第十五話 亡国の剣術

 作戦会議が終わり、一晩しっかり休んだリオはほぼ無人になった衛兵宿舎の庭で剣を振っていた。

 今までの経験、特に仮想敵であるミュゼとのわずかな経験を糧に実践的に剣を振る。


 何人もの人間を斬ったであろうナイトストーカーの剣も、リオとしては学ぶところがあった。

 筋力に頼らず、認識の外から不意打ちで斬りかかるからこそのナイトストーカーの渾身の一撃。ただの人間であるリオが実戦で使うには条件が難しいものの、渾身の一撃の後の急速離脱は取り入れられる。


 膝から力を抜き、自然体で重心を外に出して足を運ぶ。リオの我流剣術にもあるその動きと足捌きをナイトストーカーの動きと重ねて自分に合わせていく。

 ほんのわずかに、いつもより動きが速くなった感覚。何度も再現しながら、次の動きへと繋げるべく最適な構えを模索する。


 剣を振っていると、魔法を練習していたシラハが塀を睨んだ。

 石造りの高い塀から、水面でも割るようにすっとコンラッツが現れる。

 攻撃を仕掛けてはこないだろうと、リオは無視して剣を振った。


 コンラッツは自分がすり抜けてきたばかりの塀に背中を預けてリオの訓練を眺め始める。

 どこかで覚えのある視線に、リオは剣を振る手を止めてコンラッツを見た。


「何か指導でもしてくれるの?」


 村でのカリル、リヘーランでのガルドラットに似た視線を注いでくるコンラッツに直接聞く。

 コンラッツは目を細めてリオを睨んだ。


「オックス流、異伝エンロー流、シローズ流、ミロト流。よくもまぁ、それだけの剣術流派をかじった挙句にまとめ上げたもんだな」

「えっ、よく分かるね」


 いままで見て、習った流派を全て言い当てられてリオは素直に驚いた。

 異伝エンロー流やシローズ流はともかく、オックス流はカリルの聞きかじりをさらにかじったものでほぼ原形をとどめていない。リオの体質にあまりにも合わないため原形をとどめようとすらしていない。

 コンラッツが肩をすくめる。


「オックス流は嫌いでな。嫌いだからこそ、研究したこともある。小僧には合わんだろ。全部忘れておけ」

「合わないからこそ反面教師にできるんだよ」


 リオの返答に、コンラッツは不快そうに鼻を鳴らす。自分から訓練を覗きに来てずいぶんな態度だ。


「オックス流の連中は盾になろうとするから嫌いだ」

「いや、背後の魔法使いを守りつつ前線を維持する重装騎士の剣術なんだから、盾になるのが術理でしょ」

「あぁ、根本的に好かんな」

「ただの好みじゃん」


 呆れるリオに、コンラッツが続ける。


「儂らシュベートの騎士はオックス流の対極の剣術を使う。敵陣へ浸透し、乱戦を形成する剣術だ」


 話が本題に入った気配を感じたのか、シラハがリオの横に並んで話を聞きに来た。

 今は亡きシュベート国は邪霊、邪獣がひしめき魔法を使う動物、魔物が生息している危険地帯だ。


 危険な国土を有するがために他国からの侵攻よりも、これらの危険生物への対処が優先された。その結果が、集団で浸透し、奥にいる雌や子供を的確に始末。さらに乱戦を形成して戦意を削ぎつつ撤退のタイミングを狂わせ、退路を断って殲滅するという流れだった。

 敵対的な生物は老若男女を問わずに一匹残らず殺しつくし、禍根を断つ。それを目的として、特化していった剣術なのだ。


「死亡率が高そうな剣術」

「他に比べて高い。だが、敵を全滅させる率もはるかに高い」


 コンラッツが神剣オボフスを持ち上げる。


「だからこそ、近衛騎士団長はこれを持つ。剣戟をすり抜けて劣勢の味方の下へ急行し、味方同士の連携を回復する役目があるからだ。近衛騎士団が壊滅した今、本来の使い方もできないがな」


