第2話兄貴との思い出

 俺と兄貴の両親は、同じ日に死んだ。


 仲のいい夫婦で、結婚記念日まで同じほどに。


 そして、四人で結婚記念日に旅行に行った際に……交通事故で帰らぬ人となった。


 十歳だった俺と、社会人だった兄貴は、それには参加しなかった。


 俺達は一人っ子で、両親達もそうだったため、近しい親戚はいなかった。


祖父母も、若くして亡くなっていた。


 そのため、すでに働いている兄貴は別として、俺は施設行きになるところだった。


 確か……その時に言ってくれたんだよな。



「泣くな、宗馬」


 従兄弟にして、兄貴と慕う智さんが、いつの間にか俺の側にいた。

 いつもそうだ……俺に何かあると、こうして来てくれる。

兄弟もいなく、祖父母もいない俺にとって、唯一相談出来る人だった。


「にいちゃん……」


「どうしたんだ?」


「俺、施設行きなのかな?」


「馬鹿言うな! 俺が引き取るに決まってる!」


「えっ!? で、でも、結婚も決まってるのに……」


 社会人の兄貴は、高校の同級生である桜さんと結婚が決まっていた。

 しかも、すでにお腹の中には赤ちゃんがいる。


「大丈夫だ、桜も賛成してる」


 桜さんは孤児院出身の女性だったが、そうは感じさせない明るく美人な方だった。

 俺もよく可愛がってもらっていた。


「で、でも、これからお金が……」


 ガキだった俺でもそれくらいはわかった。


「気にすんな、一人も二人も変わらんさ。それよりも、これから生まれる子のお兄ちゃんになってくれるか?」


 他に頼るものもなかった俺は、我慢できずに頼ってしまう。


「う、うん! に、にいちゃん……ありがどゔ……!」


「礼なんか言うなよ、たった二人の兄弟だろ?」


 俺は、この時のことを一生忘れることはない。

 兄貴はあの時軽く言っていたが、大人になった今ならわかる。

 二十四歳の男が、ガキを引き取るということの意味を。



 それから時は経ち、春香が生まれ、家族として暮らし始める。

 お兄ちゃんと懐かれ、とても嬉しかった記憶がある。

 本当のお兄ちゃんじゃないと知らせた時は大変だったけどな。

 米倉家に養子になってはいなかったので、苗字がそもそも違うし。



 そんな中、高校を卒業した俺は家を出る決意をした。

就職も決まり、これ以上この家族の迷惑にならないように……。


「おい、どうしても出て行くのか?」


「ああ、そうするよ。俺も、いい加減大人にならないと」


「しかし、まだ……」


「兄貴、今までありがとう。この恩は必ず返すから」


「ば、馬鹿を言うな! そ、そんなことは……」


「泣かないでよ、兄貴。子作り頑張ってね?」


「お、おい!?」


 思春期を迎えた俺は疑問に思っていた。

 二人って二人目を作らないのかと。

 あんなに子煩悩なのに……しかし、頑張っても出来ない可能性もある。

 だから何も言わなかったけど……もしかしたら、俺がいたから出来ないとか?

 それが正解かどうかはわからない。

ただ結果として、三年後に詩織が生まれた。



 引っ越しが終わって、荷物の整理をしていると……。


 手紙と俺が預けた通帳が入っていた——そこには100万という文字が。


『これはいざという時に使うと良い。無理をせずに頑張れよ、宗馬。辛くなったら、いつでも俺のところに帰ってこい』


『宗馬君へ……私にとっても貴方は可愛い弟よ。身体に気をつけて、無理しないでね。春香も私も、いつでも貴方の帰りを待ってます』


 誰もいない部屋で、俺は声を押し殺して泣いた。


 兄貴は、俺に何もかもを与えてくれた。

 学費、生活費はもちろんのこと。

 一番大事な愛情を注いでくれた。

 兄貴だって両親が死んで悲しいはずなのに、俺を慰めてくれた。

 兄貴だって給料がいいわけじゃないのに、俺を高校まで行かせてくれた。


 桜さんもそうだ……普通なら嫌がるだろうに。

 そんなことは、微塵も感じないほどだった。

 本当の弟のように可愛がってくれたし、愛情を注いでもらった。

 俺が施設行きになる時、桜さんから俺を引き取らないかと提案したらしい。

それを聞いた俺が涙したのはいうまでもない。



「二人には感謝しかない。もちろん、兄と慕ってくれた春香と詩織にも……」


しかし、俺はあの家庭の異物だった。

兄貴達が迷惑に思っていないことは、わかってるつもりだ。

それでも、俺はずっと負い目を感じていた。


「俺がいない方が、あの家族は幸せなんじゃないかって……」


お金もかかるし、思春期を迎えた春香は俺を避けるようになったし……。

俺がいたら、もしかしたら詩織は生まれていなかったのかもしれない。


「どっかで……俺がいない方が良かったんじゃないかって思われてると」


俺の心の黒い部分がそう呟く。

もしかしたら、二人は俺を引き取ったことを後悔してるんじゃないか?

でも優しい二人は、それを俺には言えないんじゃないか?


「だから、反対を押し切って家を出て行った」


我ながらなんて恩知らずだ。

クソみたいな人間だ。


「それでも、俺にも最後の矜持はある」


そうだ……俺は、あの二人に全てをもらった。


逃げるのはやめにして、兄貴達と向き合おう。


そして、自分自身とも。

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