第三話 違和感のある記録
ギルドと提携している宿の一室に入ったリオとシラハはテーブルを挟んで夕食を摂っていた。
ガルドラットとの訓練で二人とも合格を言い渡され、明日から森に入ってもよいとお墨付きを得られた。
ランクはEからのスタート。ランクは依頼内容にかかわる他、町の防衛時の配置も決められているらしい。
リオは壁にかかった地図を見る。
ギルドと提携しているだけあって、宿の利用者はほとんどが冒険者だ。この町の防衛戦力でもあるため、各ランクの配置場所が書かれた地図がどの部屋にも貼られている。
地図によれば、ランクEは町の住人の避難誘導や伝令役らしい。伝令の経路なども書かれているため、明日にでも町の散策ついでに確認しておくべきだろう。
「あんまりおいしくない」
シラハがもそもそとパンを食べながら不満を口にする。
リオも現実逃避していたが、パンはお世辞にも美味しいとは言えなかった。茶褐色のライムギパンで酸味が強く、何より硬い。
賞味期限が切れそうな保存食を新入りの食事に放り込んだと言われれば納得するまずさだ。宿代が安いのであまり期待はしていなかったがあまりにひどい。
「明日からは町で買うか、ギルドで食べようか」
到着したばかりということもあって早めに休もうと宿に引っ込んだのは失敗だった。
シラハがシチューにスプーンを入れて、警戒するように匂いを嗅ぎ、一口食べた。
「こっちは美味しい」
「まじ?」
シラハの表情を見る限り事実らしい。
早速シチューを食べてみると、よく煮込まれた肉の旨味と甘みが溶けだして満足感のある味だった。
すぐそばに森があるため肉には事欠かないのだろう。硬いライムギパンもシチューに浸けると程よくスープを吸って酸味がアクセントになって美味しかった。
こうやって食べるためのメニューなのかと納得する。
前向きになって食事を進めつつ、リオはシラハに質問する。
「ギルドの印象は?」
「悪い人たちには見えなかった。野蛮だけど」
「一言多いよ。同感だけど」
リオの目から見ても、冒険者たちやギルドの職員たちが悪巧みをしているようには見えなかった。まだ初日であるため気は抜けないが、例の宝玉に関わっているとはあまり考えたくない。
特に、奴隷のガルドラットへ向ける敬愛は本物だった。
「ガルドラットさんって何者なんだろう」
「奴隷」
「見たまんまじゃねぇか。出自とか、そういうのだよ」
シローズ流の使い手というだけでは断言できないものの、ガルドラットはそれなりの身分にあった人物だと思われる。
実力主義の冒険者たちが表立って敬意を示すほどだ。元の身分はどうあれ、奴隷として朽ちるには惜しいと思う。
「あんなに慕われているのに奴隷のままっていうのも不思議なんだよな。事情があるんだろうけど」
「ガルドラットさんが大切だから訓練場にしまってる」
シラハの意見にリオは苦笑する。
「冬の保存食じゃないんだから」
シラハの手を見れば、燻製チーズから連想したのが丸わかりだった。
シラハが食事の手を止めずに話を続ける。
「保存戦力?」
「あぁ、その見方はあるかも。この辺りは危険地帯だし」
自由の身になれば貴重な戦力がこの町からどこかへ行ってしまうかもしれない。あれだけの実力者ならば簡単には手放せないというのも分かる。
「あとは、ネズミに齧られないように?」
「冬の保存食と同一視するのやめなー」
ズレまくるシラハの意見にツッコミを入れて、リオは椅子の背もたれに体重を預ける。
しかし、見方を変えてみればシラハの意見にも信憑性があった。
流石にネズミに齧られることはないだろうが、権力や政治闘争に敗れた元騎士が流れてきたと考えれば、つじつまが合う。
「奴隷にしてギルドの資産として扱うことでガルドラットさんを守ってる、とか?」
奴隷という割に、ガルドラットも冒険者の訓練に前向きに付き合っている様子だった。関係性がいいのは間違いない。
あれこれ想像は膨らむが、目下、リオとシラハの目的である宝玉に関してガルドラットが関わるとは考えにくい。
目的を違えないようにしようと、リオは宝玉の話題に変える。
「とりあえず、ギルドの資料室を見る限りでは宝玉は見つかってないね。隠れ里の発見報告もなし。気になるのは知能が妙に高い動物の発見報告が多いことと――」
「リヘーランの悪夢」
シラハの言葉に、リオは深く頷く。
リヘーランの悪夢はギルドの資料室にあった戦闘記録の一つの見出しに書かれていた名称である。
邪獣が多数混ざる群れに砦町の中にまで攻め込まれて大混乱に陥り、資料に書かれている情報も錯綜している。どこで何が起きたのかすらさっぱり分からないありさまで、記録としては使い物にならない。
だが、そんな記録を読んでリオとシラハは違和感があったのだ。
「何か、隠している」
シラハが指摘する通り、記録にはわざと何かに触れないように表現をぼかしているらしい箇所が散見された。
とくに、町中での自警団や冒険者、派遣されてきたという騎士の動きがまるで分らないようになっていた。戦闘記録としてはあまりにもお粗末だ。
派遣されてきた騎士の所属すら不明なのだから、記録として残すのではなく記録したという事実だけが欲しかったとしか思えない。
では、何故、何を、隠しているのか。
「リヘーランの悪夢の最中、おかしな動きをした団体がいた、とか?」
ごまかすために他の集団の動きまであいまいに記載したのかと、リオは考える。
聞き込み調査をしてもいいが、住人にまでかん口令が敷かれていればリオ達の動きが明るみに出てしまう。聞き込みは最後の手段でいいだろう。
「よし、明日は町の散策をして、明後日から森に入ろう」
「分かった」
「あんまり言いたくないけど、宝玉探しはシラハの魔法が頼りなんだからな?」
シラハはオッガンから失せ物探しの魔法を教わっている。この魔法は探したいものを詳細に思い浮かべて一定範囲にそれがあるかを感知する魔法だ。
故郷での猿騒動で押収した宝玉を使ってこの失せ物探しの魔法を何度も練習し、村の中であればどこにあっても見つけ出せるほどまで精度を高めてある。
「任せて」
無表情で請け負うシラハに、リオは問いかける。
「ちなみにギルドに宝玉はあったか?」
「リオとガルドラットの試合中に探してみたけど、なかった」
「ちゃんと調査したのか。やるじゃん」
「ふん」
胸を張るシラハに素直な賛辞を送り、リオは笑った。
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