第十三話 妹

 事件から三か月、状況が改善しないまま秋を迎えた。


「狩人を最低でも一人加えた三人組での入山を許可する」


 このままでは冬を越せないと村人から苦情が殺到し、村長が苦肉の策でつけた条件だ。

 おかげでバルドを含む狩人は引っ張りだこで、家のことがおろそかになる始末。

 リオは薪割りを終えて、窓から家の中を覗き込む。


「母さん、薪割りが終わったよ。台所にいくつか運ぶ?」


 台所を預かる母は町で売る予定の編み物の手を止めて頷いた。


「お願いするわ。シラハも手伝ってあげて」


 母の隣で黙々と編み物をしていた少女、シラハがこくりと頷いた。

 リオが山で出くわした少女はシラハと仮名を与えられて居候している。どこの町や村でも行方不明者の報告はなく、どうしたものかと途方に暮れていたところ、余裕もないのに母が引き取ると強弁したのだ。

 父バルドが狩人の仕事漬けになっている理由の一端である。


 シラハはぱたぱたと軽い足音を立てながら家を出てくる。


「……手伝う」


 ぼそりと、しかし流暢にシラハは言った。

 シラハは引き取った当初、言葉もろくに話せず意味も理解できていない様子だった。

 しかし、驚異的な学習能力を見せ、現在は日常会話はもちろん村長が主催する文字の読み書きや計算もリオ以上にこなしてしまう。

 内職仕事を積極的に手伝ってくれるため、母はシラハを溺愛していた。反抗期真っ盛りの息子よりも、素直で可愛い娘の方が構いたくなるのも人情だろう。


 真正面から、シラハはじっとリオを見る。その観察するような視線は相変わらずで、リオがシラハに苦手意識を持つ原因になっていた。

 それでも、今ではリオは義兄である。苦手意識があろうとも怯むわけにはいかない。


「木の棘が刺さらないように革手袋をつけてきて」


 すでに革手袋を嵌めている自分の手を見せて指示を出す。

 シラハは小さく頷いて玄関横にある雑貨をまとめた木箱から革手袋を取り出して身に着けた。

 薪を台所に運び込み、残りを家の裏手に積んでいると表の方で呼びかける声が聞こえてきた。


「すみませーん。村を出るので挨拶に来たんですけどもー」


 フーラウの声だ。

 この三か月間、フーラウ達は毎日のように山へと入り、邪獣の捜索を行なった。成果は出なかったが、誠実かつ着実に調査をするフーラウ達は村人からも好意的にみられ、村の外れにある空き家を仮住まいとして貸し出されていた。

 現金収入に乏しい村で宿に泊まらせずに空き家を貸していることからも、村人がフーラウ達に寄せる信頼が伺える。


 リオは薪を積み終えて革手袋を外しつつ、シラハと一緒に表に回る。

 母がフーラウ達にドライフルーツを渡そうとして断られていた。


「いえそんな、何度もごちそうになってしまって。お土産までもらうわけにはいかないっすよ。肝心の邪獣も見つからないまま期限も過ぎちゃいましたし」

「気にしなくていいのよ。イタチの邪獣に襲われていた夫を助けてもらったり、うちの息子に剣を教えてくれたり、本当にお世話になったもの。これくらい貰っていって」


 押し問答を続けていたが、結局はフーラウ達が折れてドライフルーツの詰め合わせを受け取った。

 リオとシラハに気付いたフーラウが声をかけてくる。


「これからもちょくちょく様子を見に来るつもりだが、冬の間は雪で道が閉じるからこっちには来られない。用心しろよ。それと、カリルのことを頼めるか?」

「頼むと言われても、俺は何もできないよ?」


 カリルは相変わらず飲んだくれているが、ふらりと我流剣術の研究をするリオの下を訪れては酒の肴に眺めて帰っていく。

 フーラウは苦笑する。


「邪険にしないでくれればそれでいい。後はカリル次第だからな」

「そんなに心配なら、フーラウさんから忠告すればいいのに」

「言葉が素直に飲み込めないこともあるのさ」


 そう言って、フーラウ達は挨拶回りを続けるからと去っていった。


「母さんもちょっと毛糸とかを買ってくるから、留守番をお願い。掃除とかしといてくれてもいいのよ」

「はいはい。行ってらっしゃい」


 リオは革手袋を玄関横の木箱に放り込みながら母を送り出す。

 リオの様子を観察していたシラハが母を見て、無表情に口を開く。


「……はいはい、行ってらっしゃい」

「リオ! シラハがマネするでしょうが。お兄ちゃんなんだからしっかりしなさい」

「行ってらっしゃい!」


 やけくそ気味に叫んで、リオはリビングの奥の物置から箒を取り出す。

 後を追いかけてきたシラハがもう一本の箒を手に取って、リオをじっと見つめる。

 リオはため息をつき、掃き掃除を始めた。

 リオの動きを見て、手段と目的を一致させたシラハも掃き掃除を始めた。見ただけで理解できるのだから、やはり頭は悪くない。


 掃き掃除を終えた頃、母が父と共に大荷物を抱えて帰ってきた。

 毛糸などもあるが、ほとんどは冬越しの食料品や燃料だ。


「リオ、シラハ、食糧庫に運ぶから手伝ってくれ」


 父のバルドに頼まれて、塩漬け肉や酢漬けの野菜、干した野菜や果物、木の実などを仕分けしながら食糧庫に運び込む。


「いつもより燃料が多くない?」

「今年の冬は冷えると領主様付きの魔法使いが予言したそうだ。そうでなくても、邪獣が出てきたら夜通し松明を燃やして警戒するからな。村長が各家で予備燃料を確保するように通達してきたんだ」


 冬の間は雪で道が閉ざされ、町との行き来が難しくなる。邪獣が出た場合、村の戦力で持ちこたえる必要があるのだ。


「矢の備蓄は?」

「村長が一括管理してる。まぁ、心配するな。三か月も探して痕跡が見つからなかったんだから、縄張りを変えたんだろ」


 気休めの楽観論を口にして、バルドは燃料の量を木切れに書き付ける。


「村長に報告してくるから、後を任せるぞ」

「分かった」

「……分かった」


 リオに遅れて、シラハが頷く。

 バルドが二人を見て笑った。


「リオそっくりになりそうでちょっと複雑だな。反抗期は来ないでほしいんだが」

「やめてよ。何でもかんでも真似されてうんざりしてるんだから」

「ははっ。慕われてるってことだよ。反抗期になったら避けられるから今のうちに兄貴風吹かせておけ」


 早く反抗期が来ないかな、とリオはシラハを横目で見る。そんな態度すらもじっくりと観察されて、リオは顔をそむけた。

 食糧庫を出ていくバルドに代わり、リオは日持ちする食糧を収めていく。

 文句も言わずに手伝っていたシラハがふと、口を開いた。


「……食べるのに、なんでしまうの?」

「一度に食べるわけじゃないだろ」

「取り出しやすい家の中の、床下収納は?」

「あそこは狭いし、秋の終わりや冬の初めは鼠が忍び込むんだ。冬の間の大事な食糧だから、取られないようにここにしまうんだよ」


 説明して、リオはネズミ捕りを指さす。


「床下収納だと罠を仕掛ける場所もないしな」

「……大事だから、しまう?」

「そういうこと」

「……大事だから、しまう」


 もう一度呟いて、深く納得した様子でシラハは頷き、リオを見て笑った。

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