第87話 アビスエリア

 レイジたちは先ほどいた住宅街にある教会から、すぐ近くの十六夜市へ。そして鉄橋を渡り、十六夜島へたどり着いていた。もちろんここはクリフォトエリア。通常はほとんどランダムで地形が作られているのだが、十六夜市と十六夜島の部分だけはほぼ再現されているのである。そのため十六夜島は現実と同じく海にそびえる巨大な人工島で、関東アースのクリフォトエリアのはし側の部分にあった。

 クリフォトエリア内の建物はだいたいが2020年ぐらいの仕様になっている関係上、その当時の街並みで再現されているという。ただ主要な建物などは最近の形で再現されることもあり、その代表的な例でいうと十六夜島の有名な観光スポットの一つ。近未来感あふれるおしゃれな超高層ビル、十六夜タワーは現実同様にそびえたちここからでも目立っていた。

「ここらあたりでいいかな。ファントムさん、周りにほかの人の姿とかある?」

 二人でしばらく十六夜島内の廃墟と化した市街地を歩いていると、結月がふと立ち止まる。

「少し待ってね。ふむ、近くにはだれもいないみたいなのよん!」 

 ファントムがレイジの肩にとまっていた小鳥型のガーディアンごしに、索敵の報告をしてくれる。

「ありがとう。じゃあ、ここから向かうおうか」

「結月、そのアビスエリアって、この島からじゃないと入れないのか?」

「ここがアビスエリアにつながるゲートみたいな感じなの。わかりやすく説明すると、この場所から地下に降りた場所がそう。だけどわざわざここに来なくても、他のエリアからアビスエリアに座標移動できるのよね。向かおうとすれば、自動で経由けいゆしてくれるから」

 通常アビスエリアに向かう場合は、メインエリアなどのほかのエリアから向かうようだ。

 確かにここに立ち寄るとなると、襲われたり目撃されたりといったリスクがあるためそうなるのが普通だろう。

「ちなみに向こうはデュエルアバター限定ね。あとラグ問題もあるから、現実の入る場所も気を付けないといけないの」

 エデンは現実をもとに作られた擬似的地球なため、地理的要因がリンクしている。そのため現実でエデンに入った場所と、クリフォトエリアの位置によってラグ問題が発生するわけだが、今回の件もそういった感じの話なのだろう。

「へー、そこらへんはクリフォトエリアと同じなのか」

「ほかのくわしい説明は着いてからでいいよね。アビスエリアはアポルオン関係者の権限がないと入れない、隠された世界。部外者がいないから、表のことを気にせず活動できる場所なんだ」

 アポルオンは世界を裏で支配するほどの組織。そのため彼らの活動は機密性において、一般人が普通にいるであろう場所はあまりよろしくない。よってアポルオンの内部情報漏ろうえいを気にせず、自分たちの役目をこなせるようにとセフィロトが用意したのだろう。

「それじゃあ、さっそくいくよ」

「ああ、頼んだ」

 結月が宙に画面を出し操作を。そして地面に手をかざした。その直後、座標移動した時の感覚がレイジたちを襲う。

 次に視界に映ったのは、十六夜市から十六夜島にかかる橋の光景。どうやらレイジたちは現在鉄橋を渡る手前の場所に座標移動してきたようだ。

 ここはエデンの中だというのに現実と変わらない心地よい潮風が吹きわたり、波の音が響いている。海面は太陽の光を反射しキラキラ光っており、どこまでも果てしなく広がっていた。

(あれ、建物が廃墟はいきょじゃない……)

 辺りを見渡すと、一つ気がかりなことが。そう、ここから見える建物すべてが普通なのだ。クリフォトエリアでは建物がすべて廃墟風になっているのだが、このアビスエリアでは通常のままで構成されているらしい。どこもいたって普通の外見であり、人がいてもなんら不思議ではない様子。これまで物騒さ極まる廃墟風の景色を見慣れてきたため、違和感が半端はんぱなかった。

「ここがうわさのアビスエリア! すごいのよん!」

 小鳥型のガーディアンがレイジたちの周辺をとび回り、ファントムの興奮をあらわにする。

「あはは、アビスエリアに着いたよ。ここは関東アースにあるクリフォトエリアの裏側。だから表側と同じ構造をしてるの」

「それってまさか表側の全土とか言わないよな……?」

「あはは、その通りよ。アポルオン専用のクリフォトエリアを丸々用意した感じね!」

「――ははは……、マジかよ……」

 彼女の返答にもはや笑うしかない。

「この場所って普通のクリフォトエリアとなにか違いがあるのか?」

「うーん、わかりやすいのはアビスエリア一帯に、野良のガーディアンが徘徊はいかいしてるとかだろうね。なんか見つかったら攻撃を仕掛けてくるらしいよ。たとえ倒しても、しばらくしたらまたいてきていろいろ大変みたい」

「なんだ? そのどこぞのゲームみたいな話は?」

 レイジ自身そういうゲームをやったことはなかったが、どういう内容かは一応聞いたことがあった。

「えっと、ここって入れる人が限られてる分比較的安全でしょ。だからリスクを与えようということで用意されたとかだったはず。――まあ、ほかにも少し違うところはあるけど、基本はクリフォトエリアと同じよ。アーカイブポイントも作れるからデータの奪い合いもできるんだって。実際このアビスエリアにアーカイブスフィアを持ち込んでるメンバーが、多いらしいしね」

