第122話 もう一つの物語

 ここは十六夜いざよい学園の生徒会室。ルナは生徒会長の席に座り、さっきほど父親であるサージェンフォード家当主と通話で話していたことを思い返していた。

 すると付き人の伊吹が、あわてて生徒会室に入ってくる。彼女には父親との話の件で、相談したいことがあると呼んでいたのだ。

「それでルナのお父上はなんと?」

 伊吹はルナに駆け寄り、たずねながらも息をのむ。

 どうやらルナの深刻そうな表情から、ただごとではないとさっしてくれたみたいだ。

革新派かくしんはのクーデターの件、すべてルナに任せる、だそうです。保守派ほしゅは側のリーダーとなり、彼らの計画を阻止しろと」

「保守派のリーダーとはまたすごいオーダーだな。だからそんなにも思い詰めたような顔

していたんだな」

 同情めいた笑みを浮かべながら、納得する伊吹。

「――いえ、それとは別で少し気になることが。お父様が言うにはこちらから打ってでず、防衛につとめろとのことです。適度におよがせ、革新派をできるだけ引き付けておけと……」

 表情をくもらせ、もはや信じられないと目をふせながら伝える。

 このみょうに引っかかる方針には、さすがに疑念をいだかずにはいられなかったのだ。

「なんだそのオーダーは? 保守派側としては一刻も早く事態の収集に当たるべきだろ? やつらを放っておけばアビスエリアの件のように、とんでもないことが起きるかもしれないのに!」

 伊吹は机をたたき、納得がいかないと抗議してくる。

「私も抗議しましたが、こちらに考えがある、の一点張りで。――はぁ、お父様はいったいなにを考えているのでしょうか……」

 彼女の言う通り、革新派の好きにさせるわけにはいかない。アビスエリアの解放の件や巫女の制御権への干渉かんしょうなど、もはやここまでアポルオン内部を乱しているのだ。ゆえにこれ以上の被害を出さないためにも、早急にことに当たらなければ。だというのにこちらからは動くな、というオーダー。これではさらなる被害をこうむる可能性が高くなり、事態を長引かせているようなもの。父親の心意がまったく読み取れなかった。

「もしかすると裏でなにかとんでもないことが、起こっているのかもしれません……」

 瞳を閉じ、胸をぎゅっと押さえる。

 そう、さっきから胸騒ぎがして止まないのだ。この間にも、父親がなにかよからぬことに手を伸ばそうとしているのではないかと。

「――まあ、ルナのお父上が動いているなら、それはアポルオンのためになることのはず。だからそこまで気にしなくていいだろ。もしかすると革新派を一気につぶす秘策を、用意してくれているかもしれないしな。ということで、自分たちは与えられた使命をこなすだけだ」

 アゴに手を当て、冷静に思考をめぐらせる伊吹。不審な点はあるが、執行機関のエージェントとしてとりあえずは命令を遂行することにしたようだ。

「そうですね。考えていてもしかたありません。まずは防衛に専念しないと」

 アルスレインの思想を心酔しんすいする父が、アポルオンに害(がい)を及ぼすはずがない。それゆえこの胸騒ぎはただの杞憂きゆうだろう。今のルナにできることは心配ではなく、これからのこと。父親のオーダー通り動き、アポルオンの被害を最小限におさえなくては。

「となるとこちらも戦力がほしいところだ。革新派がかなりの戦力を集めている以上、こちらもウデすぐりのデュエルアバター使いを近くに置いとくべきだろ」

「――戦力ですか……。一応、相馬そうまさんにも声をかけといた方がいいかもしれませんね。少し危険かもしれませんが、我々にとって大きな力になってくれるはず」

 相馬を頼るのはあまり気乗りはしながい、背に腹は代えられない。革新派にはシャロンやアーネスト、幻惑の人形師のリネット。さらには序列十三位次期当主、片桐かたぎり美月まで。さすがに彼らに対抗するのは、ルナたち二人では難しい。なのでこちらも後ろ盾を用意しつつ、戦力を集めなければ。

「それがいいだろう。自分も使えそうな候補を探し出して、声をかけておくよ。では、早速動くとするか。実はもう、一人目星が付いているんだ」

「伊吹の人選なら問題ないでしょう。すべてお任せしますよ」

「クク、了解した。執行機関しっこうきかんの権限を使って無理やりにでも引っ張ってくるよ」

 不敵な笑みを浮かべながら、生徒会室をあとにする伊吹。

 ルナとしては候補者にあまり無理強いはさせたくないが、今の事態はかなり深刻。なのでなりふりかまっているわけにはいかない。なので彼女に全部任せることにした。

 そんな彼女を見送り、ルナはふと席を立ち窓の方へ。さっきまで空はくもりがかっている程度だった、今はどんよりとした黒い雲におおわれ始めていた。

「――これが本当に正しいことなんですよね……、お父様……」

 窓に手を当て不気味な空を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。父親の心意に不安を覚えながら。








