第92話 レイジvs謎の青年


 世界の終焉しゅうえんを連想させる赤黒い空の下、金属同士が激しくぶつかる鋭い音が、この壊滅状態の市街地に響き渡っていた。

 その発生原はレイジと謎の青年。共に戦闘を繰り広げながら、亀裂きれつ交じりの地上を駆け抜ける。

 謎の青年の武器は両腕に装備した禍々(まがまが)しい鋼鉄のガンレット。ガンレットとは本来防具として扱われるものだが、彼のは違った。なんと指の部分すべてが鋭利えいりつめとなっており、あれで標的を引きくのである。

「どうした小僧! そんなもんかー!」

「クッ」

 刀とガンレットの爪が幾度となくぶつかり合う。

 しかしその戦況はきわめて劣勢。青年のいかなるモノも引き裂こうとする爪の猛攻はまるで止まることを知らず、ただただ得物を仕留しとめようと放たれ続けているのだ。あまりの猛攻に、防ぐのが精一杯のレイジは防戦をいられていた。

(なんなんだよ、このスペック!? 同調レベルがおかしすぎるだろ!?)

 レイジが押されている要因は単純明快。そう、ただその圧倒的スペック差によりねじふせられているのである。こうなるのも青年の同調レベルがずば抜けて高く、ステータスの数値が異常なため。もはやロールプレイングゲームにおいて、レベルを上げずいきなりボスに挑もうとした状況だ。今は持ち前の剣の腕でなんとかその差をちぢめ防戦にてっしられているが、それがなければとうにスペック差でやられていたといっていい。

(どうする? このまま防戦に徹するか、それともアビリティで打ってでるか……)

 防戦一方だが、一応レイジも攻めることはできる。いくら同調レベルによるスペック差があろうが、アビリティなら逆転の機会はあるはず。ただ攻勢にでれば確実にダメージをもらい、最悪強制ログアウトさせられるかもしれない。このアラン・ライザバレットと革新派による一大計画の直前に、そのリスクはなんとしてでも避けたかった。ゆえに圧倒的強者に全力で挑みたいという衝動を抑えているのが現状であるが、このまま続けるといずれ。

「かかってこないか……。ハッ、ならばそろそろくたばれやー!」

「しまった!?」

 攻勢にでるかの迷いが隙を生み、そこを狙っての青年の渾身こんしんの一撃が。

「クッ、こんなところで終わってたまるかッ!」

 レイジをつらぬこうとせまりくるガンレットの爪目掛けて、瞬時に刀をさやにおさめる。そして即座に抜刀ばっとうのアビリティを。

 レイジと青年の必殺の一撃が激突し、大気を振るわせた。そしてあまりの反動に両者弾き飛ばされ距離があく。

「おうおう、やればできるじゃねぇか、小僧! そうこなくっちゃ面白くねぇ!」

「――はぁ……、やるしかないか……。逃げれそうにないし、どうせやられるなら全力で相手をしとくべきだよな」

 覚悟を決め刀をさやに納めるレイジ。叢雲抜刀陰術むらくもばっとういんじゅつをいつでも撃てる準備を済ませ、敵が動くのを待つ。

 もはや今のレイジに逃げ切れる要素はないのだ。スピードも相手が上。さらに後方にある霧のセキュリティの壁により、上位序列ゾーンには戻れない。ログアウトも一分の時間がかかり、その間同調レベルが下がることでスペックが落ちるため、青年の攻撃をさばけなくなってしまうはず。ここでなにかしらの奇跡が起きない限り、レイジに戦う以外の残された選択肢はなかった。

