第三十二話 帰還と帰宅

 凄い、としか言いようがなかった。

 リオは剣を振るう騎士たちを唖然と見つめる。


 ラクドイが教えるオックス流や、カリルに見せてもらった様々な流派の騎士剣術や傭兵の剣術を見て、集団での戦いと剣の振り方にはいくらかの知識がある。だからこそ、リオはその知識に照らし合わせて騎士たちの動きの異常さに気付けた。


 リオは村で猿と戦った。結果から見れば圧勝ではあったが、まさに戦いだった。

 目の前で繰り広げられているのは戦いではない。蹂躙とも呼べない。清流が木の葉を流すように、無駄のない剣術の美しさだけがあった。


 騎士たちに襲い掛かったはずの猿たちは抵抗すらできず一瞬で命を刈り取られている。猿たちは騎士の剣に反応できていないのだ。

 騎士たちは互いの死角と隙を補いながら全力で剣を振るっている。おそらくは型があるのだろうが、自在に組み合わせているためかパターンがまるで掴めない。


 騎士の一人が姿勢を低く猿の足を刈り取るように剣を振るえば、がら空きになった頭上に別の騎士の剣が振るわれて猿の頭部を殴りつける。

 剣を振るった後の二人の前にするりと現れた別の騎士が突きから始まる連撃で迫ってくる猿たちを遠ざける。


 凄い、と同時にリオは理解した。

 自分には騎士剣術の才能が一切ないことを。


 時には仲間への攻撃を弾き、受ける筋力がなければ集団剣術は振るえない。仲間と連携するためには離れすぎてはならず、体力を温存して味方と歩調を合わせる協調性も必要だ。

 短期決戦型のリオの我流剣術は真逆である。

 頭で分かっていたものの、頭でしか分かっていなかった。


「俺には無理だな……」


 呟くと同時に、自分の我流剣術の方向性は間違っていなかったのだと自信も持つ。

 参考になるとすれば東側の方だろう、リオは樹上から泥団子を投擲してくる猿たちへ注意を向ける。

 山を歩くためやや軽装とはいえ鎧を装備した騎士たちが木に登るのは不可能だ。

 どんな風に攻撃するのかと思いきや、三人一組の騎士たちは二人が正面で泥団子を防ぐことに専念し、残る一人が投げつけられた泥団子の中に混ざっている石を拾い上げ、身体強化込みの投擲で猿の頭部を正確にぶち抜いた。


「剣術とは……」


 リオの呟きを聞いて、ラスモアが肩をすくめる。


「騎士だからな。剣は当然として投擲や槍なども使う。リオはあの猿に剣が届くのか?」

「……多分、いけます」


 樹上にいる猿たちだが、その巨体を支えられる枝は限られているためあまり高いところにはいない。身体強化込みであれば、木の幹を盾に接近して枝ごと斬り落とした後でトドメを刺すことは可能だった。

 もっとも、リオの身軽さあればこその動きではある。

 リオを観察して猿を斬るための道筋が見えていると分かったのか、ラスモアは興味津々にリオの視線を追った。


「ほぉ、見てみたい気もするが、わざわざ斬り伏せずとも終わるな。連中、枝に上ったはいいものの、石をよけながら降りる術はないらしい」

「騎士たちの投擲技術と威力が想定外だったんだと思います」

「まぁ、ここにいるのは我が家の騎士の中でも精鋭だからな」


 逃げることも抵抗することもできないままに猿たちは全滅した。

 騎士たちに被害はなし。せいぜいが鎧に泥がついた程度で傷一つない。

 ラスモアは副官と目配せし合い、バルド達に声をかけた。


「お前たち、悪いが猿の死骸を手分けして運んでくれ。調査のためにも、獣に食わせるわけにはいかん」


 次期領主の命令だ。嫌だとは言えない。

 死んでぐったりとした猿の死骸は巨体なのもあって非常に重い。身体強化をしても一つ運ぶのが精一杯だ。

 こんなことなら背負子でも持ってくるんだったと後悔しつつ、騎士たちと協力して猿の死骸を一つ残らず運ぶ。

 リオは比較的小さめの猿の死骸を背負い、顔をしかめた。防具代わりの木板の硬さもあって背中が痛い。


「あの、なんで全部運ぶんですか? 調査に必要と言っても、村を襲撃した猿たちの死骸があるんじゃ……」

「村を襲撃した猿にメスがいなかったのだ」

「……えっ?」


 猿たちの雌雄などまったく気にしていなかったが、確かにこれだけの規模の猿の群れに雌がいないとは考えにくい。

 ラスモアが何を懸念しているのかに気付いて、リオは山頂を仰ぐ。


「どこかに、こいつらが雌を囲う巣がある?」

「私たちはそれを疑っている。だが、雌雄が分かりにくい猿の可能性もあるのでな。ひとまず死体の数を確保して解剖調査をする」


 理由を聞けば納得だ。

 死体という大荷物もあって、村に帰りついたのはすっかり陽が落ちた頃だった。

 死体を一か所に集めて検分を始める騎士たちを村長やバルドが見守る。胃の内容物などからも猿の生態を調べるため、周辺の動植物に詳しい村の者が必要らしい。


「リオは帰っていいぞ。夕飯は先に食べていてくれ。次期領主様の前で食べるわけにもいかねぇから」


 バルドに言われて、リオはさっさと家に帰らせてもらった。

 暗い帰り道を歩きながら、リオは頭の中で騎士たちの動きを何度も反芻する。

 自分の剣に活かせるところはないか。もしも対峙するならどうすればいいのか。

 剣の振り方、握り方ひとつとっても精鋭である騎士たちの動きはヒントの塊だった。

 自然と笑みがこぼれる。


「ラスモア様には感謝しないとな」


 学習の機会をくれたラスモアに感謝しつつ、家の玄関をくぐる。


「ただいま――」


 声をかけた瞬間、シラハが頭突きするような勢いで抱き着いてきた。


「なんだ!?」

「……帰り遅い」


 恨みがましく上目遣いで睨んでくるシラハに困惑し、リオは台所の母を見る。

 母は苦笑しつつ、野菜を切る手を止めてリオの疑問に答えた。


「昨日はいろいろあって、リオは家に帰ってこれなかったでしょう? シラハはずっと心配してたのよ」

「レミニから無事だって話は聞いたでしょ?」

「裏手の戦いでは無事でも、表での戦いはどうだったのかは聞いていないからね。まぁ、連絡はあったんだけど、昨日の今日で騎士様たちについて山に入るというんだから、母さんも心配したのよ?」

「そっか。とりあえず、俺も父さんも無事だよ。それと、シラハはいい加減に離れてくれ――力強っ!? 身体強化をこんな時に使うんじゃねぇ!」

「……絶対、放さない」

「一日中山歩きしてたんだから汗臭いだろうが。体洗いたいんだよ!」

「洗う」

「自然な流れで一緒に風呂場に行こうとするな! 妙な知恵をつけるな!」


 じゃれ合うリオとシラハを見て、母が笑う。

 今頃はどこの家でもいつにもましてこんな明るい空気になっているだろう。

 昨夜の騒動を過去のものにするために。

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