エピローグ

 イェバスに出立の挨拶をしたリオとシラハはチュラスを連れてリヘーランに立ち寄った。

 リヘーラン周辺はどことなくのんびりとした空気が漂っている。


「テロープもブラクルも全滅したから、少しは安全になったんだよ」


 門番を務める衛兵がそう説明してくれる。

 リオは跳ね橋を振り返り、リヘーランの森を見た。

 森がいくらか切り開かれ、開拓が始まっている。


「住人が増えたんですか?」

「聖人ガルドラット様がいるからな。特に冒険者が増えたんだ。訓練もつけてもらえるぞ」


 神獣スファンも周囲に町ができていったが、聖人ガルドラットも慕う者たちが集まってきているらしい。

 冒険者が増えたことでさらに安全性が高まり、それを当て込んだ住人が増えていく好循環が起きている。

 加えて、聖人ガルドラットの影響で周囲の邪気濃度が低下、邪獣の出現頻度も減少傾向にあるのだろう。


 町の中も平和な空気だった。かつては奴隷商などの後ろ暗い商売も多く行われ、路地裏を覗けば麻薬が売っている町だったはずが表向き治安の良い町になっている。

 冒険者ギルドに入ると、リオを見つけた職員が意外そうな顔をする。


「リオ君にシラハちゃん、どうしたんですか?」


 魔法斬りで奴隷の首輪を破壊できてしまうため身柄を狙われかねないと、護衛まで付けて送り出したリオたちが帰ってきたのだ。ただ事ではないとすぐに察しがついたらしい。

 人目につくのは不味いだろうと、特別な依頼人用に設けてある待合室へ案内してくれた。


「ガルドラットさんに会いたいです。チュラス、と伝えていただければわかると思います」


 リオが用件を伝えると、職員が急いで訓練場の方へ走っていく。

 リオはシラハの膝の上に座っているチュラスを見た。


「緊張してない?」

「うむ。どう声をかけたものかと考えておる。驚かさないようにしてやらねば……」

「考えるだけ無駄」


 シラハがチュラスを見下ろして正論をぶつける。

 猫の姿のチュラスが喋っている時点で、普通は驚くはずだ。

 言い返せなかったチュラスがしかめっ面を両前足でぐしぐしと洗う。


「――失礼する」


 そう声をかけて、職員に伴われたガルドラットが待合室に入ってきた。

 すぐに視線を巡らせたガルドラットはリオとシラハの他に人間がいないことに気付くと、職員の肩に手を置く。


「申し訳ない。君は外へ」

「あ、はい!」


 背筋をピンと伸ばした職員は言われるがままに待合室を出ていく。手を置かれた肩を見て、少しニマニマと笑い、上機嫌で廊下を歩いて行った。

 相変わらず、ガルドラットはギルドの人間全員から慕われているようだ。

 少し困ったような顔で職員を見送ったガルドラットが扉を閉め、シラハの膝の上に座るチュラスを見る。


「チュラス殿、ですか?」

「いかにも」

「お初にお目にかかります。ナック・シュワーカーが従騎士、ガルドラットと申します」

「うむ。我はナックの友人、チュラスである。ガルドラットのことはナックの奴から聞いておるぞ。立派になったのだな」

「ありがとうございます」


 当たり前のように会話を繰り広げる一人と一匹に、リオとシラハは思わず顔を見合わせた。


「驚きもしない……」

「流石だね……」


 二人が感心している間に挨拶を済ませたガルドラットとチュラスは本題に入った。


「我らがガルドラットを訪ねたのは、魔玉に関連した事態が大きく変化したからである」


 チュラスはそう切り出し、魔玉の効果、リィニン・ディアや邪神カジハの関係と動向、リオとシラハの身柄が狙われていることなどを説明する。

 寡黙なガルドラットは口を閉ざしたままチュラスの話を聞き、リオを見た。


「力になろう」

「ありがとうございます。俺達はこの後、一度ロシズ領に戻ります。会わないといけない人もいるので」

「分かった」


 こくりと頷いたきり黙るガルドラットを見て、チュラスが尻尾でぱたぱたとシラハの太ももを叩く。


「あのヤンチャ放題の小僧がこう成長するのか。人間とはわからぬものであるな」

「……チュラス殿、昔の話は、その、やめていただきたい」

「なにを言う。ナックとの昔話でも語ろうではないか。必然、犬っころのようなお主の話もすることになろうが、良い肴であろう」

「……チュラス殿、やめていただきたい」

「ふむ。リオ達に格好をつけたいと言ったところか。よかろう。配慮しよう」


 チュラスに視線を落としたシラハがぽつりとつぶやく。


「言ったら台無し」


 それこそ言ったら台無しだろうとリオは思ったが、気付かないふりをして話を進める。


「俺達と関わっているガルドラットさんはリィニン・ディアに狙われる可能性があります。今のところ、ナック・シュワーカーさんやチュラスのことはバレてないですけど、ガルドラットさんも注意してください」

「分かった」


 ガルドラットが頷く。

 リオはシラハを促して立ち上がった。


「俺達はナックさんの墓参りをしてから出発します。ガルドラットさんはどうしますか?」

「自分はいい。訓練場での稽古がある。後進の育成を怠っては、ナック様に怒られる」

「うむ。ナックの奴は怒ると怖いからな」

「チュラス殿の言う通りです」


 ガルドラットとチュラスは顔を見合わせ苦笑した。

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