第八話  廃坑

 山中深くにキャンプを張り、リオ達は偵察に出たチュラスを待っていた。

 準備運動を兼ねて素振りをしていたリオは視界の奥で木の枝が動いた気がして動きを止める。


「チュラスが帰ってきたかな」

「うむ。いま戻った」


 樹上からひらりと飛び降りてきたチュラスがキャンプの中に進む。

 煙で存在がばれないように焚火もせず、毛布で暖を取っていたカリル達がチュラスを迎え入れた。


「水はいるか?」

「もらおうか」


 堂々と尊大な態度で返事をするチュラスにカリルが小さく笑い、鉢に入れた水を出した。

 ぺろぺろと水を舐めたチュラスは改まって偵察の結果を話し出す。


「事前の情報通り、正規騎士が入り口に駐屯しておる。数は七名。常に二名以上が表に出て見張っておった」

「早くケリをつけないと正規騎士が突っ込んでくるのは間違いなしか」


 ラーカンルから渡された廃坑と正規騎士の駐屯場所の位置関係が示された地図を見て、カリルが呟く。

 チュラスが同意するように頷いた。


「廃坑の入り口は死角になっておるが、さほど距離も離れていない。騒ぎにはすぐ気づくであろう。リオ、足元の枝を我に寄越せ」


 チュラスに言われて、リオは足元に転がっている人差し指ほどの太さの枝を拾う。

 こんな枝を何に使うのかと思いながら差し出すと、チュラスは枝の端をくわえて器用に地面に絵を描き始めた。

 丸が廃坑の入り口、バツが駐屯所。丸の先に線が引かれ、三角や四角、台形などの図形が描かれていく。

 ナック・シュワーカーへの手紙は口に咥えて書いていたと、以前チュラスが話していたのを思い出した。


 チュラスの器用さに感心していた一同だったが、描かれていく図形が廃坑の内部の動線だと気付いて言葉を失う。

 ひとしきり図形を書き終えたチュラスが枝を吐き捨てた。


「土でじゃりじゃりしよる」

「ごめん。くわえると思ってなかったんだ。今度は土を払うよ」

「うむ。さて、気付いておるようだが、この図は廃坑の中におけるリィニン・ディアの動線である。つまり、この線の場所は人が通れるだけの広さがある」


 元が坑道だけあって複雑に入り組んでいる。これだけの通路をよく暗記したものだ。

 フーラウが疑うようにチュラスを見る。


「中に入ったのか?」

「否。我は魔力を感じ取れる故、外から魔力の気配を感じ、追跡したのだ。音も人間どもよりはるかに聞こえる故、これくらいは容易い」


 チュラスが得意そうに髭を猫の前足で撫で、尻尾をピンと立てる。

 チュラスの言葉を補完するようにシラハが呟いた。


「サンアンクマユでミュゼにはめられたとき、地下の避難路を上から追跡してた」

「出口でオックス流の剣士たちが待ち伏せていた時だね」


 リオとシラハが前例を話したことで信憑性を認めたのか、フーラウは「疑って悪かった」とチュラスに頭を下げた。


「気にすることはない。自らができないことをできる何者かがいると認めるのは難しいものだ。それに、この地図も完璧ではない」

「人が通らない坑道は追跡できないから、分からない?」

「リオの言う通りである。各々、留意されよ」


 坑道の全容を把握するには不十分とはいえ、今回の目的を考えれば十分に有用な地図だ。

 すぐにラーカンルが見やすいように紙に書き記し始める。

 チュラスが三角などの図形の意味を説明してくれた。


「三角、四角、台形、その後は角の数が多いほど滞在時間が長い。図形の中に書いた斜めの線の数がその場にいた最大の人数である。我が感じ取れる限りではあるがな」

「……多いね」

「我が把握できる反応だけで二十名。カリルやフーラウのような魔力総量がさほど多くない者は感じ取れぬ故、全体で倍から三倍の人員がいると思った方が良い。これでも、耳を頼りに探ったのだが、これが限界であった」


 リオ達は戦闘ができる者ばかりだが、リオ、シラハ、チュラス、カリル、フーラウ達、ラーカンル達の十三名。

 敵を六十人と見積もると、非戦闘員がいると考えても数の不利は明確だ。

 奇襲後、目的をすぐに達成して逃走に移らなければ追撃に怯えることにもなりかねない。

 カリルも同じことを考えたのか、チュラスが書いた地図を睨む。


「こいつぁ、的を絞ったほうがいいな。図形の部分が何らかの部屋として使われているんだろうが、何か分かるか?」


 質問を受けたチュラスが図形を一つずつ説明してくれる。


「作業音も聞こえた故、何らかの工房があるようだ。おそらくは魔玉の製造を行っておるのだろう。滞在時間が最も長いのはおそらく仮眠室である」

「外からの最短距離で襲撃できそうなのは?」

「この四角の部屋であるな」

「滞在時間が短いが人数が多いな。……休憩室か?」

「そこまでは分からぬ。それから、皆に注意を促したい話がある」


 改まってチュラスはそう前置きしてリオを見た。


「内部にミュゼらしき魔力の反応があったのだ」

「あいつがいるのか……」


 うんざりした顔をするリオの隣で、シラハもあからさまに嫌そうな顔をする。

 ミュゼについては情報を共有しているため、カリルやラーカンルも眉をひそめた。


「狭い廃坑で異伝エンロー流の使い手と斬り合うのか。普通は逃げ一択だな」

「おそらくは幹部に近い位置にいる男でしょう。生け捕りにできれば情報を引き出せますが、オルス伯爵領内を引っ立てていくのは難しい。極力無視ですね」

「あやつはリオやシラハに執着しておる。殺せぬとしても、動きを封じておいた方が良い」

「追撃は面倒だが、坑道の中でやり合うよりはましだ」

「同感です。本当に、あれは面倒な流派ですから」


 とてつもない嫌われようだったが、リオもシラハも同感だった。

 ラーカンルが読みやすくした地図を配り始め、受け取ったカリルが口を開く。


「奇襲は深夜だな。仮眠室で眠っている連中を潰して戦力を削ぎ、目星をつけた部屋を探索する。陣形を含めてもう少し詳細を詰めるぞ。お前らも意見を出せ」

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