 コンラッツは神剣オボフスを複雑そうに見つめた後、塀を離れた。


「乱戦用の剣術である以上、膠着状態を作れば周りに斬られる。鍔迫り合いなどもってのほかだ。素早く動き、敵を次々と屠る必要がある。そういう意味では小僧向きだろう」


 塀から二歩進んだコンラッツがゆっくりと鞘に入ったままの神剣オボフスを腰だめに構える。極端に切っ先が低く、地面にかすりそうな構え方だ。


「足捌きに関しては小僧なりに洗練したものがある。見たところ、かなり癖の強い足捌きだな。弄ると最適化に時間がかかるだろう。ならば、いまは追加でモノにできる技の方が良い。つまり――これだ」


 コンラッツの声が届くのとほぼ同時に、コンラッツ本人が目の前にいた。

 注視していたというのに、行動の起こりが一切読めなかった。

 それでも、訓練用の木剣を反射的に振り上げたリオはぴたりと動きを止める。

 リオの手の甲にピタリと神剣オボフスの鞘が添えられていた。


 何が起きたのか。見たままを脳裏で再現してリオは頭から血の気が引いた。

 コンラッツは目の前に現れた時ですら、剣を振る動作に入っていなかった。

 リオが訓練用の木剣を振り始め、加速しきる前にコンラッツはようやく動作に入ったのだ。


 目の前のコンラッツの姿勢を見る。リオに教えるためか、鞘を手の甲に添えた体勢で微動だにしていない。

 踏み込みを前ではなく横に出し、肘を引くようにして神剣オボフスを振り上げている。

 自らが距離を詰めないよう横に踏み込んだうえで、効率的に刃を敵にかざす。手の甲に添えるだけにとどめているが、本来は通行人とすれ違う際に肩を引くような動作で一気に斬り伏せるのだろう。


「後の先だ。やってみろ」


 体勢を崩し、コンラッツが距離を取る。

 リオはゆっくりとコンラッツがやった動きをなぞった後、全力の速度で再現する。

 リオは自らの動きに納得がいかずに顔をしかめた。

 肘の動きが重要なのかと思ったが、動きの肝が全く違った。


「脇とか胸から力を抜く? でも、剣速が出ない」

「シローズ流をかじっているだけあって動作の肝が分かっているな。肩を横に突き出す感覚でやってみろ」


 コンラッツの助言に従い、リオはもう一度剣を振る。

 先ほどは肘を意識するあまり肩がやや前に出ていたが、助言通りにしてみるとはるかに剣の速度が上がった。肩を前に出す場合、体の回転軸に逆らってしまっていたからだと理解できる。

 回転軸を意識しながら最適化を行なえば、この動きが乱戦で使う剣術なのも頷けた。


 攻撃直後に止まってはいけない。斬った相手に捨て身覚悟で組みつかれないよう、体を反転させて離脱、または側面にいる敵への攻撃に切り替える。そういう目的のある動きなのだ。


「ミュゼ、というか異伝エンロー流が厄介だって言ってた理由はこれか」


 乱戦で斬り殺す剣術と、乱闘で生き残る異伝エンロー流。想定する戦場は同じだが目的が真逆だ。そして、近衛騎士団の剣術である以上は集団戦を前提に置いているが、異伝エンロー流は喧嘩殺法であり、基本的には一人で戦う。

 術理の違いにより、コンラッツは剣の腕で上回っても一対一でミュゼを相手にするのが厄介だった。


 しかも、ミュゼはコンラッツとの殺し合いではなくコンラッツを抜いてシラハの身柄を狙っていたため、コンラッツは後の先の剣を使えない。

 リオはコンラッツを見る。


「ミュゼにこの技を見せた?」

「見せていたら小僧に教えんよ」


 今やシラハ共々狙われる身となったリオならば、この後の先の剣をミュゼに使う機会もある。

 コンラッツは嫌味な笑みを浮かべた。


「有効に使えよ、小僧?」

「礼は言っておく。ありがと」


 技術は力だと身をもって知っているリオは素直にコンラッツに頭を下げる。

 コンラッツは面倒くさそうに手をひらひらと振った。


「いらん、いらん。どうせついでだ。それより、本題に入るぞ」

「本題?」


 この技があくまでついでだと言われて、リオは目を丸くする。

 コンラッツは衛兵宿舎の方へ声をかけた。


「猫、貴様も来い。お前にも関係のある話だ」

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