「レイジ!」

「レイジくん!」

 だが運がいいことに軌跡が起こる。

 声の方を振り返るとそこには那由他と結月、さらには森羅しんらまで。そして。

「ハァ!」

「新手かよ!?」

 青年に突撃するのは全身鎧を身にまとったアーネスト・ウェルべリック。

 ずば抜けた剣技と破壊の爪牙そうがが衝突し、猛然もうぜんたる死闘が展開された。

「おうおう、なかなか骨のあるやつが来たじゃねぇか!」

「この異様さ、貴様エデン財団側の人間だな?」

「ならどうする?」

「フッ、知れたこと。貴様を倒して保守派側の情報をつかむまで!」

 さすがアーネスト。あの青年としのぎをけずれていた。

 青年の猛攻がどれだけ激しくても、アーネストには鉄壁のよろいがある。しかも剣技で爪撃をずらし直撃を避けながらなため、ダメージがなかなか通らないのだ。もちろん防御だけではなく、攻撃の方も手はゆるめられていなかった。ただいくら彼でも、あの化け物クラスのスペックには少し押されがちのようで。

「さっきまでのお返しだ。くらえ!」

「チッ!?」

 ゆえにレイジは即座に間合いを詰め、絶妙なタイミングで青年に抜刀を放つ。

 死閃のやいばに対し、青年は人外レベルの反応速度で防御するが完全には不可能。アーネストとの攻防で生まれた隙もあって、刃が肩口を斬りいた。

「クソッ、貴様ら!」

 青年は後方に下がり、一度態勢を立て直す。

 全力で繰り出した抜刀であったが、防御されたため傷が浅かったようだ。傷口からはデータの粒子がれていたが、すぐさま自己修復されてしまった。

「レイジくん! アーネスト! ここはいったん下がって!」

 霧の手前から森羅の声が聞こえたため、レイジとアーネストも彼女たちのところへ下がる。

久遠くおんくん、よかったー、無事だったんだ!」

「ほんと、一時はどうなるかと思ったのよん!」

 すると結月が心底ホッとした様子で、駆けつけてくれる。

 ちなみにファントムの小鳥型のガーディアンは、結月の肩にとまっていた。

「心配かけさせたな、結月」

「今帰り道を作るから! 増援とか呼ばれる前に、さっさとこの場所から離れないと!」

「だがひいらぎよ。ここで奴を仕留めれば、こちらにとって有益な情報が得られるかもしれないぞ。こんなチャンスなかなかないはずだ」

「あれはやばそうだからパス。こっちの計画もあるし、ここは退くべきよ!」

 森羅は冷静に状況を判断して撤退てったいを指示。

 ブラックゾーンに保守派側の戦力がいるということは、この場所を陣取っている可能性がある。ただでさえあの青年は強いというのに、そこに増援を呼ばれれば一気に不利になってしまうかもしれないと。

「それで柊那由他、いけそう?」

 森羅は霧のセキリュティに触れなにか作業をしていた那由他の方へと向かう。

「はい! 内側からなら、わたしたち二人だけでも開けられそうですねー!」

「オッケー。すぐに開けて脱出しよう! ――よし! 開いた!」 

 那由多と森羅が霧に触れたと同時に、まばゆい光が。そして次の瞬間、上位序列ゾーンに続く道が開いた。

「さっ、みんな入って!」

 森羅の手招きに応じ、レイジとアーネスト、結月は彼女たちの方へ走る。

「待ちやがれ! こっからが本番だろうが!」

 レイジたちが二人のところに向かおうとした瞬間、青年のまとっていた禍々まがまがしいオーラが一気に膨れ上がった。そのあまりの重圧をみるからに、まだ本気を出していなかったらしい。

 だが。

「あ、なんだとアンノウン! ここは退けだと! ――チッ! わかったよ……。オレの任務は姫様の護衛だからな」

 青年はなにやら通信回線で会話しだし、すぐさま殺気をしまいこんでしまった。

 どうやら上からの命令で、戻れとでも命令されたのだろう。

「おや! 向こうは追撃してこないみたいですねー! ではでは! みんなでこことはおさらばしましょうかー!」

 こうしてレイジたち全員は開いたセキュリティの壁を越え、ブラックゾーンから脱出するのであった。


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