第二十三話 二つの覚悟

「剣をもらったその日に何をやってんだ、お前は!」


 村長の家に連行されたリオを迎えに来たバルドは問答無用で拳骨を見舞い、村長に頭を下げた。


「うちの馬鹿が申し訳ありません」


 頭を下げられた村長は、ちらりと廊下を横目で見る。別室に連行されたユード達のことを考えたのだろう。


「本気の殴り合いをしたらしくてな。ユード達は顔が腫れあがっとる。むしろ、リオが何故ほとんど無傷なのか分からんほどだ」

「リオ、お前!」

「待て、バルド」


 もう一度拳骨を落とそうとしたバルドを押しとどめて、村長が続ける。


「道場に通い、身体強化も覚えたユード達との殴り合いだ。腫れたくらいで済んでよかった。万が一もありうる事態だった。注意は必要だが、まずは状況を確認するべきだ」

「しかし、よりにもよって今日だ! こいつがほとんど無傷なのを見ても、一方的に殴ったとしか思えない!」


 じろりと横目で睨んできたバルドに対し、リオは不機嫌に鼻を鳴らす。

 リオは自分が悪いとは一切思っていなかった。

 このままバルドが話を聞く気もないのなら家出をしようかと考えているくらいだ。


 リオがほぼ無傷な理由は日ごろの鍛錬で避ける技術を身に付けていることやユード達が使うオックス流の組みつきなどをカリルから聞いていて手の内を知り尽くしていることなど、理由がいくつかある。

 そんな理由の中で一番大きいのは、ユード達が怖気づいていたから。


 今まで反撃らしい反撃もせず、泥をぶつけられようと完全に無視を決め込んできたリオが問答無用で急所である顔面を執拗に狙ってくる。三人組という数の差があっても、春祭りの試合でリオがユードを完封したのも手伝って、ユード達の心は折れた。

 村長の言う通り、事情を確認すればすぐにわかることなのだが、バルドは聞く耳を持とうとしていない。村長はバルドをなだめるのに精いっぱいで、リオはいま発言しても逆効果だと分かっているから無言を貫く。

 流れを変えたのはリオの腕に抱き着いているシラハだった。


「――いい加減にして!」


 いつも大人しくぼそぼそ喋るシラハの大声にバルドと村長はもちろん、リオまで驚く。

 水を打ったように静かになった三人に、シラハはぽろぽろ涙を流しながら続ける。


「いつもは無視するリオが今日だけ喧嘩したのは私のせいなのに、リオが怒られてるのはおかしい!」


 叫んだシラハに、バルドは気圧されたように仰け反って、リオを見た。


「いつもは無視するって、どういうことだ?」

「悪口言われたり泥を投げつけられたりしていたことじゃない?」

「いや、ことじゃないって、お前……なんで言わなかった!?」

「言っても嫌がらせが陰湿になるだけだし、実害もない。向こうの方が人数も多いから口裏を合わせられれば俺が嘘吐き扱いだよ。そもそも、子供同士のことだから親を持ち出すのはそれだけで卑怯者扱いされる。殴られたとかなら別だけどね」


 淡々と答えるリオにバルドは頭痛をこらえるように頭を押さえた。


「……だとしても、殴る前に相談をしろ。手順を飛ばし過ぎだ。なんでそこまで考えられるくせに、今回はいきなり殴ったりしたんだ」


 もっともな意見だ。これほどの大事になる前にバルドや村長に話してあれば、事情がもっと早く周知されてリオが悪者扱いされる可能性は減ったかもしれない。

 数に任せて嘘をつくユード達の方が発言力が高い事実は変わらず仕舞いだが、それは今と変わらないのだから。


 とはいえ、リオとて本当に我慢できなくなったら先に周囲へ話をするなり、ユード達への警告をするつもりはあった。

 それらの手順を飛ばした理由は、リオの腕に抱き着いて泣きじゃくっているシラハの存在である。


「戦う術があって無視する俺から、戦う術がないシラハに標的を変えたあいつらの卑劣さが我慢できなかった。無視したら、ずっとシラハが狙われると思ったから、やり返した。今後は俺を狙ってきても絶対にやり返す」


 リオが反撃しないからユード達はエスカレートし、妹分のシラハまでも標的に含めるようになった。ならば、全力で反撃して守るのが戦う術を身に着けた自分の役割であるとリオは主張する。


「父さんたちに何度叱られようが鉄拳制裁を受けようが、あいつらが態度を改めない限り何度でもやり返すし、問答無用でぶん殴る。向こうが武器を持ち出すならこっちもそうする。村長、ユード達に伝えておいて」

「あ、あぁ……」


 リオは全面戦争に突入する覚悟が完全に決まっていると知り、村長は口ごもりつつも頷いた。

 リオは道場の方針が気に入らないからと我流剣術を一から構築してしまうような、頑固さと猪突猛進さが同居する性格だ。言葉通り、何をされても筋が通らなければ報復するだろう。

 事実関係の調査を行うとともにユード達を監視しておかないと同じ事態が発生しかねない。

 ひとまずユード達から事情聴取をした方がいいかと村長が部屋を出ていこうとした時、シラハが涙を乱暴に拭って口を開いた。


「明日からは私も剣の訓練をする!」


 シラハの決意表明に顔色を変えたのはバルドだった。


「待て、待て、なんでそうなる!?」

「私が戦えるようになったら、リオが守るためにケンカして怪我をすることもないし怒られることもない」

「いや、まぁ、理屈はそうなる、か? だがちょっと待て、剣が使えるようになったら嫌がらせをされても堪えることになるだろうが」

「こんなことになったのに、まだ嫌がらせを放置するの?」

「……村長、親同士で話し合わせてくれ」


 根本的なところを指摘されて、バルドは村長に申し出る。

 まだ詳しい事情が分からないものの、嫌がらせがあったのなら放置はできない。

 村長とバルドが部屋を出ていくのを見送って、シラハがリオを見上げた。


「……剣の稽古、混ぜて」


 話の流れから察しはついていたが、やはり道場に通う気はなかったんだなとリオはシラハを見つめ返す。


「我流剣術でしかないから実戦で役に立つとは限らないけど、それでいいなら」

「リオと同じのがいい」


 シラハの目を見て、リオは頷いた。


「帰ったらシラハの木剣を作るぞ」

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