第77話 生徒会室
「実はいい茶葉が手に入ったところなんです。今入れますから少し待っていてくださいね」
給湯室にいたルナがティーポットを手に持ちながら顔を出し、上品にほほえみかけてくる。
ここはなんと十六夜学園高等部の生徒会室。広々とした部屋の中心に長テーブルが置かれ、奥のほうには生徒会長用の立派な机が。そんな各席や棚といった家具、機材などここにあるもどれもが一級品。給湯室まで完備され、もはや学園の生徒会室としては最上級の一室といってよかった。
そんな中レイジと結月はこの場に圧倒されながらも、長テーブルの席に座っている状況である。
「おかまいなく!? ――わー!? どうしよう、久遠くん。あのルナ様とこうやって一緒にお茶ができるなんて! なにを話せばいいの!? 学園のこと? それともここは社会情勢? と、とにかく失礼のないようにしないと!?」
結月はレイジの上着の
「結月もアポルオンメンバーだから、サージェンフォードさんと面識があるんだよな?」
「一応ね。でもアポルオン内でのパーティーで、少し面識があるぐらいよ。ルナ様のあいさつは片桐家次期当主である妹がするから、私は美月のお付きとしてたまに会話に混ざるぐらいなの。だからルナ様自身、私のことを片桐家の長女ぐらいしか覚えていらっしゃらないはず」
「じゃあ、面と向かって話すのは初めてレベルか。それなら緊張するのも無理ないな」
納得していると、生徒会室の扉が開き一人の少女が入ってきた。
「うん、客人か? ほぉ? その顔、見覚えがあるな。元狩猟兵団レイヴンの黒い双翼の
キリッとしたいかにもまじめそうな少女が、アゴに手を当てながらレイジの方に視線を向けてくる。
「ああ、そうだ。でもまさか顔だけじゃなく、素性まで知られてるとは」
「クク、職業がらそういった情報にはくわしいのでな」
レイジの素直な感想に、不敵な笑みを浮かべる少女。
そして彼女は結月の方を向き、うやうやしい態度であいさつを。
「そちらは例のパーティで何度か顔を合わせたことがあったな。片桐家当主の長女、片桐結月殿とお見受けする」
「そうよ。あなたはいつもスーツを着て、ルナ様の護衛をしてる人だよね」
「ああ、とある組織のエージェント、
伊吹は素性を隠しながら、凛としたおもむきで自己紹介をする。
彼女は見るからに生真面目そうな少女で、その眼光には普通の学生には持ちえない鋭さが。きっとエージェントとしての様々な修羅場を、くぐり抜けてきたがゆえだろう。
「ってことは執行機関の」
「ほう、アポルオンの事情は大体理解しているようだな、久遠レイジ」
「まあ、大体は。だから隠さなくても大丈夫だ」
「こちら側の人間だったか。なら話がしやすくて助かる。で、二人はルナのお茶待ちか。クク、光栄に思えよ。あのルナが入れた茶を飲めるなんて、学園の誰もがうらやむイベントだぞ」
伊吹も席に着き、クスクスと意味ありげな視線を向けてくる。
確かにあの世界で名高いサージェンフォード家のご令嬢のお茶を飲めるなど、そうそうあったものではない。しかもルナは
「伊吹、なにデタラメを吹き込んでいるんですか? たかがお茶を入れるぐらで大げさすぎますよ」
そうこうしているとルナが給湯室から、ティーカップを乗せたお盆を持ち戻って来た。そして少しほおを赤らめながら、伊吹にツッコミを入れる。
「デタラメなわけないだろ? なあ、久遠レイジ。特に男としてグッとくるところがあるんじゃないか?」
「ははは、確かに。なんたってサージェンフォードさんみたいな、ものすごい美人さんが入れてくれるお茶だ。もう毎日でも生徒会に通いたくなるほどだよ」
笑いかけてくる伊吹に、頭の後ろに手をやりながら本音を口に。
「もう、久遠さんもからかわないでください。そんなにおだてられると、普通の女の子なら変な勘違いをしてしまうかもしれませんよ。ですのでほどほどにね」
ルナは少しテレながらも、レイジを優しくたしなめウィンクしてくる。同い年のはずなのだが、なんだか年上のお姉さんに注意されたような感覚が。
