第5話
それから二か月がたった。中間試験の最後の日、いつもより早く学校が終わった午後の事である。
千佳は父親が
祖父の家は資料館の隣にある。というより、郷土資料館はもともと祖父の住んでいた家を改装して無料で市に提供したものだった。祖母が亡くなったあと、祖父はその隣に小さな住み心地の言い家を新たに建てて住んでいる。
今日は資料館が休みの日の筈である。事前に連絡したわけではないが祖父はきっと家にいるはずだった。
「あ・・・」
祖父の家の門の中に見慣れた自転車が止まっているのを見て千佳は足を留めた。修介のものだ。
「なんで、いっつもあいつがいるのよ」
ぶつぶつ口の中で文句を言うと千佳は手に持った苺の籠に視線を落とした。苺は冬のものだと思っている人も多いが、露地物は今が季節である。千佳の父もハウス物を作っているが、それはクリスマス向けの商売物で、露地で少しだけ作っているものは自分たちが食べるためであった。露地物の苺はハウスのものより味が濃く、美味しい。持ちも冬物よりはいい。
「でもなぁ」
やはり苺でも採れたての方が美味しいに決まっている。修介と会うのは気が引けたけど、千佳は覚悟して、祖父の家のベルを鳴らした。
「はい」
モニターに映ったのは佐地修介だった。
「あ・・・」
口籠った千佳に
「なんだ、芹沢か、今開けるよ。待ってて」
とんとんとん、と家の中で足音が近づいて、ドアを開けたのはやはり修介だった。なんで、こいつが応対するのよ、と思いながらじっと自分を見つめている千佳に
「入れば?」
と修介は手を中の方に振った。
「なんだか、まるで佐地君の家みたいよねっ。ここ、私のおじいちゃんの家なんだけど」
思いついた中で一番皮肉めいた
「まじ、
そう言いながら残った苺に手を伸ばした修介に向かって、
「これ、おじいちゃんにお礼に持ってきたおみやげなんだからね。佐地君のために持ってきたんじゃないから」
きつい口調で言った千佳の言葉に、修介は首を竦めた。その様子が子供の頃に修介に久しぶりに重なった。
「まあ、いいじゃないか。私はもう十分頂いたよ。残して味が悪くなるより、すっぱりと美味しいうちに食べた方が果物も喜んでくれるだろう」
祖父が取り成すようにそう言ったので、
「じゃあ、もう・・・仕方ないなぁ」
千佳は仕方なく四つの苺のうち、二つを祖父の皿に取り分けて、
「おじいちゃんも、あと二つ食べてね」
と言うと、残りを大皿ごと修介の前におしやった。
「俺には取ってくれないの?」
修介が唇を尖らせた。
「だってあんた、さっきから大皿から摘まんだまま食べているじゃない」
「ああ・・・」
自分のきれいなままの取り皿に目を遣ると、修介は頷いた。
「でも千佳の父ちゃん、すごいな。こんなうまい苺を作るなんて」
「それ、褒めてるの?」
じろりと睨んだ千佳に向かって
「もちろんだよ」
そう答える先から修介は立て続けに残りの苺を口の中に入れた。
「ところで話は戻るが、君の言っていることは本当なのかね」
千佳が台所に皿を片付けて居間へ戻って来ると、祖父は真剣な面持ちで修介に問い質していた。
「ええ、間違いないと思います。同じような手口で開発を名目として土地を造成して、そのまま放置するというケースは全国で見られています。その殆どが産業廃棄物の処理と言った方が正しくて、表面こそ土で覆われていますが、掘ってみると大量の廃棄物があるそうです。中には土砂崩れを起こしたケースもあります。最初は宅地造成とか別荘地とか言って申請をした上で造成にかこつけて産廃を運び込む。よくある手口みたいですが、その上で資金が枯渇したとか言って放置する。ひどい話です」
「そういえば小学校を作ると言って安く払い下げられた土地にも産業廃棄物が埋められていたという話があったな。山の中でもないのに」
祖父の呟きに修介は頷いた。
「産業廃棄物の処理はカネになる、という事らしいですよ。その幾つかのケースの中でもっとも古いケースに、今回の開発に絡んでいる人物が関係していました。今では関連会社は本人も知らないうちに別人が名義を使われているみたいですが、最初だけは本人の名前を使ったみたいです。その時は本当に開発をするつもりだったんでしょう」
「だが、その開発が
祖父は溜息をつくように言った。
「それが思いの外うまくいったんでしょう」
修介は鋭い目で祖父を見た。
「しかし・・・そうなると組織的犯罪に近い。私たちの手に負えるかどうか。産廃には暴力団が絡んでいるという話を良く聞く。君のような高校生が・・・」
祖父は諭すように修介に言った。だが、
「手に負えるかどうか、というより負わなければならないと思います。そうしなければ、過去のケースと同じことがここで起きる」
修介は真面目な顔でそう答えた。
「うーむ。その人物がこの
そう言うと祖父は旧い雑誌のコピーらしいものに目を遣った。
「ええ、国会図書館で漸くみつけました。彼はそうした産廃処理をビジネスだと思っている。ビジネスと言えば正当化されると思っているのでしょう。でも、それは
「分かった。私も少し知り合いをあたってみよう。何、たいしたことはないがね、役所や警察、新聞社にも何人か知り合いはいる」
祖父の言葉に
「お願いします」
修介が頭を下げた。
「何の話をしているの?」
祖父がちらりと千佳を見た。その顔はいつもの優しい祖父と違って、厳しいものだった。
「千佳はこの話には関わらない方がいい」
「そうですね」
修介も頷いた。
「でも、山の開発計画の事でしょう?みんな知っている話よ。ほんとうに産廃処理なの?」
千佳はお茶を淹れながら反論したが、
「表の話と裏の話は違うという事は世の中には良くある話なんだよ」
祖父は厳しい表情のまま、指摘した。
「真面目な話、さっきも言った通り修介君も手を引いてもらった方がいい。だが・・・」
「そういうわけにはいきませんよ」
修介が答えた。
「そう・・・だろうな。だが、暫くは大人しくしていた方がいい。こちらで調べた結果を見て、今後の事は考えよう。必ず君にも相談するよ」
「よろしくお願いします」
修介がもう一度頭を下げた。それを横目で見ながら、
「なんだか私だけのけものみたい」
千佳は頬を膨らませた。
「女の子だから?私だって、変な人たちが故郷を破壊するのは許せない」
「しかしな・・・」
祖父が言い淀んだのを引き取るように修介が、
「安全なことが分かったら芹沢にも協力してもらうよ。署名活動とかしなければいけないかもしれない。でも、今は相手がどう出るか分からないんだ。暫くは僕やおじいさんに任せてもらえないか?」
修介の真剣な物言いに
「うん・・・分かった。その時はちゃんと言ってね」
千佳は引き下がざるを得なかった。
「それと暫くこの話は内緒にしておいてほしい。相手がどう動くか分からないから」
修介の言葉に
「分かっているわよ、何度も言わなくたって・もう子供じゃないんだから」
千佳は不満げに答えた。
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