第七話  リヘーランの悪夢の噂

 ラスモア・ロシズからの手紙が届いたのは、リオたちがランクDに上がった日のことだった。


「故郷の村から手紙が来てるぞ」


 受付に座っている老人に渡された手紙を受け取り、リオ達はさっそく宿へと戻って封を切る。

 ラスモアの指示で動いていることがばれないように故郷の母の名前が差出人に書かれた封筒には数枚の手紙と報告書が入っていた。


「村の近況まで書いてある。ラスモア様って俺達みたいな平民にも気を使うよな」


 リオ達が故郷の心配をしないようにいろいろと配慮してもらえていることに感謝しつつ、報告書を読む。

 問い合わせたリヘーランの悪夢について、ラスモアも多くのことは知らない様子だった。

 報告書を覗き込むついでにリオの肩に頭を乗せようとしてくるシラハを押し退けて、リオはシラハにも読めるように手紙を横にずらした。


 リヘーランの悪夢は五年前に起きた事件らしい。

 森の奥地からやってきたと思われる高い知能を持った未知の動物とそれを率いる邪獣が砦町に侵入して多数の被害を出した。

 当時、町には空堀もなく、防衛機能が低かったらしい。

 戦力はリヘーランの森で活動する冒険者が多数、町の自警団から発展した小規模な守備隊だけだった。


 事件の発端はリヘーランの森での発見報告である。

 冒険者によって発見されたその動物は、もこもことした大量の黒い毛におおわれたカモシカのような姿をしていた。伸縮自在の鋭い角を持ち、独特の鳴き声で群れの仲間と高度な連携を取りながら襲ってくる。群れ自体も大規模で、実数は不明ながら百近い数だとされていた。

 森の浅い部分で新米冒険者に死者が複数出たことから、冒険者ギルドはこの動物を危険視し、テロープと仮称を与えて注意喚起を促した。


 本来であれば、リオの故郷の村のように防備を整えて情報を集めつつ、領主に騎士を派遣してもらうところだ。

 しかし、砦町は流れ者で構成された独立気風の強い町だった。なによりも腕っぷしがなければ生活が成り立たないため、注意喚起を受けて討伐隊が即座に結成された。

 テロープ討伐隊はリヘーランの森に入り、テロープと交戦する。戦果、被害共に少なかったが、実際に戦った討伐隊はテロープの知能の高さから戦力不足を痛感し、砦町に引き返した。

 これが悪夢の序章だった。テロープはその知能の高さゆえに人間の集団戦法を経験し、理解し、さらにはその拠点である砦町の存在までも知ってしまった。


 砦町は近隣の領主へ騎士の派遣を要請する。

 しかし、独立気風が強い町であったため所属が曖昧なのをいいことにいままで税を納めてこなかったこの砦町に貴重な戦力を派遣することに領主たちは難色を示した。

 そんな中、動いたのはオルス伯爵家だった。


「ここでオルス伯爵家の名前が出てくるのか」


 意外なところで名前が繋がり、リオは呟く。

 オルス伯爵家はカリルが腕を失った事件で見つけた宝玉を山賊に奪われている。正確にはオルス伯爵領の冒険者ギルドが当事者だが、こんな形で名前を見ると勘ぐってしまう。

 だが、リヘーランの悪夢におけるオルス伯爵家の行動だけを見れば善良な領主が砦町の救援にいち早く駆け付けただけだ。税を納められていないことも考えると、美談ですらある。


 報告書の記述はそこから先が曖昧だった。

 オルス伯爵領から出た派遣軍は無事にリヘーランに到着、テロープ討伐隊と共に森へ入るも敗走し、砦町へ逃げるも混乱が発生、町中へと攻め込まれてしまう。

 そのまま市街戦となるも辛くも撃退し、この市街戦がリヘーランの悪夢と呼ばれるようになる。

 その後、噂では討伐隊とオルス伯爵家の騎士たちとの間で責任のなすりつけ合いが発生して関係が悪化、砦町は伯爵家に対して戦死した騎士たちへの見舞金などを送ってそれを手切れ金とし、以降は完全な没交渉状態だという。


「……身勝手」


 シラハが端的に呟く。

 この報告書を読む限り、砦町はかなり身勝手に思える。見舞金などで最低限の義理は果たしているようだが、納税していないことなどを含めると酷い話だ。

 ただ、あくまでも噂にすぎない。どこまでが真実か分からない上に詳細な経緯まで不明となると一方に肩入れする気にもなれなかった。


「シラハ、俺とユードのいざこざって第三者がどうすればあんなにこじれなかったと思う?」


 リオの問いかけにシラハは眉を寄せた。


「ユードを追い出す」

「待て、待て。原因の排除は最終手段だ。和解の方法を探せよ」


 思っていたのとは別の解決策を出されて、リオは慌てて否定した。

 シラハはしばらく考えた後、別の答えを導き出す。


「両方の話を聞く?」

「そう。リヘーランの悪夢の件では俺たちがその第三者だ。この情報だけを鵜呑みにするのは良くない。分かったか?」


 シラハが納得顔で頷いたのを見て、リオはほっと息を吐く。


「それに、この報告書を全部信じるとしてもガルドラットさんの立場が謎過ぎる。まったく無関係ならともかく、騎士剣術を使うくらいだからオルス伯爵家の騎士だったって方があり得そうだ」

「関係が悪くなったから騎士を無理やり奴隷にした?」

「そんなことをしたらオルス伯爵が黙ってないよ。それに、冒険者たちがガルドラットさんに敬意を払うのも筋が通らなくなる」


 情報不足で考えるだけ無駄だと結論付けて、リオは一度思考を区切った。


「知れば知るほど知らないといけないことが増えて、調査って結構面白いな」

「私もリオを見てると面白い」

「前言撤回。下世話だったわ」


 それでも、ラスモアからの依頼なので今さら放り出すこともできない。

 リオは報告書を片付けようと、手紙と共に封筒の中に入れる。

 すると、シラハが手を出してきた。


「私がしまう」

「そう? じゃあ、任せた。大事なものだから失くさないようにな」

「うん」


 シラハはニコニコしながら、リオから受け取った封筒を自分のカバンの内側にある隠しポケットに入れる。

 ラスモアの依頼で動いていることは秘密であるため、封筒をへたなところに隠そうとしたら取り上げるつもりだったリオも安心して立ち上がった。


「まずはリヘーランの悪夢を引き起こしたテロープを探そう。宝玉を持っているかもしれない」

「森の奥に行くの?」

「森の奥に行くための大義名分が欲しいから、先にそれらしい依頼を受けてくるんだよ」

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