ラスモアはため息をつく。
ラスモアはテーブルの上に座って話を聞いているチュラスを見る。
「チュラス殿、リオは邪神カジハを相手にどこまで戦える?」
「その質問は他の騎士と比較しての話か? それとも、リオに勝機があるかという話か?」
「どちらの話も聞きたい」
「他の騎士とは比較にならぬほど、リオは戦えるだろう。だが、単体で勝機があるとも思えぬ。……思えなかったのだが、今のリオでは分からぬな」
チュラスの見立てを聞き、ラスモアは少し嬉しそうに笑うが、すぐに真面目な顔に戻った。
「少数精鋭で当たるとなれば、他の者たちに実力を見せておかなければ士気にかかわる。イオナ殿、そちらはどうだ?」
イオナは少し考えた後、話し出す。
「コンラッツ様が神剣オボフスを託した時点で、我々はリオの実力そのものは疑っていません。その上で、コンラッツ様をよく知る邪人の方々はリオの実力、特に魔法斬りを見てみたいと話していました」
「そうか。いま、聖人ガルドラットなどにも協力を要請している。腕利きの冒険者も多数参加するだろう。やはり、リオの実力を見せる場を設けた方がいい。チュラス殿、リオに話しておいてくれないか?」
「話すのは構わぬが具体的に何をするかは決めておけ」
「討伐戦までに何度か連携強化を図る訓練をする。そこで、魔法斬りを披露する場を作ろう」
ラスモアはそう言って少し考えた後、呟く。
「我が家の者では、リオを相手にすると魔法を撃てないか」
「しくじれば死ぬと考えれば、味方に遠慮なく撃てる者は少ないであろうよ」
「オッガンにでも頼むか。嫌がられるだろうが、内外に名が通っている」
「妥当な人選でしょうね」
ロシズ子爵家の筆頭魔法使い、オッガンの名はイオナも知っているらしく、ラスモアの案を支持する。
決まりかと思いきや、意外な人物が窓からのぞき込んだ。
「ちょいといいかい? おじさんも作戦会議に混ぜて欲しいんだよねぇ」
「……誰です?」
不躾に窓から声をかけてきた中年の男にイオナが不快そうに眉をひそめる。
チュラスが目を細め、ラスモアを見て「にゃー」と鳴いた。
ラスモアは中年男を睨む。
「貴殿は確か、王家の騎士隊長トリグだったか? リオやシラハにかけられた指名手配はすでに解けている。この家に何の用だ?」
「これはこれは、ラスモア・ロシズ殿。しがない騎士隊長の名前を覚えていただけていたとは光栄です。指名手配の件とは別に命令を受けまして、こうして参上した次第です。こちらがその命令書」
トリグが馬鹿丁寧に命令書を開いて差し出す。
手に取らずに命令書を読んだラスモアは玄関を指さした。
「取り逃がしたリオに思うところがないのなら、そこの玄関から入ってくれ。それから、その丁寧さは似合わん。普通に話せ」
「あ、助かるよー。おじさん、肩ひじ張るの苦手なの。四十肩かしらん」
軽口を叩いて、トリグは堂々と玄関から入ってくる。
テーブルの上のチュラスと目線を合わせ、トリグはにっこりと笑った。
「リオ君は神器エレッテリの鎮静化魔法も斬れるのかい?」
明らかにチュラスに向けての質問だった。
正体がばれていると踏んで、チュラスは猫の真似をやめてすっとテーブルの上に立ち上がり、一礼する。
「失礼した。我はチュラス。聖人ナック・シュワーカーの古馴染みにしてリオとシラハの友人である。質問の答えだが、斬れる」
「そうかい。改めて、王国騎士団三番隊の隊長トリグだ。命令を受け、今回の邪神カジハ討伐に参加させていただく。新兵は足手まといなんで二十名ほどしか連れてきていないが、腕利きを選りすぐってきた」
ざっくりと自己紹介して、トリグは椅子を引いて腰を下ろす。キッチンの方でリオの母がこわごわとテーブルを振り返った。
寒村の一農家の家に領主の長男と裏組織の幹部と王家の騎士隊長と人語をしゃべる猫がいる。息子が広げた交友関係に頭が痛いことだろう。
気の利くチュラスは視線に気付き、猫の手を合わせて頭を下げた。
「騒がしくしてすまぬ。しかし、我らがここで会議を行うことでリオの重要性を内外に示す意味合いもあるのだ」
「あ、えぇ、はい……」
いまだにこの猫との距離感を図りかねている母は曖昧に言葉を濁して笑う。
そんなやり取りを見て見ぬ振りして、トリグが切り出した。
「そんでねぇ、さっきの模擬戦の話なんだけども、しばらく待ってくれないかい?」
「なぜだ?」
「おじさん、リオ君にいろいろと教えたいことがあんのよ。というか、おじさんだけじゃないと思うけどね、教えたがりはさ」
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