第四話  協力の提案

 リオが報告書をまとめ終える頃にはすでに朝日が昇っていた。

 ベッドに寝転がったリオはテーブルの上のチュラスを見る。

 チュラスは丸くなって尻尾を枕に寝息を立てていた。ここしばらく、リオとシラハを追いかけていたらしくあまり眠れていないらしい。

 リオ達も度重なる白面の襲撃でこの町に来てから碌に眠っていない。


「昼過ぎまで寝てようか」

「うん」


 シラハも眠いらしく、布団を被って生返事だ。

 瞼を閉じたリオはすぐに意識を手放し、昼ごろに鈴の音で目を覚ます。

 瞼を開くと枕元にチュラスが座っていた。鉄鎖状の首輪につけられた青銅製の鈴が鳴ったようだ。


「その首輪、ナックさんに貰ったの?」

「否、盗んだ」

「えぇ……」


 前足で自慢そうに盗品の首輪の鈴を鳴らして、チュラスは胸を張る。


「ずいぶんと前にリィニン・ディアから盗み取ったのだ。神器の首輪である」

「神器?」


 驚いて体を起こしたリオは、隣のベッドで眠るシラハを気遣って声を落とす。


「そういえば、オックス流の白面集団に襲われた時に鈴の音が聞こえて、急に頭が冷えたような気がする」

「まさにそれが効果だ。神器の首輪エレッテリという」


 エレッテリは神器、邪器一覧にも載っていた有名な神器だ。

 効果は強力な鎮静作用。その鈴を聞いた者は瞬く間に敵愾心を消失する。

 オックス流の白面たちの足並みが乱れたのも鎮静効果によりリオへの殺意が大きく揺らいだからだろう。

 チュラスが長い尻尾をベッドの下に垂らす。


「我が窃盗衝動を抱え、実際に窃盗を繰り返しても追われていないのはこの首輪のおかげでな。しかし、リィニン・ディアの連中には効果が薄い」

「効いてたみたいだけど?」

「本来であれば、武器を捨てるのだ。やつらは人を殺す際に殺意ではなく義務感や正義心で動いているようでな。表層の殺意だけを消してもすぐに立て直してくるのだ。まぁ、まともな輩ではないな」


 義務感や正義心。救世種という単語にも結び付きやすい感情だ。

 もっとも、人を殺す覚悟を何度でも固められるほど強い感情がどんな目的の下に生まれているのか、具体的なところが分からないのがリオには気持ち悪かった。


「その首輪があっても施設までたどり着けないの?」

「普通の動物であれば問題ない。だが、邪獣や邪霊は湧き上がる衝動で襲い掛かってくる故、エレッテリの効果は薄いか、一切効かぬのだ」

「案外、使い道が限られるんだね」

「だからこそ、邪器ナイトストーカーには期待しておる」


 ベッドから飛び降りたチュラスがテーブルへひらりと飛び乗った。


「目が覚めたのなら、今後のことを話し合おうではないか。……む、人が来るな」


 ぴくぴくとチュラスが耳を動かした直後、宿舎の外が騒がしくなった。

 リオはすぐさま傍らの剣を掴み取る。何か異常が起きればすぐに武器を手に取る癖がつきつつあることに辟易する。

 チュラスが窓の外を見て目を細めた。


「リオよ、シラハを起こした方が良い」

「シラハ、起きて!」


 声をかけながら、リオはシラハの分の荷物も持ち上げて臨戦態勢になる。

 布団から顔を出したシラハがぼんやりとリオを見上げた。


「……なに?」


 尋ねられてもリオにも詳細は分からない。

 リオがチュラスに視線を向けると、チュラスは窓から視線を外して部屋の扉を見た。


「お主らも見知っておるはずだ。ホーンドラファミリアの神弓使いの女が来るぞ」

「あいつか」


 矢に視線を固定する嫌らしい能力を使う女だ。

 早速、誘拐しに来たのかと警戒したリオだったが、どうにも部屋の外の様子がおかしかった。

 戦闘音らしきものが一切聞こえないのだ。動揺するような空気感と話し声が聞こえるだけだった。

 戸惑っているうちに、女は部屋の前に到着したらしい。コンコンと、部屋の扉がノックされる。


「イオナと申します。先日、邪人コンラッツと共にいた弓士です。リオさん、シラハさん、お話があってまいりました。衛兵の立会いの下で構いません。お話をさせていただきたい」


 イオナと言うらしい女性が淡々と落ち着いた口調で扉越しにそう告げてくる。

 リオは剣の柄を握ったまま、扉も開けずに言い返す。


「扉越しに話したい」

「それで結構です。ここには目撃者の衛兵も多数おりますので」


 どうやら、廊下の外には衛兵たちがいるらしい。にもかかわらず、なぜ宿舎の中にまでイオナが堂々と入ってこられるのかは謎だ。

 無理に扉を開ける様子もないことから、本当に話し合いが目的らしい。


「用件は?」


 リオが端的に尋ねると、同じく単刀直入にイオナが告げた。


「邪神カジハ討伐にその魔法斬りで協力してほしいのです」


 そういうことか、とコンラッツの顔を思い出して納得する。

 邪神カジハの固有魔法が何かは知らないが、国を一つ滅ぼせる強力なモノなのだろう。対抗手段として魔法斬りを欲しがるのは理解できる。


 リィニン・ディアの施設の調査を持ち掛けるより早く向こう側から一歩踏み込んだ提案をされ、リオはどう返答したものか悩んだ。

 リオの沈黙をどう受け取ったのか、イオナが続ける。


「冒険者ギルドを通して正式に依頼する用意があります。報酬金とは別に、今後、あなたたちを白面から守りましょう。他に望むものがあれば何なりとお申し付けください。協議の上にはなりますが、おそらくは通ります」


 言い値で魔法斬りを買うと言っているのに等しい申し出だ。

 リオはシラハとチュラスを見る。


 シラハは嫌そうな顔をしていた。施設の調査ならばともかく、邪神カジハの討伐は冒す必要のない危険だ。反対の意思が顔に表れている。

 チュラスは猫の見た目のせいで表情は読めない。しかし、自分の意見を言うつもりはないらしく、リオに任せるとばかりに視線を合わせなかった。


 リオは考えた末、扉越しにイオナへ話しかける。


「討伐の協力は確約できない。ただ、こちらからも協力を持ち掛けたい。そちらにも益のある話だ」

「聞きましょう」

「白面、リィニン・ディアの施設の調査をしに、旧シュベート国内に潜入したい。白面が邪神カジハを生み出した可能性がある」

「……魔玉ですね?」


 正面から抗争を繰り広げていただけあって、魔玉についても知っているらしい。


「隠密行動ができる少数メンバーで潜入調査をしたいんだ。人手を貸してほしい。判明した情報は互いに共有する」


 邪神カジハの討伐は確約できないと言いながらの協力要請は虫が良すぎるかと思ったが、イオナはすぐに了承した。


「わかりました。上の者に掛け合って、私が参加いたしましょう。願わくば、この潜入調査への協力が今後の共闘のよすがとなりますように」


 貸し一つと遠回しに釘を刺されて、リオは思わず苦い顔をした。

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