第二話  ギルドの奴隷

 ざっと見まわしただけでもわかる。

 このギルドにいる冒険者たちはそのほとんどが使い手だ。最低でもカリルと同等、中にはラスモア麾下の精鋭騎士に迫る者もいるだろう。

 リオとシラハはまっすぐに受付カウンターへと向かう。

 カウンターには片目の老人が座っていた。横には杖が立てかけられている。杖には横にぐるりと線が入っており、仕込み杖なのが分かった。

 素人のリオの目でも仕込み杖とわかるくらいだ。暗器ではなく、普段は杖として使う武器でしかないのだろう。

 老人はリオとシラハを片目でじろりと睨み、二枚の紙を取り出した。


「登録なら名前を書きな」

「出身地も書くんですか?」

「書けるなら書け。その若さでこんなド辺境に来るくらいだから訳ありかと思ったが、違うんだな」

「まぁ、武者修行みたいなものです」

「ははっ、そいつはいい。喧嘩相手には事欠かんだろうよ。最悪死ぬがな」


 紙に名前や出身地を記載して渡すと、老人は一瞥して棚にしまう。


「この町にはゴロツキも多い。お前らはそこそこ鍛えているようだから数人なら問題ないだろうが、対人戦闘の経験はどれくらいある? 人を殺したことは?」

「訓練でなら少々の経験があります。人は殺したことがありません」

「そうか。森の中で刃を向けられたら遠慮することはない。殺せ。相手が冒険者を名乗っても気にするな。きっちり殺せ。お前らも、殺される覚悟は持っておけ」

「物騒ですね」

「冒険者を装って近づくごろつきが最近増えていてな。冒険者同士、顔を覚えてもらうためにも夕食はここで取るといい。間違って武器を向けても顔見知りなら謝って済む」


 話に聞いていた以上に殺伐としているらしい。

 気が付けば、冒険者たちも新入りの顔を覚えようとしているのか、リオとシラハに注目していた。

 リオは冒険者たちに向けて軽く頭を下げる。


「よろしくお願いします」

「おう、何か分からないことがあれば聞けよー」


 リオの対応は正解だったらしく、冒険者たちはニコニコ笑いながらそう言って、軽く手を振った。

 受付の老人が杖を持って立ち上がる。


「ついてこい。訓練場に案内する」

「訓練場があるんですか?」

「裏手にでかいのがな。対人戦闘の経験がない者も多いから、奴隷を訓練相手に入れてある」


 老人についていくと、広々とした訓練場があった。

 かなり頑丈な造りのようで、非常時には避難場所として利用されるらしい。

 平らにならされた剥き出しの地面、屋根は非常に高く、ゆうに三階分の吹き抜けになっている。


 件の奴隷は訓練場の奥の壁に繋がれていた。

 数枚の衝立で最低限のプライバシーが保護された一区画に、奴隷という字面からは想像できないほど身ぎれいな男が座っていた。

 傍らには木剣が二振り、奥の壁に突貫で作られた木の棚に一振りの剣が安置されている。

 猛禽類のように細く鋭い眼差しで訓練場の冒険者を睥睨する様は、あたかもこの訓練場の主か教官のようだった。


 リオとシラハを連れた老人に気が付くと、奴隷の男は音もなく立ち上がる。

 身長は平均的な部類だ。カリルと同等か少し大きいくらいだろう。だが、鍛え抜かれた、いや、苛め抜かれたような引き締まった筋肉が服の上からでもよくわかる。立ち上がる際に一切ブレることのない体幹とわずかに遊びを持たせた動きは常在戦場の心構えが読み取れた。


