エピローグ
ガルドラットが病室に訪ねてきたのは空が白み始めた頃だった。
病院側に少々無理を言ってリオの病室に来たらしく、ガルドラットはいつも以上に静かに入ってきた。
「元気か?」
「いえ、入院中です」
「そうだな……」
そう言ってガルドラットは口を閉ざし、無為な時間が流れる。
無言を貫くガルドラットに、リオは苦笑して話題を振った。
「掃討戦はどうなりましたか?」
ガルドラットは話題提供に感謝するように小さく頷く。
「終わった」
「分かってますよ。首尾は?」
「八割方、討伐した。残りもほぼ手負いだ。追跡して、全滅させる」
元々砦町を襲ってきたテロープやブラクルの数が多かった。戦闘ができる成獣ばかりを引き連れてきたのだとすれば、残りが危険なリヘーランの森を生き抜くのは難しい。
さらには復讐に燃える人間の追討まである以上、全滅するまでに時間はかからないだろう。
リオはベッド横にある自分の剣をちらりと見た。温度のない氷のような透明なモノに覆われている。リオが訓練しないよう、シラハが念入りに魔法で封じたのだ。
「俺が仕留め損ねたブラクルの指揮官はどうなりましたか?」
「追撃中、足止めに行く手を塞いだ故、斬った」
邪魔な枝を払ったとでも報告するような簡素な物言いだった。
リオでも横やりがなければ仕留められたのだから、ガルドラットにとっては物の数でもないだろう。
ガルドラットがリオを真正面から見つめる。
「……討ちたかったか?」
「いいえ。誰が倒しても同じですよ。ただ、どんな最期だったのかは知りたかったんです。あいつは冷静に戦場で自分の側が勝つ方法を考えて行動していました。自分の勝ちにはこだわらず、群れの勝ちを優先していました。偉そうな言い方になっちゃいますけど、評価してるんですよ」
「……そうか」
ガルドラットは小さく笑った。
「あの頃にリオと知り合っていればと思う。詮無いことだ」
「あの頃?」
「気にするな」
ガルドラットは首を振り、リオに頭を下げた。
「こうして過去を振り返られるのも、心構えだけは騎士に成れたのも、リオのおかげだ。ありがとう」
「……いえ、自分の我を通しただけです。目標にする剣もない我流の俺ですけど、人と同じ程度に剣が振れたって満足したくない。そんな気持ちを押し付けただけで、感謝されるようなものじゃない」
謙遜するわけでもない本心を口にして、リオはガルドラットに頭を上げさせる。
気まずくなって、リオは話題を変えた。
「ガルドラットさんはこれからどうするんですか? オルス伯爵領に戻るとか?」
「今まで通りにギルドの訓練場で冒険者たちに教える。私の仕事はこの町を守ることだ」
元々奴隷の身分であり、正式な騎士でもない。さらには、主であるナック・シュワーカーにこの町を託されてもいるため、ガルドラットがオルス伯爵領に戻らないのも納得だった。
だが、リオの推測以上に事態はやや複雑だったらしい。
ガルドラットが自らの利き手を見下ろす。
「跳ね橋でテロープ達を食い止めた技を見たな?」
「意識を手放す前だったので、一応見ました。魔法としか思えませんでしたけど」
物理的に届かない、触れてすらいない敵が切り刻まれていくあの光景は結界魔法の類としか思えなかった。
リオの見立てをガルドラットが肯定する。
「どうやら、聖人となったらしい」
「えっ、マジ?」
思わず素で尋ね返してしまい、リオは慌てて口を閉じて頭を下げた。
ガルドラットは微笑ましそうにリオを見て、頷いた。
「あの魔法は聖人となったが故の固有魔法だ」
神獣、邪獣、神霊、邪霊は固有魔法が使える場合がある。
部位や身体機能が増える場合もあるが、ガルドラットの見た目は以前と変わらない。
だが、纏う空気はどこか澄んでいた。ガルドラット本人の心の変化が表れているのかと思ったが、聖人化した影響らしい。
「できることならリオ達に奥儀を教えたかったのだが、固有魔法では無理だ」
「それについては別にどうでもいいです。足で翻弄する俺の剣術に立ち止まって使う奥儀は活かせないので」
「そ、そうか」
奥儀などいらないと言われてガルドラットは苦笑する。五年もの間、ギルドの訓練場で冒険者を相手に再現しようとしていた奥儀だ。少し複雑な気持ちらしい。
