第十二話 追いかけっこ
背を向けるのは危険と判断し、リオは剣を抜き放ちながら後方にすり足で退がる。
「上へ!」
名前を呼ばずにシラハに指示を出す。
道は狭く、左右は二階建ての石造りの建物。一本道であったためリオ達の後ろから敵の増援が来るとは考えにくいが、挟み撃ちされるとまずい。
シラハが剣の柄に刻まれた魔法陣に魔力を流して魔法を発動し、自分の足元の地面を隆起させて一気に高度を稼ぐ。
ノータイムで魔法を発動したシラハに白面の集団はわずかに動揺した。神器や邪器を多数所持するホーンドラファミリアが拠点を置くサンアンクマユだけあって、シラハの特注の剣が神器の類ではないかと警戒したのだろう。
バックステップで距離を取り、リオは白面の集団を観察する。
人数は五人。全員が白面を被っている以外、武装に統一感はない。全員が剣を持っているが刃渡りも造りもばらばらで、構えからして流派も異なる。
リオ達を殺せと指示した白面はおそらくボスだろう。かなり崩した構えだが、オックス流に見える。
賊にしては妙な剣術流派を習っているな、とリオは警戒しながらも十分に距離を取ったと判断し、屋根の上のシラハに目配せする。
目配せを受けたシラハが剣の鞘に刻まれた魔法陣の一つを発動し、路地に煙幕を張った。
急ごしらえなのもあって目を凝らせば見通しが利く程度の薄い煙幕だが、一瞬動きを止めるには十分な効果がある。
煙幕が張られた直後、リオは民家の壁を蹴りつけ、三角飛びの要領で民家の窓に嵌った鉄格子に手をかけ、雨樋を足場にして屋根の上へと跳び上がる。
前回り受け身で屋根の上に到着したリオはさっと視線を巡らせた。
「あった。行くよ!」
シラハに声をかけ、リオは屋根の上を駆けだす。
目指すのは遠目に見える赤い屋根の建物。おそらく、あの建物が冒険者ギルドだろう。
冒険者ギルドへ走りながら、リオは路地を見下ろす。
並走する白面の集団はリオ達ほど身軽に屋根へ上がれないらしく、いまだに路地を走っている。物を投げても庇や軒に射線を塞がれているためリオ達に届かない。
周囲には他に白面の集団やその仲間らしき影はない。
向こうは地理に詳しいようだが、屋根に上がって周囲を見通せるリオ達に地理の不案内は関係がなくなっている。
これなら逃げきれそうだと安堵した矢先、白面の集団も諦めたらしい。
ボスらしき白面が呼びかけ、集団が一斉に身をひるがえして路地を戻っていく。
シラハがリオを見た。
「どうする?」
「このまま冒険者ギルドに駆けこむ。殺人現場を見たって報告はすべきだし」
どんな事情があるにせよ、事件は事件だ。周知しておかなければ口封じに殺されかねない。
屋根の上を走り抜けて、リオ達は冒険者ギルドの正面の民家に到着する。
ギルドの前にいた冒険者たちが武器に手をかけて臨戦態勢を取った。
「何者だ? 止まらねぇなら問答無用で殺すぞ!」
なんだよこの町、と思いながらリオは敵意はないと示すように両手を上げた。
「リヘーランから旅をしてきた冒険者です。殺人現場に出くわしてしまって、白面の集団に追いかけられたので屋根に上がってここまで走ってきました」
「……ランクと名前は?」
「ランクD、俺はリオ、こっちはシラハです」
「ランクDだと? 白面から逃げられるランクDとはずいぶんと運がいいんだな」
棘のある言い方にムッとする。
警戒を解かない冒険者に、リオは両手を下げた。これ以上、身の潔白を証明する術はない。警戒を解かれない以上、戦闘も覚悟しなければならなかった。
リオが手を下げたことで冒険者も剣を抜く。
冒険者の構えを見て、リオは声をかけた。
「スファンの町のミロト流道場師範代、イェバスさんを知ってますか?」
「……なんだと?」
冒険者がわずかに動揺する。ミロト流の構えを見抜かれたことに気付いたのだろう。
リオは両手を半端に上げ直して続けた。
「俺は道場破りでご迷惑をかけたカリルと同じ村の出です」
「……ふっ」
冒険者が吹き出し、構えを解いて剣を鞘に納めた。
「悪かった。数日前に支部長が殺されて厳戒態勢なんだ。カリルのことは知ってる。というか、一度試合をしたことがある。ちなみに勝ったぜ」
どうやら警戒を解いてくれたらしいと、リオはシラハを促して屋根から地面に降りる。
音もなく着地したリオとシラハに冒険者が感心したように口笛を吹く。
冒険者はギルドの入り口を開けて中に呼びかける。
「白面連中による殺人が起きたらしい。現場検証をしたい」
呼びかけを受けてすぐに職員の一人がカウンターから飛び出し、さらに冒険者のパーティーが席を立つ。
よどみのない動きから、このような騒動が日常茶飯事であると分かった。
「現場に案内してくれ」
頼まれたリオ達は職員たちを連れて元来た道を引き返す。
屋根の上を走っていたとはいえ道は覚えている。リオとシラハを先頭に現場へ向かいながら、職員がいくつか質問してきた。
白面の人数や体格、武装、被害者の様子や周辺の状況など事件に関する質問だ。
しかし、一瞬の出来事だったためリオもシラハも詳しくは説明できなかった。
「……この辺りなんですけど」
現場に到着したリオは困惑しつつ路地を指さす。
白面の集団はもちろんのこと死体さえ消え失せていた。
職員や冒険者が周囲を見回す。
「また後手に回りましたねぇ」
「安心しなよ、少年。ここで殺人があったことは疑ってねぇから」
冒険者の一人がリオにそう言って、地面をつま先で叩く。
「血の痕跡まで魔法で綺麗に流してやがる。白面連中の手口だ」
「むしろ、少年たちは白面に感謝した方がいいかもな」
「感謝? 殺されかけましたけど」
あんな連中に感謝するいわれはないと顔をしかめるリオに、職員が苦笑した。
「殺されたのはおそらくホーンドラファミリアの外部協力者でしょう。ホーンドラファミリアは殺された者の血液を媒介に殺害現場にいた者を無差別に呪う邪器を持っています。血液を洗い流されていなければ、あなたたちも巻き込まれて呪われてますよ」
「……命が軽すぎる」
「そういう町ですから」
呆れるリオに、職員は諦めたように笑った。
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