第六話  お礼の慣習

 夕暮れになると、依頼で出払っていた冒険者たちがギルドに戻ってくる。

 完了報告などの事務仕事を片付けるためでもあるが、一番は互いの生存確認を兼ねた夕食だ。

 リオとシラハはギルドの酒場でメニュー表を片手に冒険者たちを見回す。


「いかつい人ばかりだけど雰囲気はいいよな」


 同業者とは森で出会うことも多く、顔見知りになっておく必要性は受付の老人が語っていた通りだ。

 酒場は顔を覚えてもらうにはうってつけの交流の場で、よく組む仕事仲間以外とも情報交換がてらに飲み会に発展しているグループがいくつかある。

 村社会で顔見知りとしか交流がなかったリオとシラハにはちょっと馴染めない空気感だった。


 新入りの自分たちから声をかけに行くのが正解だと分かっているものの、交流の糸口が見つからない。

 どうしたものかと思いながらリオはシラハを見る。


「とりあえず何か頼むか。何か食べたいものはある? 別々の料理を頼んで分け合おうよ」

「うん。……鹿肉のステーキと山菜蒸し」


 すでに決めていたらしいシラハがメニュー表を指さしながら料理名を言うと、隣から若い男女のグループが声をかけてきた。


「今日あたり、邪獣の鹿肉が出回るから注文の時に言ってみるといいぞ。俺らが仕留めたんだ」


 気安い調子で話しかけてくる若い男に、リオは交流の糸口を見つけて即座に乗っかった。


「邪獣の肉って美味しいんですか?」

「肉食の邪獣は不味い。だが、草食の邪獣は他の獣を襲っても肉を食わないんだ。結果的に、縄張りが広がっていい物をたらふく食うようになる。だから美味い。めちゃくちゃ美味い」


 自分たちが狩ったこともあって布教したいのか、男は何度も美味いと繰り返す。

 そこまで言われればリオも興味が出てきた。

 メニュー表を見て鹿肉の香草焼きを見つけ、注文する。

 すると、若い男女グループが席を移ってきた。


「一緒に食おうぜ。どこでどうやって仕留めたのか、武勇伝を話したくってうずうずしてたんだ」


 なるほど、こうやって交流会に発展させていくのかと、リオは納得する。

 さりげなくシラハが席を移動してリオの横を確保した。

 グループのリーダーはジャッギと名乗った。


「四人組で活動してんだ。ランクはCだ」

「俺はリオ、こっちはシラハ。ランクはまだEで新入り。よろしく」

「知ってるぜ。我流の剣術で戦う二人組だろ」

「噂になってんの? 新入りが珍しいとか?」

「新入り自体は珍しくねぇよ。でも、リヘーランは危険地域だからな。どっかの道場で学んできたって奴がほとんどだ」


 実戦で使える我流剣術の使い手はほとんど来ないらしい。

 ジャッギたちの鹿邪獣討伐の武勇伝を聞きながら食事をしていると、年かさの冒険者がテーブルに近寄ってきた。

 腰に鉄のメイスと肉厚の剣を携えた、貫禄のある冒険者だ。

 ジャッギたちを一瞥して、冒険者はリオに声をかけてきた。


「新入り、ガルドラットさんに訓練場で世話になったろう? お礼に何か料理を持って行け」


 それだけ言って、冒険者は自分のテーブルに戻っていく。

 門外不出かもしれない資料を見せてもらったのだから何か礼をしたいと思っていたリオだが、テーブルの料理を見て少し悩む。

 料理そのものは美味しい。だが、ガルドラットは冒険者ギルドの所有物であり、賄は出ているはずだ。

 別の物の方がいいのでは、と考えるリオに、ジャッギが身を乗り出した。


「おい、世話になったってマジか? マジなら、料理をもってけ。そういう慣習なんだ」

「慣習? ギルドでは食事を出してないの?」

「出してるんだが、食事以外の礼は受け取ってもらえないんだ。食事は糧になった食材を無駄にできないってもらってくれるんだけどな」


 なんとも欲のない話だ。


「それじゃあ、持って行こうかな。ガルドラットさんって苦手な食べ物とかある?」

「酒は飲めないらしい。もしくは飲まないのか」

「なら温かいスープとかにしようかな。いっそ、ここに呼んでもいいと思うけど」


 リオ達だけでなく、冒険者たちは訓練場で必ずガルドラットの世話になって、尊敬している。ならば、奴隷といえどもこの酒場で一緒に飲み食いするのを嫌がる者はいないだろう。

 いい考えだと思ったのだが、ジャッギがリオの言葉に渋い顔をする。


「それはできねぇ」

「なんで?」

「ガルドラットさんの奴隷の首輪があるだろ。あれは訓練場から離れるほどきつく首を絞める仕掛けになっている。この酒場に来ても飲み食いできねぇよ」

「あの首輪ってそんな仕掛けになってるの?」


 ガルドラットが逃げ出すとも思えないが、そこまでして厳重に管理する理由が分からずリオは眉を顰める。


「……大事にされてる」


 フォローするようにシラハが口を挟む。

 なに言ってるんだとリオは横目でシラハを見た。

 シラハは薄っすらと笑って訓練場の方を見ていた。


「料理以外のお礼を受け取って換金すれば、自分を買い戻せるのにしてない。現状に満足してるから、多分」


 シラハの言うことにも一理ある。

 ガルドラットが自分を買い戻せるだけの金を稼ごうと思えば、ここの冒険者も喜んで協力するだろう。

 それに、衝立を設置するなどでギルド側はガルドラットを大事にしているようにも見える。今日見せてもらった羊皮紙も資料的な価値が高く、ギルド側が接収してもおかしくない品だった。

 どうにもガルドラットの立ち位置が分からないと不思議に思いながらも、リオはお礼の品に温かいスープと串肉を注文するのだった。

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