第90話 救済を歌う少女

 あれからレイジたちは聖域である上位序列ゾーンの奥。ブラックゾーンの手前に来ていた。街中の途中は突如とつじょ、どこか不気味な濃いきりに包まれており、そこから先の景色がまったく見えないといっていい。さらに霧の中からは、得体のしれない圧が。向こうにはなにかがあるのは明白なのだが、この先にいくのヤバイと直観がさけんでいた。下手すれば取り返しのつかないことになると。

「まだまだー! 伝説の情報屋とも呼ばれるこのワタシが、こんな極上のデータを前に引き下がれるかー!」

 ファントムの小鳥型のガーディアンはレイジの肩にとまりながら、自身の周りにいくつもの画面を表示させデータ収集を行っていた。ただ進展はあまりかんばしくないようである。

 現在なにをしているのかというと、このブラックゾーン内のデータをここから取れないか試しているのだ。ファントム自身この先を知りたいのと、那由他のオーダーであるこの十六夜島に隠されたシステム的ギミック解析のために。

「このきりの向こうがブラックゾーン……。一見入れそうだけど全然ダメなんだな」

 レイジは目の間の霧に手を伸ばすが、その一部に触れた瞬間に侵入不可の表示が現れた。

 さらに手を押し進めようとするが、すぐさま見えない壁のようなものにぶつかる。これでは到底中に入れそうにない。

「一応霧に見えてますが、これはシステムによるセキュリティの壁ですからねー。しかもこの先はかなり重要らしく、厳重性もほかのと比じゃないとか」

「そこまでして守りたいものがあるってわけか。これだといくらファントムでも、中のデータは無理そうだ」

 さすがの電子の導き手SSランクのファントムでも、相手がわるそうだ。この先のデータについてはあきらめるしかないみたいである。

「チッ、さすがにこそこそとやってたら分が悪い! こうなれば正面突破! 真っ向からセキュリティをぶち破ってやるのよん!」

「あはは、そんなことしでかしたら、すぐさまそのガーディアンを破壊しますよ!」

 ファントムの燃え上がる闘志に対し、那由他は笑いながらおどしをかける。

 もしセキリュティを無理やり突破しようとすれば、間違いなくバレるはず。そして伊吹やほかの執行機関の者たちが駆けつけ、取り押さえられることになるだろう。もはや状況が状況なので最悪革新派の仲間と疑われ、ひどい結末になりかねないのだ。

「別にいいじゃん! うまくいけば極上のデータが取れるんだよー? まあ、その過程で執行機関の連中が来るかもだけど、そこはワタシを守って時間を稼いでくれればいいしさー。にひひ、うん、いける! ぶっちゃけ、みんなが捕まろうが取れるものさえ取れれば問題ないし! ということでこれがファントムのオーダーってことで! さっそく始めるのよん!」

 不敵な笑みで、なにやら恐ろしいことを画策かくさくしだすファントム。

 さすがは伝説の情報屋。情報を得るためならば、いかなる手を使うのもいとわないらしい。

「レイジ、結月、破壊するのに異存はありませんね? 情報より立場の方が優先のはず」

「うん、大事になって美月に迷惑をかけるのは避けたいものね。だからファントムさんにはわるいけど」

「まあ、欲しい情報は入ったからな。この十六夜島のデータも破壊したガーディアンから奪えばいいわけだし」

 だがファントムの思惑とは裏腹に、那由他によって話がまとまっていく。

 もしここで那由他がいなければ、その場の勢いで彼女の思惑通りになったかもしれない。

だが今は優秀なエージェント、柊那由他がいるため未然に防がれたのであった。

「――ダメだー。頼みのつなの二人が柊さんにさとされてるなんてさー。――はぁ……、もうここは大人しく作業をするしかないか……」

 ファントムはあきらめたようで、さっきと同じくバレないように調べだした。

 こうなるとしばらくは、ファントムとブラックゾーンのセキュリティとの格闘が続くはず。大人しく待つのはあまり気が乗らないので、那由他に提案を。

「この様子だともう少し時間が掛かりそうだな。待ってるのも暇だし、適当に散策してていいか? もしかしたら革新派の人間とか見つかるかもしれないしさ」

「わっかりましたー! 那由他ちゃんはファントムが無茶しないように、見張っておきますねー! 執行機関の方は伊吹ちゃんが通信回線で説明してくれてると思うので、安心だと思いますよ!」