 リオは身震いする。

 おそらく、今まで見てきた中でも断トツの使い手だ。ラスモア麾下の精鋭騎士ですら及ばないレベルだと分かる。

 なぜこんな使い手が奴隷をしているのか分からない。騎士として求める人は多いだろう。そうでなくても、冒険者として一線級の戦力なのは間違いない。


 老人が奴隷に声をかける。


「ガルドラット、この新入りたちを見てやってほしい」

「あぁ」


 ガルドラットと呼ばれた奴隷男は木剣を拾い上げ、数歩歩み出てくる。

 シラハがリオの袖を引いた。


「命令口調じゃなかった」

「俺も気になった。奴隷というか、師範みたいだ」


 ガルドラットの所有者であるギルドの職員の老人が敬意を払っているように見える。

 それどころか、訓練場の冒険者たちが集まってきて、ガルドラットに注目し始めた。

 新人がどれくらい使えるかよりも、ガルドラットの剣から学ぶことが優先なのだろう。

 老人がリオ達を振り返る。


「ガルドラットに勝てとは言わん。数合打ち合ってみせろ。二人がかりでも構わん」


 リオはシラハと目配せし合う。

 リオの考えを読み取って、シラハが一歩下がった。

 見物人の冒険者に投げられた木剣を空中で掴み取り、素振りを数回。握りを確かめてから、リオはガルドラットに向き直った。


「一対一でお願いします」


 侮っているわけではない。むしろ、はるかに格上だからこそ一対一で学び取りたい。この後でシラハとの打ち合いを横から見ることもできて両得だ。

 正眼に木剣を構えたリオに対して、ガルドラットは下段で応じた。

 重心からか、リオの我流剣術の要が足による翻弄だと悟って切っ先を向けることで牽制してきたのだ。


 試しに踏み込んでみると、即座に太ももへの突きの体勢を作られた。即座に下がって間合いから外れたが、判断の早さに冷や汗が出る。


 だが、得られるものもあった。

 ガルドラットの剣術は騎士剣術だ。下段から太ももへの突きへの移行と体勢から見て、シローズ流だろう。

 カリルにいくつか技を見せてもらった騎士剣術の一つだ。守りを重視する流派で、解剖学的な知識が必須なインテリの剣術である。

 どこをどう斬れば深手を負わせられるかに主眼を置き、間合いに引き込んで斬り伏せる。カウンター気味の剣術だ。


 リオは一つ深呼吸をして、木剣の切っ先をガルドラットの鳩尾に向ける。

 タンッと地面を蹴り、一気に間合いに飛び込んだリオに対して、ガルドラットは斜めにずれながら木剣の切っ先でリオの右膝を斬るように剣を振り上げる。

 飛び込んでくる相手に対して行うシローズ流の典型的な対処法だ。

 読んでいたリオは右足で地面を蹴り飛ばすようにして足を振り上げる。片足立ちになったリオの右足の下すれすれをガルドラットの剣が横切った。


 直後、リオは身体強化を瞬間的に強化した右ひじで自分の右ひざを打ち、地面に落とす。右脚に重心を乗せ、ガルドラットの肩を狙って木剣を横に薙ぐ。

 ガルドラットは軽く後方に跳んでリオの間合いから外れるが、リオは逃がすつもりがない。

 左足を右足の前に出し、ガルドラットを再び間合いに捉える。

 腰だめに木剣を構えたガルドラットが左足を引いた。その構えを見て、リオは攻撃を中断して後ろに下がる。


「押し切りたかったんだけどな……」


 あのまま攻撃を仕掛ければ、カウンターの餌食だった。

 ガルドラットが木剣を上段に構え直す。存分に足を使って翻弄してみろと言わんばかりの構えにリオは小さく笑った。


 ガルドラットはリオの実力を測っているのだ。

 不用意に飛び込めば返り討ちにされるだろうが、足を活かせるのならやりようがいくらでもある。

 リオは真正面からガルドラットへ飛び込み、振り下ろされる木剣を足運びで躱しざまガルドラットの肩へと木剣を振り下ろす。

 あっさりと肩を引いて躱すガルドラットが手首を返して木剣を逆袈裟に振り上げるが、リオはガルドラットの手首を乱暴に蹴り飛ばして木剣の軌跡を狂わせた。


 ガルドラットの目が面白がるように細められた直後――リオの腹部に強烈な衝撃が走る。

 蹴り飛ばされたと気付いた瞬間、リオは木剣を地面に突き立て、その木剣に全体重をかけて軸にする。

 カリルがラクドイとの試合で使った異伝エンロー流の動きを参考に取り入れた我流のカウンター技。


 姿勢を極限まで低く、足裏で地面をこすりながら徐々に踵を浮かせ、木剣を地面へと押し込むように体重をかけて――両足で敵へと跳躍する。

 身体強化の瞬間的な限界発動を組み合わせ、爆発的な突進力を生み出し、地面から引き抜いた木剣を横薙ぎに振り抜く。

 吹き飛ばしたはずの相手が瞬時に間合いを詰めて勝負を決めに来るなど、初見なら対応が遅れるものだ。

 しかし、ガルドラットは冷静に木剣を下段に構えてリオの攻撃を受け止めた。

 突進力込みの振り抜きだというのに、ガルドラットの木剣は微動だにしない。大木にでも斬りかかったようだと、リオは息を飲む。


 ガルドラットの片手が木剣の柄を離れた。

 組打ちが来ると直感的に気付いたリオは木剣で防御姿勢を取りながら素早く後方に引いた。

 リオが間合いを外れると同時に、見学していた冒険者たちが口笛を吹いて拍手してきた。


「新入り、よく動くな」

「我流か? 様になってるな」

「異伝エンロー流って奴じゃねぇの?」


 ガルドラットが構えを解き、口を開く。


「合格」


 短く告げられて、リオも木剣を下ろした。これ以上やっても無駄だろう。実力差がありすぎる。

 リオはガルドラットに声をかける。


「シローズ流ですよね? 騎士だったんですか?」


 所々で崩しているものの、ガルドラットの剣は綺麗なシローズ流だ。使いこなすには高い教養が必要なため、使い手は騎士ばかりのはずだ。

 しかし、騎士がこんなところで奴隷に甘んじているのはどうしても理解できない。

 ガルドラットはリオを睨むように一瞥した。


「今も昔も騎士だったことはない」


 はっきりと否定して、ガルドラットはリオに背を向けた。

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