そんなことよりと、リオはガルドラットに身を乗り出した。
「聖人化した感想は? 何か以前と違うこととかありますか?」
歴史上に何人か確認されているとはいえ、聖人は非常に珍しい。それが凄腕の剣士ともなれば、興味深かった。
明るい表情のリオに対して、ガルドラットは困ったような顔をする。
「体は以前より軽く感じる。魔力も充実しているように思う。それに、魔力以外の何かも感じるのだが、よく分からない。それよりも問題がある」
「問題?」
「この町を守らなくてはならない。そんな使命感、いや、強迫観念が心に巣食っている」
ガルドラットの表情を見て、それが確かに使命感などではなく強迫観念なのだとリオも理解した。
自分の心のうちに芽生えた強迫観念に戸惑う様子のガルドラットは眉間に深くしわを刻んで続ける。
「追撃のために町を離れたが、離れれば離れるほどに町が心配になって仕方がなかった。町を守るための最善の行動がこの追撃戦だと自分に言い聞かせながら戦った」
「……あの、言葉は悪いんですけど、それって呪いなんじゃ」
「近しいものにも感じる。だが、元々この町を守りたいという思いは大きかった。今ではどこまでが自らの内にあったものなのか分からないが、聖人化の影響であろうとなかろうと、この町を守ることに変わりはない」
決意するように拳を握り、ガルドラットはリオを見る。
「話した通り、町を離れられなくなった。そうでなくても戦力不足だ。だから、唯一町を出るリオに届け物を頼みたい」
そう言ってガルドラットが革袋を取り出す。かなり大型のもので、中身の形に合わせてぷっくりと膨らんでいた。
ガルドラットが革袋を開けて中身を見せる。
一目見て、リオは緊張に顔を強張らせた。
「……これは?」
「魔玉だ。テロープの縄張りの奥にあった二つのうちの一つを密かにくすねてきた」
ガルドラットが魔玉と呼ぶそれは、明らかにリオとシラハが探していた宝玉だった。
リオは警戒を悟られないようにガルドラットを窺う。
ガルドラットもまた、警戒しているようだった。リオに対してではなく、病室の外に対して。
「魔玉と呼んでいるが、正体は分からない。だが、ナック様はこれについて調べていた」
「調べていた?」
「詳細は明かしてもらえなかった。知能の高い未知の獣が出現すると必ずこれがあったそうだ。明らかな人工物故、調べていることをむやみに人に明かせなかったのだろう」
ガルドラットの表情からも声色からも嘘をついているようには感じない。
ガルドラットは続ける。
「ナック様は密かに調べていたが、どうやら協力者がいるようだ。時折、黒い毛が同封された手紙が来ていた。チュラスという人物からだ」
魔玉を革袋に入れてリオに差し出したガルドラットは懐から手製の鈴を取り出す。
ピッズナッツと呼ばれる木の実の殻に貝殻の破片を仕込んだ粗末な鈴だ。
「ナック様は自分に何かあったなら、サンアンクマユでこれを鳴らせと言っていた。奴隷だった私はこの町から出ることもできず向かわなかったが、おそらくは協力者と会うための物だろう」
断定はできないが、協力者とはおそらくチュラスという人物だろう。
魔玉との関係は分からないが、明確な手掛かりの登場にリオは困惑と警戒が綯い交ぜになった気分だった。
ラスモアに報告しなくてはならないと考えながらも、リオはガルドラットから鈴を受け取る。
「チュラスという方に会えたら連絡します。何か、符丁を決めた方がいいですか?」
「あぁ。いくつか決めておこう」
ガルドラットと符丁を決めていると、リオが膝掛け代わりにしていた布団からシラハが顔を出した。
目をこすりながら布団から這い出るシラハを見て、ガルドラットが苦笑する。
「気配はあるのに姿が見えないと思えば、そこにいたか。仲がいいな」
「……ん」
寝ぼけているのもあってか適当な相槌を打ったシラハはリオを見る。
「リオは目を放すといけない子だから」
「理由がなければ無茶しないっての」
シラハに言い返しながら、リオは魔玉が入った革袋を見る。
おそらく、この革袋は無茶をする理由になってしまうだろうなと思いながら。
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