第八話  亡国の民

「ホーンドラファミリアについて、どこまで知っていますか?」


 イオナからの質問に、リオは記憶を振り返る。

 ラスモア・ロシズを始め、幾人かから話を聞いている。実際に所属しているイオナや邪人コンラッツとも知り合った。

 だが、いまいち詳しいことは分からない。ほぼ伝聞だ。


「旧シュベート国の難民が結成した犯罪組織で旧シュベート国の奪還とその障害になる邪神カジハの討伐を目標にしている、くらいかな」

「概要としては十分ですね」


 イオナは頷いて、話し始めた。


「まず、シュベート国は小さな国です――でした。とはいえ、小さいのは人口規模であって、国土面積は広く、そのため隅々まで目が届くとは言い難かった。邪霊、邪獣が数多く発生し、それらを討伐することで冒険者にまで邪器の持ち主が多数存在するほどでした」


 神器や邪器は能力次第で兵器になりうる。民間人である冒険者が所持することも当然あるが、一般的に国や貴族が買い上げて保管する物だ。

 リオはシラハの持つ曲剣を見る。現在は棚上げ状態だが、邪剣ナイトストーカーもラスモアを通してロシズ子爵家に売却するのが安全だろう。


「反乱とかは起きなかったの?」

「起きませんでしたよ。邪器を民間が所持しているからこそ、王家も貴族も無茶ができませんからね」


 冒険者が邪器を有することで、圧政に対する抑止力が働いたらしい。


「それに、邪霊や邪獣の相手が精一杯で、貴族も民間も連携しないと生き残れませんでしたから」

「それはなんとなく分かるな」


 リオの生まれ育った村も、ラスモア率いる騎士団の到着が遅れれば猿に滅ぼされていた。


「そんな国柄ですから、連帯感も強く、後にホーンドラファミリアが結成される下地が醸成されていました。そして、いまから七十年前、突然町が一つ消え失せました」

「邪神カジハの仕業?」


 時期から予測してリオが質問すると、イオナは首肯した。


「生き残りがおらず、正確なことは分かりません。ですが、傷一つない防壁や町並みからして間違いないでしょう」

「傷一つないって、抵抗しなかった? あるいはできなかったのかな?」

「邪神カジハの固有魔法は我々が考察した限りでは、視認した対象の融合や変形です。この固有魔法で防壁を変形、用をなさない形状にしたのでしょう」


 また凶悪な魔法だと、リオは頬が引きつるのを感じた。

 チュラスから聞いた話ではまともな武器すら使い物にならなくなる。本当に出くわしたら最期と思った方がいい相手だ。

 イオナの話は続く。


「ほどなくして、首都が邪神カジハに襲撃されました。被害は大きく、神器や邪器の持ち主が殿軍を務め、国民を逃がしました」


 イオナが神器の弓、ニーベユを目の高さに持ち上げる。


「この神弓ニーベユの持ち主も戦死しました。貴族も大半が戦死、近衛を含む騎士団は壊滅、冒険者も六割が死亡したそうです」

「六割って……」


 リオは咄嗟に故郷の村の人々を思い浮かべる。六割が死亡すれば、もう村は立ち行かない。知識の継承すらまともにできず、外部から協力者を連れて来なければ破綻する。

 シュベート国の冒険者ギルドはその機能を喪失しただろう。


「逃れた難民も安らぐ暇はありませんでした。なにしろ、余所者ですからね。多数の神器や邪器を持っていたため危険視もされ、ひとところに居住することすら許されませんでした。まぁ、私があなたたちの国の貴族でも同じことをしますよ。反乱勢力になりかねません」


 リオ達に配慮してか、イオナは国のありようを擁護する。

 流石に口を挟めず、リオは無言で先を促した。


「難民は生き残るため、有力商人や生き残りの貴族、何より近衛騎士団の副長だったコンラッツ様を中心に集まり、ホーンドラファミリアを結成しました。奴隷に落とされていた同胞の解放やかなり高圧的な交渉、暗闘を経てサンアンクマユに本拠を構えたんです」


 言葉を濁しているが、犯罪組織として扱われるようなことをしていたのだろう。

 同情はするが、それを良しとするつもりはリオにはなかった。

 それよりも、気になる発言があった。


「コンラッツが副長だった?」

「えぇ。神剣オボフスも当時の騎士団長から託されたと聞きます」

「いや、七十年前に副長だったって、当時何歳だったの?」


 コンラッツは老齢に見えたが、それでも百歳近くには見えない。せいぜいが七十そこらだ。明らかに計算が合わない。

 混乱するリオに、チュラスが説明した。


「邪霊や神霊は不老だが、邪獣、神獣も変化した時点で歳の取り方が緩やかになるのだ。魔玉由来の神霊や邪霊は個体差があるようだが、どうやら寿命が存在する」

「じゃあ、コンラッツの実年齢って?」

「当時が三十七歳だったと聞きますから、いまは百を超えていますね。六十前後で邪人になったと話していました」

「普通の人の四分の一くらいの速度で歳を取るのか」


 一応、肉体的な衰えもあるはずだが、あの強さも納得だった。

 イオナが話を戻す。


「邪神カジハは我々にとって様々な意味で仇です。そしてなにより、人並みの生活を取り戻すには打倒しなくてはならない壁です。そして、奴を殺すにはどうしてもあなたの魔法斬りが必要なんです」

「俺はシュベート国の人間じゃないよ、組織に入れようとしたら反発が起きそうだけど」


 話を聞く限り、連帯感が強い反面、救済しないこの国の人間に含むところがありそうだ。

 シュベート国が滅んだあとに生まれたイオナでさえ、先ほど「あなたたちの国」と呼んだほど帰属意識を持っていない。

 あくまでも、シュベート国の人間であるとの認識なのだろう。

 リオの懸念をイオナは即座に否定する。


「コンラッツ様が抑えます。あなたたちにはそれだけの価値がありますから」

「価値?」

「邪神カジハの固有魔法は視認した範囲の物を任意の形状に成形する能力。つまり、四肢を斬り飛ばしても即死しない限り元通りの身体に成形しなおすことで瞬時に傷を元通りにします。近衛騎士団長が斬り伏せても傷を修復され、反撃を受けたそうですから」


 ほぼ不死身と言える能力だ。国が亡ぶだけある。

 同時に、リオの魔法斬りにこだわる理由も見えてきた。


「邪神カジハが魔法で体を復元しても、その魔法を斬ることできちんとダメージを与えられるってことか」

「そうです。一緒に戦ってはくれませんか?」


 熱心に勧誘するイオナを見て、リオは首を横に振る。


「悪いけど、俺にはそんな危ない橋を渡るメリットがない」


 白面から守るとは言われているが、ロシズ家の庇護を受ける方が世間的にもいいだろう。

 イオナは肩を落とし、ため息をついた。


「まずは我々を信用してもらうとします」

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