第十八話 望まぬ遭遇

 壁を走り抜け、リオは廃坑の外に出る。

 真っ暗な森の中、リオは大きく息を吐きだしてから耳を澄ませて周囲を探った。

 人の気配はない。廃坑の中で待ち構えていたミュゼ達とは別に、外の捜索に当たっているリィニン・ディアもいるはずだが、すでに遠くの捜索に切り替えたようだ。

 そうこうしている間に、シラハやカリル達が続々と壁を抜けて外の空気を思いきり吸い込んだ。


「のんびりしていられねぇ。さっさとオルス伯爵領を出るぞ」


 カリルが息を整えながら率先して歩き出し、リオ達も後に続く。

 この期に及んでミュゼ達が追いかけてくるとも思えないが、外に出た捜索部隊が戻ってくる可能性もある。

 そもそも、ここはオルス伯爵領。リィニン・ディアと協力していることが確定したオルス伯爵が騎士団を使ってリオ達を捜索するかもしれない。

 ロシズ子爵領に戻るまで気は抜けなかった。


 暗い森で明かりをともせば居場所がばれてしまうため、月明かりを頼りに森を進む。

 口を閉ざしたまま廃鉱山を後にしたリオ達は陽が昇るまで歩き続けて十分な距離を稼いでからようやく休憩時間を設けた。

 戦闘の後から夜通し歩いて疲労困憊だったが、眠っている時間もない。

 川岸で適当な岩に腰かけたリオはビスケットを取り出してシラハと分けた。


「疲れた」


 短く感想を口にして、シラハはビスケットを齧る。

 同感だったが、疲れているのはみんな同じ。言っても仕方がないことだともわかっているため、リオは建設的な話をしようとカリルに声をかける。


「まっすぐロシズ子爵領に帰るの?」

「そうもいかねぇよ。シラハの資料を持ち出した時点で犯人は俺たちだってミュゼも判断したうえで、捜索隊を出したはずだ。捜索隊はまっすぐロシズ子爵領までの最短距離を捜索した後、捜索範囲を広げるだろう。特に領境が危険だな」


 領境にはオルス伯爵家の騎士団も警備で巡回している。連携されれば突破は難しい。

 カリルがフーラウを見た。


「昔使ってた山道ってまだあるか?」

「あるぜ。というか、こうなるだろうと思って途中の小屋も整備しておいた」

「小屋って、あれ洞窟だろ」

「良いんだよ、小屋で。扉をつけてんだから」


 あくまでも小屋だと言い張るフーラウに苦笑して、カリルがリオに向き直る。


「ここから迂回してコトーレンって町に向かう。そこから山道を抜けてロシズ子爵領へ戻るぞ」

「あまり知られてない道なの?」

「冒険者しか使わない険しい道だ。一本道で、人通りが少ないから目撃されずに済む。ちょうど領境の辺りが山の頂になっていて、騎士団も巡回しない」

「なるほど」


 納得したリオはカリルが広げた地図で詳しい地理を確認する。万が一捜索隊と出くわして戦闘などに発展した結果、別行動になったとしても合流できるようにするためだ。

 合流地点をいくつか定めて休憩を終えたリオ達はさっそくコトーレンへ方向を転換して道を急いだ。


 二日ほどかけて遠回りし、コトーレンには寄らずに山道に入る。

 冒険者くらいしか利用しないというだけあって、山道は荒れ放題だ。整備もされておらず、一部は崖下へ崩れている有様だった。

 動物たちの世界に間借りしているような道だけあって、山育ちのリオにはむしろ落ち着く景色である。


「わざわざこんなところまで分け入ってくる冒険者も少なくなったな」


 フーラウが懐かしそうに周囲を見回す。

 カリルがフーラウを見た。


「俺が現役の頃でも、利用してたのは俺たちくらいだろ」

「そうなの?」


 リオが口を挟むと、フーラウがカリルを指さした。


「獲物や納品物を大量に集めるとなるとここまで来ないと取りつくされてるんだ。まして、カリルは金が必要だったからな。みんなでここまで遠征して、金策してたんだ」

「おい、俺だけを金の亡者みたいに言ってんなよ」

「ソレインもよく来たがってたもんなぁ」

「女はいろいろ金がいるのよ」


 ソレインの反論にフーラウが肩をすくめる。


「まぁ、使い道には口を挟まねぇよ。俺もパナルもあの小屋で持ち寄ったちょっといい酒やつまみで楽しむのが好きだったから、何も言わなかったんだしな」

「そういえばパナル、縦笛持ってきてるの? どうせなら、今晩にでも一曲吹きなさいよ」

「……あぁ」


 パナルが小さく頷いて欠伸を噛み殺す。この数日で、パナルが寡黙な性格ではなく単なるマイペースだとリオも分かった。

 カリルの冒険者時代の話を聞きながら山道を進み、日没前のまだ明るい内に山道を外れる。

 フーラウの案内で向かうのは道から少し外れた洞窟だ。フーラウが小屋だと言い張るその洞窟は山道から外れた森の中にあるらしい。

 扉もつけられた洞窟の中なら久しぶりにしっかりと休息を取れそうだ。

 うつらうつらし始めていたシラハがふと脚を止め、先頭のフーラウの服を掴んだ。


「待って!」

「どうした?」


 普段はリオとしか口を利かないシラハが引き留めるのなら、何か想定外のことが起きている。

 全員がすぐに臨戦態勢を取った。

 シラハに状況を聞こうとした矢先、洞窟がある方角から十数人の足音がやってきた。

 バタバタと慌ただしく走ってくる。確実にリオ達の存在に気付き、目指してきていた。


 シラハが邪剣ナイトストーカーを発動しようとして、焦ったように空を見上げる。

 まだ日が落ち切っていない。発動条件を満たせていなかった。

 カリルが神剣ヌラを鞘から引き抜こうとして、手を止める。


「不味いなぁ……」


 走ってくる集団を見てカリルが呟く。

 集団はオルス伯爵家の騎士団の紋章をつけた後続と、王家の騎士団を示す紋章をつけた先頭で成り立っていた。

 リオは集団の先頭を走る困り顔の騎士を見たことがある。

 王家騎士団に所属する隊長、リオの捕縛とオルス伯爵への引き渡しを任務として帯びているトリグだった。


 ――間が悪い。


 その言葉を視線で共有して、リオとトリグは揃って顔をしかめた。

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