第十三話 抗争

 冒険者ギルドに戻ると、リオとシラハは建物の奥に通された。

 衛兵隊から派遣されてきた捜査官とギルドの職員の質問に答えながら調書を作っていく。


「被害者の身元がよく分からないな」

「倒れているのを見ただけなので、服装と背格好くらいしか分からないんですよ」

「無理もないな。ホーンドラファミリアなら何か知っているんだろうが、情報を流してはこないだろうし」


 捜査官は調書に抜けがないかを見直しながらため息をつく。


「君たちも災難だね。もともといい街とは到底言えないが、今は最悪の状況だ。帰る場所があるなら帰った方が良いね」

「今日はたまたまってわけでもないんですね」

「そりゃあ、支部長が殺されているんだから当然さ。副支部長のミュゼさんが指揮を執っているが冒険者ギルドも動揺が隠せない。衛兵隊にも何人か死者が出ている」


 目撃者とはいえ直接関係がないリオ達をすぐに殺そうとした白面たちが事件を捜査する衛兵隊を無視するはずもない。死者が出ているのも当然だった。

 リオはギルドの職員に質問する。


「あの白面の集団は一体何者なんですか?」

「現在捜査中です」

「……それだけ?」

「困ったことに、集団の名前すら分からないんですよ」


 職員が肩をすくめる。


「白面連中のほとんどは仮面だけを渡されて標的を殺すように言われた雇われ者です。今回は手際から見て雇われではないでしょうが、そういった連中は捕まえてもすぐに自殺するんです。不気味な連中ですよ」

「自殺って……。統一感もなかったから寄せ集めの集団だと思ってたんですけど」

「寄せ集めではあるでしょう。なんらかの掟に従っているのかもしれません。しかし、組織的に動いている危険な犯罪集団です」


 躊躇なく殺しを命じるような組織がまともとは思えないため、リオも職員の言葉に頷く。

 調書をまとめ終えた衛兵がリオとシラハに向き直った。


「この調書を一般公開します。同意書にサインをお願いします」


 机の上に出された同意書の文面を見る。簡潔な文で調書を一般公開することとこれ以上の情報を持っていないと宣誓することに同意すると書かれていた。


「調書を一般公開していいんですか? 捜査状況が漏れるのって良くない気がしますけど」

「本来は良くないんですけどね。あなた方を守るためです」


 衛兵は渋い顔で続ける。


「調書を公開しなければホーンドラファミリアにあなた方が拉致されるかもしれません。事件の情報を洗いざらい吐かせるためにね。それに、白面集団に命を狙われたでしょう? 連中は目撃者も積極的に殺そうとするんですが、調書を公開してしまえば狙うメリットよりもデメリットが上になるので手を出してこなくなります」


 言われてみれば、ホーンドラファミリアが持っているという血液を媒介にして呪う邪器を使われる可能性を考えれば、目撃者として知られた後のリオ達を殺すのはリスクが生じる。

 衛兵が重々しいため息をついた。


「本来なら全力で目撃者を守り、犯人を捕まえるのが我々衛兵の役目です。しかし、この町ではなかなかそうもいかない」

「支部長ですら殺されるくらいですもんね」

「困ったものですよ。その件も白面の仕業ですからね」


 衛兵が職員を見る。同じギルドの人間の方が詳しく話せるのだろう。

 職員は苦々しさが浮かぶ表情で話し出す。


「三か月前からホーンドラファミリアと白面の抗争が激化の一途をたどり、町中のどこでも戦闘が起きる状態です。支部長も突発的な戦闘に巻き込まれて亡くなったようです」

「――いや、待て。あれは計画的なものだろう」


 職員の言葉を衛兵が真っ向から否定する。

 職員が顔をしかめて衛兵を睨んだ。


「またそれですか。誰にとっても、支部長を殺害するメリットはありませんよ」

「我々の持っている情報から判断する限りはという話だろう。我々は白面連中のことを何も知らない。それに、白面連中の死体の中に冒険者が混ざっていたこともあっただろうが」

「認めがたいことですが、当ギルドの冒険者には裏組織のスパイも多く潜り込んでいます。支部長もそれは織り込み済みで泳がせていました。後任が同様の措置を取ると限らない以上、やはり殺害にメリットはない」

「そうは言うが、あの爺さんが不意打ちで死ぬか? 綿密に計画を立てて仕掛けない限り、かすり傷一つつけられないはずだ」

「それは同感ですが……」


 職員が口ごもったのを見計らって、リオは口を挟む。


「支部長ってそんなに強かったんですか?」

「ランクAの冒険者だったんですよ。魔法使いでしたが、現役時代と遜色ない腕です。杖術の腕も相当で、衛兵隊の訓練に教官として出向することも度々ありました」


 職員の評価に衛兵も深く頷く。

 話を聞く限り、そう簡単に殺されるような人間ではないだろう。

 死亡時の状況が気になって、リオは質問を重ねる。


「どんな風に亡くなっていたんですか?」

「右肩から左わき腹まで正面からばっさりです。並の腕ではありません。一番気になるのは、あの支部長を相手に正面から抵抗も許さずに斬り殺せる人間なんてこの町にいないってことです」

「それで計画的な殺害を疑っているってことですか。邪器や神器を使った可能性は? それと目撃者も」

「目撃者はいません。夕方、ギルドを出て帰宅途中に抗争に巻き込まれたようです。ホーンドラファミリアの構成員が遺体を発見し、周囲にいた白面連中を追い払ってここに遺体を届けてくれました」

「ホーンドラファミリアが届けたんですか?」

「支部長を殺されたギルドが報復のために抗争へ横やりを入れてくるのを嫌ったか、横槍を入れるとしても消極的に協力しようって意味でしょうね」


 死体一つを届ける行為に政治的なメッセージがあるとまでは思っていなかったリオは職員の説明に納得する。

 その時、部屋の扉が開かれた。

 職員が扉を開けた人物を見て、すぐさま立ち上がる。


「副支部長、いかがされましたか?」


 副支部長と呼ばれた人物は長身痩躯の男性だった。柔和な笑みで部屋を見回して、リオとシラハに目を止め、片手を上げる。


「やぁ、こんにちは。当ギルドの副支部長をしているミュゼという。こんな時間まで足止めして申し訳ないと思ってね。ギルド名義で宿を取っておいた。余計なお世話だっただろうか?」

「いえ、とんでもない。助かります」


 窓の外に見える町の景色はすでに日も落ちて暗くなっている。いまから宿を探すのは難しいだろう。

 ミュゼは安堵したように口元を緩ませる。


「一部屋でよかっただろうか? というより、一部屋しか取れなかったのだけどね。ギルド名義とはいえ、事件の目撃者を泊めるのを渋られてしまったんだ」

「大丈夫です。この子は義妹なので」

「あぁ、そうなのか。よかった、よかった。支払いはすでにギルド名義で済ませてあるけど、夕食の手配はできなくてね。申し訳ないんだけれども、途中で買うか、ギルドの食堂を利用してほしい」

「お心遣いありがとうございます」


 リオが頭を下げると、ミュゼは静かに笑いながら宿までの道を説明し、軽く手を振って扉を閉めた。

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