 那由多は愛銃のデザートイーグルをファントムのガーディアンに突き付け、圧をかけながら笑顔で答えてくれる。

片桐かたぎりさんはここにいてね! 柊さんと二人きりは怖いのよん!」

 小鳥型のガーディアンはレイジの肩から、結月の肩へと飛ぶ。そして那由他と二人きりになるのが怖いのか、結月に懇願こんがんするファントム。

「――あはは……、じゃあ、私はここでお留守番しておくね」

 こうしてレイジはみんなと別れて、しばらくこの周辺を歩いて回ることに。




 景色はクリフォトエリアのように建物が廃墟でないため、ほとんど現実の十六夜島にいる時と変わらない。人がいなくなった市街地を歩いている感じだ。

(もう少し先に進めれば、十六夜学園に行けるのか)

 ここら辺りは少し見覚えがあった。もしブラックゾーンをもう少し進められれば、十六夜学園があるはず。あと十六夜学園のメインシンボル的存在である十六夜タワーにも、行けただろう。

「――ん? あれは……?」

 歩いていた道の先にある十字路の交差点に、輝く金色の髪の白いドレスを着た少女が。 彼女もこちらに気付き、振り返る。

「ッ!?」

 その瞬間、奇妙きみょうな感覚に襲われた。まるで初めてアリスと出会った時のように。

 しかし衝撃を受けているのもつかの間、白いドレスを着た少女はレイジに意味ありげな笑みを向けたかと思うと、そのままブラックゾーンがある道の方へ横切ってしまう。

「待ってくれ! そこのキミ!」

 レイジはあわてて白いドレスを着た少女を追いかけた。なぜなのかはわからないが、どうしても放っておくことができなかったのだ。

 そして彼女を次に視界へ入れたその時、信じられない光景を目撃した。なんと白いドレスを着た少女が、ブラックゾーンのセキリュティの壁であるきりの中へとスッと入っていったのである。

「――おいおい、マジかよ……」

 少女が入っていった場所にたどり着き、おそるおそる霧に触れてみた。するとさっきと変わらず侵入不可の表示が。

「まあ、こうなるよな……。――え?」

 入れるはずがないと納得していると、目を疑う光景が。そう、侵入不可の表示が消え、侵入可、という表示が飛び込んできたのだ。見間違いかもしれないと思いもう一度手を伸ばすと、今度は壁に当たらず中へと入ってしまう。

 本当だとここで那由他たちに知らせた方がいいはず。だが今のレイジはさっきの少女のことで頭がいっぱいで、一度入ってみようという決断にいたってしまった。

 そして霧の中を進みレイジはブラックゾーンへ。そこで見たものとは。

「どうなってるんだここ? クリフォトエリアみたいな設定なんかじゃない。ここはなにかが致命的にぶっ壊れてる……」

 冷や汗をかきながら、あまりの景色に唖然とするしかない。

 ブラックゾーンの中もさっきまでの上位序列ゾーンと変わらず市街地が続いていたが、一つ一目でわかる違いが。そう、この場所は崩壊しかけているのだ。まず建物のほとんどが半壊状態。これはクリフォトエリアの廃墟はいきょ設定とは違い、文字通り破壊されたというべきだ。まるで一帯に巨大な爆発でもあったかのように。そして地面のコンクリートのところどころに亀裂きれつが。中には地面同士がずれ合い急な段差になっている始末。これらの中でも特に異質なのが空だ。さっきまでは普通に明るかったが、今や赤黒い天上がレイジを見下ろしていた。もはやこの光景を見て世界の終わりを連想してもおかしくはない。おそらくこの場所はなにか致命的な欠陥けっかんが起こり、すべてが狂ってしまったといっていいだろう。