 如月きさらぎとおるは十六夜市にある軍の施設。十六夜基地から出たところ。海がすぐそばということで、潮風がほおをなで心地よかった。空を見上げれば今にも雨が振り出しそうな、黒い雲におおわれている。すでに朝。狩猟兵団やレジスタンスの一件の後処理で、昨日から気付けばこんな時間まで働いていたのだ。なので早く家に帰って、眠りにつきたかった。

「――もう朝か……。ここまで時間がかかるとはね。ほのかを先に返しておいて正解だったよ」

 睡魔すいまに襲われながら十六夜基地前の路上を歩いていると、ふとターミナルデバイスの着信が鳴った。

 相手を確認すると知らない番号である。透はみょうな胸騒ぎがしながらも、その通話にでることにした。

「如月透か?」

 どこかで聞いたような声がたずねてくる。

「そうだけど、そらちは?」

「クク、とある組織のエージェントだ、といつもなら言うところだが軍人であるお前には隠す必要ないな。自分は執行機関の長瀬伊吹だ。昨日の十六夜タワーでは世話になったな、如月」

 昨日の十六夜タワーの件といえば、ほのかの応援で駆け付けたあのときであろう。そして声の主は十六夜学園生徒会長でもあるルナ・サージェンフォードと一緒にいた、いかにも生真面目そうな少女だったはずだ。

「そうか、その声は確かあの綺麗な女の子と一緒にいた子だね。それで執行機関の人間がボクになんのようだい?」

 執行機関という言葉に気を引き締める。執行機関は軍内部だと絶対の権力を振りかざす存在。下手へたすれば、後にどんな理不尽な罪に問われるかわかったものじゃなかった。

「如月少尉、単刀直入に言うぞ。貴様にはとある任務についてもらう。もちろんこれは執行機関からの勅令ちょくれいだ。ことわることは許さん。いかなる軍の業務よりもこちらが最優先事項ゆえ、大人しくしたがえ」

「待ってくれ。ボクが所属する部署ぶしょは昨日の後処理で今、深刻な人手不足なんだ。だからまずスケジュールの方を」

 問答無用で話を進めていく伊吹に抗議する。

 レジスタンスの件や解放されたアビスエリアの件で、軍は今や多忙をきわめている。そのためどこも人手不足の今、持ち場を離れるわけにはいかないのだ。

「その心配はない。お前の上官にはすでに、転属の話を通しておいた。これで心置きなく任務に集中できるだろう?」

「ッ!? ――そこまでして僕になにをさせる気なんだい?」

 用意周到な手ぎわに驚愕きょうがくしてしまう。

 これで透は確実に断れなくなってしまった。前の部署と切り離された以上、軍人の透は転属先の意向にしたがうしかない。おそらくその場所は執行機関である伊吹の息がかかっているため、彼女は透を自由に使えるということなのだろう。

 透の問いかけに、伊吹はどこか芝居しばいがかったように拍車はくしゃをかけて告げてきた。

「クク、喜べ、如月透。お前には十六夜学園生徒会に入り、姫の騎士きしとなってもらう。ルナ・サージェンフォードの剣となり、その力存分に示せ」

「は?」

「話は以上だ。くわしい説明は後日。それではな、如月少尉」

 そして伊吹はもはや有無を言わさない勢いで通話を切った。

「――はは……、まさかこんなことになるなんてね……。執行機関ということは、アポルオン案件か……。ただたんにお目に掛かって選ばれただけなのか、それとも……」

 もはやあまりの出来事に笑うしかない。

 そして状況をかえりみり、事の真意を推測する。

「――このボクが第三世代計画の被験者だからかな? まあ、いいさ。どのみち指名を受けた以上、逃げられない。それにこれはボクにとって好都合だ。うまくいけば、エデン財団内部に近づけるかもしれないんだからね」

 そう、問題は如月透が第三世代計画の被験者という事実を、知っているのかということ。わるい見方をすれば、エデン財団が透の存在に気づき連れ戻しに来たのかもしれない。

 だがどちらにせよ透にとっては都合がよかった。伊吹がアポルオンに関係している以上、どこかでエデン財団とつながっているはず。ならば内部からいろいろ調べられるかもしれない。

「待っていろ、アンノウン。その姫様とやらを裏切ることになろうと、ボクは必ず妹を取り戻してみせる!」

 透は不気味な空を見上げ、こぶしをにぎりしめながらみずからの覚悟を示す。すべてはかつて離れ離れになってしまった妹のために。

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