「アポルオン関係者しか入れないから、クリフォトエリアより安全かもしれないってわけか。これだけ広ければ、アーカイブポイントを見つけ出すのにも苦労しそうだし」

 アビスエリアはアポルオン関係者しか入れないから、データを求め徘徊している者がいない。さらに狩猟兵団の方もアポルオンの存在が表に漏れる恐れがあるため、呼ぶことが難しいのだ。

 ほかにも関東アースのクリフォトエリアと同じ規模ゆえ、アーカイブポイントを探すこと自体困難。クリフォトエリアならばまだ情報屋や電子の導き手、金で雇った野良などを使って大勢に調べさせることもできるが、ここでは機密性の問題で不可能である。そのためアーカイブスフィアやメモリースフィアを守るには、打ってつけの場所といえるだろう。ただ襲われた場合に関しては人手を呼びにくいため、守りが若干じゃっかん手薄になる恐れも。ゆえに必ずしもこちらの方が安全とはいえないのかもしれないのだが。

「でもこの場所にアーカイブスフィアを持ち込むのってどうするんだ?」

「クリフォトエリアのアーカイブポイントからなら、どこからでもこっちに送れるらしいね。時間が一日ぐらいかかるのと、クリフォトエリアにあったメモリースフィアのバックアップ用のデータが全部消えちゃうって話だけど。ようするにどちらかのエリアでしか、データを守ることができないみたい」

 データの保管が一つのエリアでしか認められていないため、それに関係するデータが入ったメモリースフィアは強制的に削除される。なのでクリフォトエリアで用意していたバックアップ用のデータを、すべて失うはめになるということ。

 よってまた一からバックアップ用のデータをメモリースフィアにいれ、アビスエリアのほかの場所にアーカイブポイントを設置する羽目に。これによりアビスエリアのデータをすべて消去する事態におちいったとしても、クリフォトエリアにまだデータが残っているという安全策は使えないわけだ。

「あとアビスエリアで納品のうひんされてくるデータを受け取る場合、クリフォトエリアで中継点を設置しとくんだって。そうすればそこから送り込めるらしいよ」

 どうやらクリフォトエリアのアーカイブポイントに中継点を置き、そこから納品されてきたデータを送る流れのようだ。確かにそういうふうにしなければ、アビスエリアで管理していた場合納品データを受け取れない。さらにこうすれば納品する側の傘下に、クリフォトエリアで管理しているように見せられるためこのような仕組みをとったのだろう。

「じゃあ、ここからは十六夜島の話ね。アビスエリアのメインとなる十六夜島には、権限による侵入制限があるの。中に入るにはアポルオン関係者の権限が必要で、そこから進むにつれて権限のレベルが大きくなっていくんだ。まず集会や密談、セフィロトのく経済状況のデータにアクセスしたり、アポルオン関係の活動をするために用意された管理区かんりくゾーン。アポルオンメンバーの権限があれば誰でも入れる場所よ。本来なら管理区ゾーンに出れたけど、ファントムさんのデータ収集もあるし、まずはこの場所に来たんだ」

 結月は十六夜島に視線を向けて説明してくれる。

「次に十六夜島内部分の聖域と呼ばれる上位序列ゾーン。序列二十位以内のメンバーの権限があれば入れて、利用できるの。そしてほら、あそこ」

 彼女が指さすその先には、巨大なきりのようなものが。

 それはここに来て気になっていたことの一つ。十六夜島の最奥から三分の一ほどの地点は、霧におおわれて中の様子が見えないのだ。まるであそこから先は別の世界とでも言いたいかのように。

「あの霧で覆われて中の様子が見えないのが、ブラックゾーン。アポルオンという組織のすべてがあるってうわさだけど、中がどうなってるのか誰も知らない。まったくの謎に包まれてるの」

「――ようは内部に進むほど、重要性が増していくわけか……。――まあ、とりあえずは結月の権限で入れるところまで行く流れになるんだろうな」

「そうそう。アビスエリアの十六夜島に入るにはアポルオン関係者の権限のほかに、もう一つ条件があるんだ。実はあそこだけ現実の十六夜市か十六夜島から、エデンに入らないといけないっていうね」

 那由他が十六夜市や十六夜島に隠された秘密があると言っていたが、こういうことだったのかもしれない。

「――うん、アビスエリアについての大体の説明はこんなところかな」

「ささっ、早く十六夜島へ行くのよん!」

 小鳥型のガーディアンは再びレイジの肩にとまる。そしてファントムがもはや待ちきれない様子でせかしてきた。

「ファントム、テンションバク上がりだな」

「なんたって事前情報通り、おもしろいところだからねー! もう調べたくて調べたくてうずうずしちゃってるのよん!」

 小鳥型のガーディアンがレイジの肩で、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

「おもしろいって?」

「このアビスエリアって、なんだか不安定みたいなんだよねー。空間や、建物とかのオブジェクトとかがあいまいというか。そのおかげで電子の導き手が、いろいろと悪さできちゃいそうなのよん!」

「そんな話もあったね。だからアーカイブポイントの隠ぺい工作や、空間内部の建造物もすごい改造ができるとか」

「にひひ、興味深いデータが取れる予感! ほらほら、早く早くー!」

 こうしてファントムの催促さいそくのもと、アビスエリアの十六夜島へと向かうのであった。

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