「どうする? ここは一度戻って報告するか? それともあの子を……」

 このわけのわからない状況に動揺しながら、レイジはあとずさり元来た霧に触れた。

 その瞬間侵入不可の表示が。どうやらもう引き返せないらしい。とっさに通信回線を使おうとするが、起動すらしてくれなかった。

「――ははは……、引き返せないし、連絡もつかないか……。となると今は……」

 レイジは視線を先へと移す。そこにはレイジをここに招いたであろう、白いドレスの少女の後ろ姿が。もはや残された選択肢は、彼女を追うしかないみたいだ。

 少女はふとすぐそばにあった七階建てのビルに入っていく。

 なので追いかけて、レイジもビルの中へと。ここはまだほかの建物と比べて原型を保っている方であった。入ってすぐ少女の姿が見えないところをみると、階段を上り屋上へと向かったらしい。なのでレイジもあとに続いた。

 そして屋上の扉がある場所までたどり着き外へと出る。その先には輝く金色の髪をした白いドレスの少女が、屋上の最奥の方でレイジが来るのを待っていた。

(――この子、なんだか初めて会った時のアリスに似てる……)

 彼女は初めて会った時のアリス・レイゼンベルにすごく似ていたのだ。外見もそうだが、そのあり方が。

 闘争以外になにもいらず、ただ狂気に染まったかのように求め続ける生き方。そこには他者が入る余地よちがなく、自分だけで完結した一つの世界であった。もはやそのあまりの孤独な生き方に、手を差し伸べずにはいられないほどに。

 そんな雰囲気を目の前の少女から感じられたという。この子の手をつかんであげないと、きっとどうしようもないところまでちて、いづれ取り返しのつかないことになると。言葉では説明できない運命的な予感を、久遠レイジは抱かずにはいられなかった。

「――人々は救われないといけない……。だからわたしはすべてを救済きゅうさいするね……」

 少女はみずからが抱く想いのすべてを込めるかのような宣言を。

 内容は理解できないが一つだけわかることが。そう、どんな犠牲を払ったとしても叶えてみせるという、狂気じみた執着がそこにあったのだ。まるでアリスが闘争という事象にせられ続けるかのように。

「――救済? キミはいったい?」

 少女に近付き無意識に手を伸ばそうとすると、突如とつじょ異変が。

 レイジと少女の間に、見知らぬ若い青年が空から降ってきたのだ。

「やっとお姫様を見つけたぜ。まったく、手間を掛けさせてくれるよな。――で、おまえさん、どうしてこの場所にいるんだ?」

 血に飢えているかのような青年は愚痴を言いながら、レイジの方に視線を移す。

 にらまれた瞬間、背筋が凍った。それは今まで幾百の戦場を渡り歩いてきた、レイジだからわかる直観。この青年はとにかくヤバイのだ。きっと今の久遠レイジでは太刀打ちできないほどの力量の持ち主。ふとアーネスト・ウェルべリックが言っていた、保守派にひそむ化け物という言葉が脳裏をよぎる。

「おむかえが来ちゃった。じゃあね、お兄さん。もしまた縁があれば、お話しようよ」

 白いドレスを着た少女はレイジを見つめながら、後ろに下がっていく。そして両腕を広げながら名残惜しそうに別れを告げ、背中から地上へと飛び下りていった。

「キミ!? ――ッ!?」

 一瞬彼女の行動に度肝どぎもを抜かれるも、すぐさま気を引き締めアイテムストレージから刀を取りだす。

 というのも目の前の青年が、あふれんばかりの殺意を向けてきたのだから。

「ハハッ、姫様のおもりもちょうど飽きてきたところだ。少しは楽しませてくれよ、小僧!」

 そして青年は腕をバッと振りかざし、残忍ざんにんな笑みを浮かべて襲ってくるのであった。

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