38話囲い込み?

 流石にディナータイムに出すわけにはいかないので、春香と詩織を家に帰す。


 詩織はお昼寝をしなくてはならないしな。


 亮司さんは一度家に帰ってから、ディナータイムに来てくれるそうだ。


 そんな中、俺は休憩時間に和也に指導しつつ、会話をしていた。





「そういや、お袋さんの見舞いはいいのか?」


 最近は、休憩時間もこうして厨房の中で動いている。


「平気です! 叱られちゃいますから」


「そっか、良いお袋さんだな」


「春香さんのお母さんが、母親代わりなんですよね?」


「まあな。ただ、年が近いからかお姉さんって感じだな」


「アレっすよね……兄貴は、恋とかしないんすか?」


「急にどうした?」


「い、いや、兄貴は昔からモテるのにあまり興味無いんで……」


「モテてないぞ?」


「兄貴は鈍感だからなぁー。違うか……兄貴のことを好きになる子って、内気というか秘めた感じの子が多いんすよね」


「まるで知っているかのような口調だな?」


「そりゃ、付き合い長いですから。だから、付き合う女性はグイグイ来るタイプが多いんすよね」


「まあ、確かに……自分から行くことはないか。というか、そこまで容量がない」


 まずは自立すること、金を稼ぐこと、貯めることに専念してたしな。

 自ら進んで彼女を作るようなことはしなかったし。


「まあ、気持ちはわかるっす。俺も似たようなものですし」


「お前こそどうなんだ? といっても、ここでは出会いがないか」


 休みの日は母親の世話、それ以外は仕事しているしな。


「まあ、俺はまだアラサーじゃないんで。兄貴はアラサーですからね」


「痛いとこ突かれた……恋人か」


「由香里さん以来いませんよね?」


 由香里か……懐かしい名前だ。

 仕事を辞めるときに別れたっけ……。

 まあ、無理もない。

 将来性のない男と付き合っても、苦労するだけだ。


「ああ、そうだな。つっても、出会いがなぁ」


「お客さんはダメなんでしたっけ?」


「ダメってことはないが……そういう意識で仕事をしていないしな」


「あぁー、それもそうっすね。。年上がいいですか? それとも年下?」


「やけに聞いてくるな……」


 普段は、あまりそういう会話にならないのに。


「い、いや……兄貴って意外と面倒見が良いじゃないですか。春香ちゃんとか、詩織ちゃんの面倒もしっかり見てて。だから、家庭を持ったら良いお父さんになりそうだなぁと」


「なるほど、そういう話か……なあ、本当にそう思うか?」


 俺に自分の家族なんか出来るのだろうか?

 そして、きちんとやっていけるだろうか?

 ……また、失うことはないだろうか?


「ええ、もちろんです。俺が尊敬する男っすから」


「へっ……ありがとよ」


 気恥ずかしいので、脇を小突く。


「へへ……で、歳下とかはどうなんです? 昔は嫌だって言ってましたけど……」


 ……そういや、そんなことも言ったな。

 やれ連絡が取れないとか、何処にいたのとか、色々と面倒だった気がする。


「まあな……でも、今ならそんなに気にならないかもな。今野さんや春香みたいに、若くてもしっかりした人もいるしな。ただ、あんまり下すぎると会話に困りそうだな」


「あぁー、それはあるっすね。でも会話に困らないなら年下でも良いってことで?」


「まあ、理屈から言えばそうなるか……?」


「なるほど……」


 その後、お互いに仕込みに戻ったが……。


 結局、何の話だったんだ?






 その後、ディナータイムを終えると……。


「大将〜」


「ん? どうした? 早く帰った方がいいぞ?」


「今日は彼氏が迎えに来るから平気ですよー」


「なるほど、それなら安心だな」


「大将は、彼女作らないんですかー?」


「おいおい、みんなしてどうした?」


「いえいえ、なんか所帯じみてきたのでー。ますます遠のくじゃないですか?」


「うっ……一理あるな」


 女子高生と幼稚園児を預かっている男……。

 そんな奴と付き合ってくれる女性など、中々いないだろうな。


「でもでも! 解決策があります!」


「うん?」


「身近な人と付き合えば良いんですよ!」


「いや、今野さん達は彼氏いるし」


 もう一人は未亡人だし、再婚するつもりはないし。


「むぅ……無意識にやってる感じですか。まあ、もうちょっと周りを見た方がいいですよー?」


 そう言い、店から出ていった。


 ……一体、なんだったんだ?






 その後片付けをして、家へと帰宅する。


 すると、パタパタとスリッパの音が聞こえる


「お兄ちゃん、お帰りなさい」


「おう、ただいま。別に、毎回出迎えなくて良いんだぞ?」


「嫌だもん」


「はい?」


 なんか、秒で返された。


「よ、予行練習になるかもしれないし……」


「練習?」


「い、良いから! わたしがしたくてしてるの!」


「わ、わかった。わかったから、包丁を向けるんじゃない」


「あっ——ご、ごめんなさい!」


 そういうと、リビングに戻っていった。

 ……ん? なんで包丁を持っていた?

 疑問に思いつつ、手洗いうがいを済ませてリビングに戻ると……。


「なるほど、明日の弁当を作っていたのか」


 確か、学校の弁当を自分で作るとか言ってたな。

 とりあえず、最低限の調理は覚えたから許可したが……。


「勝手にいろいろ買っちゃったけど、平気かな?」


「ああ、その財布は好きに使って良いと言ったろ?」


 春香用に、古い財布の方にお金を入れておいた。

 俺がいないときに、自由に使えるように。


「あ、ありがとう……えへへ、奥さんみたぃ……」


「ん?」


「な、なんでもない! お、お腹空いてる?」


「まあ、そうだな」


「これ、お兄ちゃん用……」


 後ろで組んであった両手を、前へと持ってくると……。


「……俺の弁当か?」


「う、うん……夜食でも良いし、明日のお昼でも良いかなって」


 二段になっている普通のお弁当を眺める。


「そうか……」


 バイトして、買い物行って、詩織の世話を見て……。

 そっから料理をして、俺の分まで弁当を作って……。


「お、お兄ちゃん? ダ、ダメだった……?」


「いや、そんなことはない。ありがとう、春香」


 その柔らかく透き通るような髪を優しく撫でる。


「あっ——えへへ」


「これなら、すぐにてもお嫁さんに行けるな」


 理由はわからないが、上達振りが速い。

 きっと、何かしらの目標が出来たのだと思うが……。


「ふえっ!? ……そ、それって……」


「もしや、好きな奴でも出来たのか? それで、上達が速いと……」


「お、お兄ちゃんばかぁぁ——!!」


「ちょっ!? 危ねえって!」


 弁当を抱えたまま、俺は自分の部屋に避難するのだった。


 ……好きな奴か。


 なんか、モヤモヤする気が……まあ、兄貴なら当然の感情か。


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