63話 幸せとは
それからが、大変だった。
夏休みが終わる前に、色々なことを済ませないといけなかったからだ。
自分や兄貴達の引っ越しや、和也とお袋さんの引っ越し……。
前もって用意していたとはいえ、目の回る忙しさだった。
しかし、その甲斐もあって……。
「お、終わった……」
「お、お兄ちゃん……疲れたね」
ひとまずダンボールだらけの部屋で、大の字になって寝転がる。
「ああ、引っ越しは疲れるな。今度戻る時は、家具や荷物は一新しよう」
「勿体無いくない?」
「いや、元々一人暮らし用の物ばかりだし。いずれ……その、あれだ、家族が増えれば買い換えるさ」
「か、家族……お、お兄ちゃん……じゃなくて、宗馬さん」
「ん?」
「ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」
俺は起き上がり、正座をして……。
「こちらこそ、よろしくお願いします。これから、夫婦として力を合わせていこう」
無事に入籍も済ませたので……完全なる新婚さん状態である。
「う、うん! えへへ……夢みたい」
自分の保険証を見て、ニヤニヤしている。
「わたし、もう芹沢なんだね……」
「その……よかったのか? 俺は、卒業まで待っても良かったんだが……」
苗字が変わると、色々説明も面倒だし……。
高校生妻とか、苛められたりしないか?
「ううん、わたしが早くしたかったもん。それに、十年以上前から願ってたことだから……」
「春香……」
愛おしくなり、そのままキスをする。
「んっ……」
「おじたん〜! おねえたん〜!」
ドタドタと部屋に入ってくる音が聞こえる!
「「っ——!?」」
二人で同時に離れ、何でもない素振りを見せる。
「あれ!? どうしたの!?」
「な、何がだ?」
「おねえたん、顔真っ赤!」
「はぅ!?」
「おいおい、耳まで真っ赤じゃねえか」
「うぅー……宗馬さんのせいだもん!」
「あらあら〜邪魔しちゃったかしら」
「……嬉しいやら、悲しいやら複雑だな」
「兄貴に桜さんまで……どうしたんだ?」
二人と詩織は、すでに引っ越しを済ませている。
俺達は、その隣の部屋を借りて暮らすことになった。
これなら、詩織も寂しくならないだろうと。
「腹減ったろ? 引っ越し祝いしよう」
「お蕎麦に天ぷらもあるわよ」
「昼時か……じゃあ、有り難く頂戴します」
「おねえたん! 早く早く!」
「はいはい、わかってるから」
詩織は一生懸命に、春香を引っ張っている。
……良かった、本当に。
俺の選択は間違ってなかった……少し大変だけど。
「桜、二人を連れて先に部屋に行ってくれ」
「ええ、わかったわ」
扉が閉じ、二人きりになる。
「兄貴?」
「すぐに終わる……ありがとな、宗馬。俺達と詩織のために。正直言って。嬉しい反面……寂しい気持ちもあった。まだ高校生の娘と離れるのはな。だが、お前が汲み取ってくれた……その行為より、その気持ちが嬉しい」
「いや、俺のためでもあるから。十八歳で家を出て、もう十年……もっと、兄貴や桜さんと過ごせば良かったと後悔していたし」
「そうか……ああ、これからでも間に合うさ」
「あと……ストッパーになるかなぁなんて」
「うん?」
「いや、親である兄貴に言うのもアレなんだが……春香が可愛くてな……つい、手を出しそうになる」
「……確かにアレだな」
「あぁー……一応、高校卒業までは手を出すつもりはないから。流石に、高校生を妊娠させるのはな。何せ、あの時代の時間は貴重だから」
「まあ、親としても安心だ。なるほど、隣にいるからストッパーか」
「そういうこと。まあ……出来なかったらすまん」
「ハハッ! その時はその時だ。じゃあ、飯を食うか。詩織が待ちくたびれてるだろうし」
「だな、腹減ったし」
その後、五人で食卓を囲む。
「おじたん! オトメがね! 部屋んぽしたお!」
うさぎであるオトメは、兄貴のうちで飼うことになった。
なので、先に引越しをしている。
「ほうほう、慣れてきたか。一人でお世話できるか? これから、俺やお姉ちゃんはいないぞ?」
「できるお!」
「ふふ、私も見るから平気よ。いつのまにか、新しい家族が増えてるなんて嬉しいわ」
「しかも、しっかり世話もできてるし……着替えも出来るようになってるとは。パパは感激だっ!」
「お父さんとお母さんを驚かせるんだって言ってたもんね?」
「あいっ!」
……俺の心に、暖かい何かが染み渡る。
「おじたん? 泣いてるの? どっか痛い……?」
「いや……嬉しいんだよ。詩織、ありがとな」
「お兄ちゃん……」
「春香もありがとう。二人のおかげで、俺は前を向くことが出来たよ」
そうだ……この二人が、俺をもう一度家族にしてくれた。
ずっと、一人だと思っていた。
そして、一人でも平気だと思い込んでいた。
でも、そうじゃなかった……みんなが気づかせてくれた。
きっと、従業員のみんなを雇ったのも、寂しさや孤独を分け合いたかったのかも。
そして、それをみんなにも気づかれていたに違いない。
俺が、心の奥底で何を求めているのか……。
俺は……この幸せが欲しかったんだ。
家族という……もう二度と失いたくないものを。
「お兄ちゃん?」
「春香……俺、幸せだ」
「えへへ……わたしも」
そんな春香の笑顔を見て……。
両親が死んで以来、止まっていた時間が動き出した気がした。
父さん、母さん、俺……幸せになるから。
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