第二十一話 背を向けて
二日連続で雨が降っていた。
スファンの町の入り口で、リオは傘を差してサンアンクマユ方面に目を凝らす。
邪神カジハ戦から三日、コンラッツは陽が落ちても姿を現さなかった。
「あの爺さんでもダメか」
リオの隣に立っていたホーンドラファミリアの武闘派が険しい顔で呟く。
「小僧、お前が気に病む必要はない。どうせ、俺らは日陰者だ。元近衛騎士のあの爺さんが最期に住民の盾を全うして死んだなら、上等な部類だからな」
リオの背中を軽く叩いて、武闘派は去っていく。
何も言わず、シラハがリオの隣に並んだ。濡れるのを嫌ったらしいチュラスが肩に乗っている。
チュラスは何を考えているか分からない顔で小さく「にゃあ」と鳴いた。
泥を踏む湿った足音が背後から近づいてくる。
「我々は一度、別の拠点で部隊の再編と今後の計画を練り直します。リオさんたちはどうしますか?」
そう声掛けてきたイオナに、リオはサンアンクマユ方面を見つめたまま答えた。
「一度故郷の村に戻る。いろいろと心配をかけたし、一度帰って報告しないといけない」
「分かりました。連絡員をこの町に置いておきます。こちらの合言葉を利用してください」
イオナが合言葉が書かれた紙を差し出す。リオを心配そうに見たシラハが紙を受け取った。
イオナはリオの背中に一礼して去っていく。
カジハの動きを警戒した衛兵が篝火に点火するのを見て、リオはようやくサンアンクマユ方面に背を向けた。
宿へ歩き出すリオに並んだシラハの肩の上で、チュラスが小声で話しかけてくる。
「もう良いのか?」
「あぁ。見切り時だよ。あのクソ爺、とんだ置き土産を残していきやがった」
腰に差してある神剣オボフスの柄に手を置き、リオは顔をしかめる。
シラハが咎めるような目を向けた。
「リオ、口が悪い」
「悪態吐きたくもなるっての」
舌打ちして、リオは雨雲に覆われた空を仰ぐ。
すっかり夜となり、真っ黒な蓋のように覆いかぶさる陰気な空を睨む。
「やることが山積みだ。一つずつ片付けよう」
宿の部屋に入ったリオは濡れた服を着替えて椅子に座った。
チュラスの足をぬれタオルで拭いてやりながら、リオは今後の予定を説明する。
「村に帰って、ラスモア様に報告する。もう、俺達の手に余る事態だし、貴族様に動いてもらわないとどうしようもない」
村で見つかった宝玉の調査がまさかここまでの事態に発展するとはリオも思っていなかった。
相手は小国シュベートを滅ぼす原因を作った犯罪組織リィニン・ディア。
村の子供でしかなかったリオとシラハの手に余る相手だ。組織が相手となれば、こちらも組織で対抗しなくてはならない。
今や、リオもシラハも騒動の只中にあり、身柄を狙われている。人質に取られないように縁のある者へ周知しておく必要があるだろう。
「この町を出る前にミロト流道場に顔を出して、師範とイェバスさんに話をしておこう。それから、リヘーランに寄ってガルドラットさんにも話をする」
魔法斬りについては、国最大の犯罪組織であるホーンドラファミリアに知られている時点で隠しても無駄だ。こうなったら堂々とリヘーランに足を運んでガルドラットにチュラスを紹介しつつ、状況を報告するべきだろう。
「チュラスもそれでいいかな?」
「ことがことである。我が邪霊と化す前にかの者と話をしておくべきであろう。ナック・シュワーカーの墓にも久方ぶりに顔を見せに行きたいものだ」
「それくらいの時間はあるよ。リヘーランを出たら、まっすぐにロシズ子爵家に向かう。途中で騎士の誰か、多分、ラーカンルさんが待っていると思うから合流すれば、ラスモア様に渡りをつけてもらえると思う」
リオたちが得た情報は報告書を通してほとんどラスモアも知っているはずだ。すでに対策を協議しているかもしれない。
目下、リオ達にとっての直接の脅威はリィニン・ディアだ。シュベート国の崩壊の切っ掛けを作った組織でもあり、ラスモア達貴族や国にとっても危険な存在である。
「まずは村でシラハの魔玉を探して、リィニン・ディアを潰すのに協力しよう」
明日出発すると宣言して、リオはチュラスの足を拭いたタオルを水桶に放り込んだ。
シラハがリオに声をかける。
「邪剣ナイトストーカーと神剣オボフスはどうするの?」
「ラスモア様に献上するかって話?」
「そう」
どちらの剣も一冒険者が持つには強力過ぎる武器だ。
「献上するつもりはない。神剣オボフスは俺が託されたんだ。少なくとも、カジハを斬るまでは俺が持つ」
「分かった。私も、手放さない」
「我も、神器エレッテリを手放す気はないぞ」
「隠し立てしてもばれるだろうけど、こっちが黙っていればラスモア様も察すると思う。一応、物理的に隠しておく?」
ラスモアに会う前に実家で両親に隠してもらうこともできるが、物が物だけに不安が残る。リィニン・ディアに村がばれていることもあり、手元から離すのは怖い。
シラハも同意見なのか、腰に下げている邪剣ナイトストーカーを軽く叩いた。
「大事な物は肌身離さず持っておくべき」
「それもそうだな」
リオも頷いて、神剣オボフスを見た。
朱塗りの鞘は大きく、リオの足の長さとそう変わらない。幅も広く、太ももよりも大きいくらいだ。
だが、近衛騎士団の長が代々受け継いできたとは思えないほど飾り気がない。見た目の印象とは裏腹に動物の皮をなめして作ってあるためかなり軽量だ。
さらに、鞘そのものも構造が特殊だった。
中に詰め物がされているのだ。もともとが厚みのあるなめし革を数枚重ねてあり、かなり頑丈な造りではあったが、内部には軽石が大量に詰め込まれ、それをなめし革で閉じ込めた造りになっている。
いうなれば、小さい鞘の外側に軽石の層、そのさらに外側になめし革の層ができているのだ。この構造から、革の盾としても扱える頑丈さと軽量さを併せ持つ。
なぜこんな造りをしているのかと言えば、神剣オボフスの発動条件にあった。
リオは逆手に持った神剣オボフスを鞘ごと引き抜き、テーブルの下から持ち上げる。透過能力を発動してテーブルの天板をすり抜け、能力を解除。鞘ごと神剣オボフスをテーブルの上に置いた。
「こいつも使いこなせるようにならないと」
神剣オボフス、能力は透過効果。発動条件は――鞘が触れたモノの物理的な干渉を無効化する。
この剣、鞘から抜いた状態では能力が発動できないのだ。
鞘が触れたモノに効果を及ぼす関係で、鞘そのものを大きくし、接触面積と間合いを広げてあるらしい。
頑丈な造りをしているのも、必要に応じて剣を抜かずに鈍器として扱えるようにという戦術だ。
癖が強いものの、リオの我流剣術との相性は抜群である。使いこなせれば心強い相棒になるだろう。
「シラハ、帰るまでの間も訓練するから付き合って」
「もちろん」
頼られて嬉しそうに、シラハは何度も頷いた。
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