第三章 夜に沈む邪霊
第一話 寄り道
リヘーランを出発する馬車に乗り込み、リオとシラハは北を目指していた。
一応の変装もしているが、リヘーランを出る者はそう多くないため周りには気づかれていそうだった。
ガルドラットが聖人となった影響でリヘーランはにわかに注目が集まり、同時にその高い戦闘能力が広まって安全な町だとみなされるようになった。
リヘーランに行く者はいても、出ていく者は少ないのだ。
足取りを辿られないよう、どこかに寄り道しようかとリオは隣に座っている護衛に声をかけた。
「ジャッギ、この辺りの出身だよね? どこか寄り道できそうなところ知らない?」
冒険者ギルドから護衛としてつけられたCランクパーティのリーダー、ジャッギは外を警戒したまま答えた。
「足取りを辿られないようにって考えだろうけど、適した場所はねぇよ。小さい開拓村ならあるが、余所者は逆に目立つしな」
同じような開拓村の出身であるリオにも頷ける話だ。余所者はかなり目立つ。
素直に目的地であるサンアンクマユに向かうべきかと考えていると、ジャッギが思いつきを口にする。
「スファンの町ならありかもしれねぇわ」
「スファン?」
どこかで聞いたような気がする町の名前に、リオは記憶を掘り起こす。しかし、リオが正解にたどり着くより先にシラハが答えを言った。
「神霊スファンがいる町」
あれか、とリオも答えに行きついた。
神霊スファンは国内でも名が知れた神霊であり、信仰対象となっている宗教もあるほど古くから存在している。
古くからいるだけに逸話も多く、軍記物語などにも登場する故事成語がある。
「スファンが共にあるように、だっけ?」
何者も寄せ付けない強さの形容として成立する故事成語だ。
ジャッギが頷く。
「それそれ。スファンの固有魔法はあらゆるものを弾き飛ばすんだ。縄張りの中にはだれも入れない」
ジャッギはそう説明してパーティメンバーと視線を交わした後、リオに向き直った。
「スファンの影響なのか、邪獣が周囲にいない安全な町でさ。冒険者はあまり用がないから寄らないけど、観光客が多いから人に紛れられるぞ。どうする?」
リオは対面に座っているシラハを見る。
あまり興味がなさそうなシラハはリオと目が合うと首をかしげた。なぜ自分を見るのか分からないといった様子だ。
判断を丸投げされるのならばそれでもいいと、リオはジャッギに答える。
「寄ってみよう。護衛もそこまででいいよ」
「そうか? まぁ、お前たちの実力ならサンアンクマユでも生き残れるだろうし心配ないか」
元々護衛料金はギルドから先払いされている。寄り道する分、護衛日数が消費されてしまうためスファンで別れるのが互いにとっていいだろう。
リオとシラハの目的はサンアンクマユにいるというチュラスという人物だ。騎士であるナックと共に密かに魔玉を調べていたという人物だけあって、無関係の護衛を連れて行っても迷惑だろう。
「そうと決まれば馬車は途中で降りることになるな。もともと、この馬車はサンアンクマユまではいかないけど」
「スファンって近い? それと、故郷にお土産を送りたいんだけど、何かお勧めある?」
「めっちゃ観光気分じゃん」
ジャッギが笑って少し考えてからお勧めを教えてくれる。
「ジャムが有名だぜ。フィルズって果物を使っていて甘酸っぱくて深みのある甘い香りが特徴のジャムでさ。ハチミツと並んで特産品になってる」
「ジャムかぁ。高いんだよね」
「スファンは周囲が安全だから農林業が発達してて、かなり安いぞ。神霊スファン目当ての観光客も多いけど、花の見頃に果樹園を見に来る貴族様もいるくらいだ」
「へぇ。とりあえず価格を見て決めようかな」
大きめの村で馬車を降り、リオ達は街道を歩き始める。
狙われている可能性があるとはいえ、過度に守ると変装の意味がないと判断したジャッギ達が欠伸をするなど緩い空気でついてくる。それでもリオとシラハの死角を埋めつつ、さりげなく通行人などを警戒していた。
ランクCのパーティとはいえ、冒険者ギルドから直接護衛の依頼を振られるだけあって実力は確からしい。
「それにしても、なんでサンアンクマユ? あの辺りは治安が最悪だぞ。まぁ、脛に傷持ってるやつが多すぎで素性に触れないのが不文律だから、狙われてる奴が身を隠すには逆に安全かもしれねぇけど」
「それもあるけど、強い人が多そうでしょ?」
リオの返事にジャッギは納得しかねるように顔をしかめた。
「あぁ、腕試しとか言ってたんだっけ。確かに実力者だらけだな。ほとんどが裏稼業の奴だけど」
「そんなに物騒?」
「当たり前だろ。シュベート国を滅ぼした邪神カジハの勢力圏の隣だぞ? 邪霊に邪獣に犯罪者、悪いモノの寄せ集めだ。神霊スファンが蓋をしているなんて言われるくらいだぜ」
「スファン様様だね」
「拝んでおけよ」
ジャッギが言っていた通り、観光客が多い町らしく向かう街道も人通りが多い。近づくほどに他の街道と合流して人も増えていく。
流れに飲まれるほどではなかったが、田舎者を自認するリオにとっては人とぶつからないかハラハラする多さだ。自然と、リオはシラハの手を取って街道の端を歩き始める。
シラハは握られた手を見下ろして小首をかしげた。
「いいの?」
「なにが?」
「手を繋いで、いいの?」
「別にいいだろ。はぐれたら面倒だし」
ジャッギ達がニヤニヤしているため、リオも手を繋ぐことで発生する誤解は分かっているが、今は安全が最優先だと割り切っている。
シラハはリオの手を握り返して機嫌よく笑った。
「いつもは逃げられるけど、今日は捕まえた」
「捕まえたって……。綱に繋がれた犬じゃないんだから」
相変わらずズレてるなぁ、とリオは呆れながら街道の先を見る。
スファンの町が見えてきていた。
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