「――あ、はい……」
「それではみなさんどうぞ」
そしてルナは紅茶をレイジたちに配ってくれる。
その一つ一つの洗練された動作から、育ちの良さがすぐにわかる。彼女は決して気取ることなく誰に対してもほがらかで、暖かい
「どうも」
「あ、ありがとうございます。ルナ様」
「くす、そんな固くならないで大丈夫ですよ。同い年ですし、気軽に接してくれたらいいですよ。結月さん。もちろん久遠さんも」
緊張している結月に、ルナはあたたかいほほえみで笑いかける。
「――そ、そうですか? ではルナさんで……」
「わかった。そうさせてもらうよ、ルナさん」
「伊吹、そろそろ来ると思い、あなたのもいれておきましたよ」
「おっ、気が利くな。さすがルナだ」
そしてルナは伊吹の方にも紅茶を置き、自身も席に着いた。
いい香りがする高級そうな紅茶が全員に配られ、みな手をつけ始める。
「わぁー! す、すごくおいしいです! ルナさん!」
「ほんとだ。今まで飲んでた市販のやつが、
これほどのおいしい紅茶となるといい茶葉を使っただけではなく、彼女の入れる腕も大きく関係しているはず。
「ふふ、お口にあってよかったです。――では改めまして。アポルオン序列二位サージェンフォード家次期当主、ルナ・サージェンフォードです。みなさんと同じく四月から二年生で、今はこの学園の生徒会長を務めさせてもらっています」
入れてくれた紅茶に結月と感動していると、ルナが胸に手を当て
さすがはサージェンフォード家の次期当主。そのにじみ出るオーラは本物だ。
「ということは一年で生徒会長?」
まだ一年生と聞いていたので普通の生徒会役員だと思っていたが、まさか生徒会長だったとは。通常こういった役職は今の次期二年生が就任しているはずなのに、どうして彼女がその位置についているのだろうか。
「そうよ。ルナさんは高等部に入ってすぐ副会長に任命されて、秋からは生徒会長になったすごい人なの」
すると結月がまるで自分のことかのように、誇らしげに説明する。
「クク、あれは笑えたな。ルナが生徒会に入った途端、会長以外全員辞めていったんだからさ。あのルナ様と一緒に仕事するなんて、あまりに光栄すぎて身に余るとか言ってな」
「はぁ、笑い事じゃありませんよ。おかげでどれだけ苦労したことか」
伊吹の思い出し笑いに、ルナは当時相当苦労したのかがっくり肩を落とす。
ほかの役員が見当たらないと思っていたら、会長以外全員辞めていたなんて。確かに高貴なお嬢様オーラが半端ない彼女と一緒に仕事をするのは、少し気後れしてしまうかもしれない。それにもし
「だよな。秋からはこの自分が副会長にさせられたわけだし、毎日が大変だった。生徒会メンバーを募集しても、誰も入ってこないし」
「ええ、ですのでどうですか? 結月さん。久遠さん。生徒会に入って、一緒に十六夜学園を盛り上げるというのは? 今ならポストが空いているので大歓迎ですよ」
ルナが手を差し出し、歓迎ムードで生徒会に誘ってくれる。
もしここで生徒会に入ったなら、生徒会役員として
結月も同じ考えだったのか、申し訳なさそうに断る。
「――えっと、すみません、ルナさん。手伝いたいのは山々なんですが、私アイギスの仕事があるのでたぶん無理かと……」
「オレも同じく。それに生徒会の仕事を黙々とこなせる自信がないですし」
「クク、見事に振られたな、ルナ」
「仕方ありませんね。こうなれば今度入ってくる一年生に期待しましょう。――それではここからは込み入った話をさせてもらいます。結月さん、久遠さん、あなた方アイギスは今回の騒動について、なにか情報を得ていますか?」
ほおに手を当て、残念そうに目をふせるルナ。それもつかの間、気を取り直し
これで世間話はおわりらしい。彼女はアポルオン側の人間としてたずねてきた。
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