第76話 胡散臭い先輩

(この人、なに者だ!? 気配をまったく感じられなかったぞ!?)

 振り向くとターミナルデバイスをかまえた少女が、レイジと結月のすぐ近くに。

 声を掛けられるまで、接近されていたのを気付けなかったことに驚きを隠し切れない。那由他の時もそうだったが、こういったことは職業がら敏感なはずなのに。

 レイジは警戒しながらも、少女を観察する。ここは十六夜学園なので当然彼女も制服姿。雰囲気的に年上だろうか。エージェントである那由他みたいに謎に包まれた、どこか胡散臭うさんくささが際立つ少女といってよかった。

「今まで浮いた話の一つもなかった片桐家のご令嬢だったが、ついに恋人ができたみたいだねー! これはファンの男子どもが悲しみますなー!」

 彼女はなにやら興奮したようにかたりだす。

「こ、こここ、恋人!? わ、私と久遠くんが!? ち、違います! 私たちはそんな関係じゃなくてですね!? えっと……」

 見知らぬ少女の主張に対し、結月は顔をゆでダコのように赤くさせ動揺しながらも、必死に否定する。

 すると少女はニヤニヤと、なにやらするどい指摘を。

「にひひ、そんな見えいた嘘、ワタシには通用しないよん! 彼と話してる時の片桐さんは、明らかに普通の人と接する態度が違った。そう! まるで彼だけは特別みたいな、いじらしい感じに!」

「――そ、それは……、久遠くんが特別扱いしないでくれるからで……」

 結月は手をもじもじさせながら、言いよどむ。

「しかも最後の方なんて、あんなに見つめ合ってさー! もう、お姉さんお腹いっぱい! むねやけしそうですなー。――あ、はい、これ証拠写真! きちんと現場を取り抑えておいたから、言い逃れはできないのよん!」

 少女は意味ありげな視線を向けながら、ターミナルデバイスを操作する。そしてさっきのレイジと結月が見つめ合っている画像を、見せつけてきた。どうやらこっそり写メでっていたらしい。

 実際は違うが画像だと、どこかいい感じに見つめ合っていて、恋人同士に見えなくもない。もし事情を知らない者が見たら、変な勘違いをしてもおかしくはないほどに。

「いつの間に!? データを消してください!」

「えー、どっしよーかなー! この決定的証拠写真は、明日の校内新聞にでもせようかと思ってたんだけどさー!」

 詰め寄る結月に対し、意地のわるい笑みを浮かべだす少女。

「え、ええー!? そ、そんなぁ……」

「まあまあ、そう、落ち込みなさるな。学園公認のカップルとして、思う存分イチャつけるようになるからいいじゃないかー! うんうん! 青春だねー!」

 少女は肩をがっくり落とす結月の背中を軽くたたきながら、はやしたてる。

「――うっ、学園公認のカップル……。――す、少しいいかも、そのシチュエーション……」

 すると彼女の口車に乗せられてか、結月はまんざらでもなさそうな反応をみせる。うっとりしたような表情で、なにやら妄想しているようだ。

「――さて、彼女さんを言いくるめたところで、次は彼氏さんだねー。まあ、そう警戒しなさんな! 怪しい者じゃないからさー!」

 そして少女は今度はレイジの方を向き、軽い感じで話しかけてきた。

「いや、わるいけど胡散臭さが半端はんぱないんだが……。ただ者じゃないオーラが出てるというか……」

 彼女の得体の知れなさに、思わず一歩下がってしまう。

「にひひ、買いかぶりすぎだって! ワタシは高等部二年になる、水坂みずさかゆら! おもにスキャンダルを取り扱う第二新聞部に所属する、この学園切っての情報通といったところだねー。よろしくー、お二人さん! 気軽にゆら先輩って呼んでねー!」  

 レイジが警戒していると、ゆらはあっけからんとした感じで自己紹介してくる。ただ胡散臭さがにじみ出ているのは気のせいじゃないはず。この少女を信じると、痛い目にあいそうな雰囲気が半端ない。

「それでゆら先輩、オレたちになんの用ですか?」

「いやー、ただ有名人のスキャンダル現場に遭遇そうぐうしたから、少しチャチャを入れただけ! 片桐結月さんはこの学園だと、彼女にしたいランキングの上位組だからさー!」

 さすが結月。レイジの予想通り、学園ですごい人気者みたいだ。まあ、あの容姿と性格であれば、そこらの男が目をつけないなんてありえないだろう。

「――それとあの男の息子である久遠レイジに、一目会っておきたかったんだよねー、にひひ」

 もしかするとこの胡散臭さはスキャンダルを求める記者特有のものだと思っていたら、突如ゆらはニヤニヤと意味ありげな言葉を投げかけてきた。そのときの彼女の瞳は、ぞっとするほどの好奇心の色に染まっていたといっていい。その対象は本人だけでなく、レイジを取り巻く背景にまで手を伸ばそうとしているような。

「――え?」

「そういうわけで、邪魔して悪かったねー! もしよければ第二新聞部の部室に、遊びに来るといいよ! もちろんなにか学園の情報を欲しい時とかにも! じゃあねー! お二人さん!」

 謎の発言に動揺していると、ゆらは手をひらひらさせながら笑顔で別れを告げてくる。

 さっきの怪しげな発言自体、なかったかのように。

「あ、あの、ゆら先輩!? 画像の件がまだ!?」

 結月は妄想から正気に戻ったのか、去ろうとするゆらを手で制した。

「安心なさいな! これはキミたちの弱みとして、大切に握っておくからさー! にひひ」

 先程とった写メを強調するかのようターミナルデバイスをクルクルと器用に回し、ニヤリと笑うゆら。そして彼女ははずむ足取りで、去って行ってしまった。

「えー!? それはそれで困るんですけど!?」

 結月は小さくなっていくゆらの後ろ姿に手を伸ばしながら、途方に暮れだす。

「――なんだったんだ、あの人? というか今後あの画像をめぐって、なにかに巻き込まれそうな予感が……」

 とりあえず彼女はくえない人のようなので、いろいろ気をつけた方がよさそうだ。

 それとあの写メについて。校内新聞にのらないのは一安心だが、今後あれを弱みになにかを要求されそうな気が。もしかすると嫌でも彼女がいる第二新聞の部室とやらに、迎わなければならないのかもしれない。

「――あはは……、私もそんな気がする……」

「お話は済みましたでしょうか? 片桐結月さん、久遠レイジさん」

 二人で同意しあっていると、またもや聞きなれない声が。

 ゆらのせいでぐっと疲れていたレイジは、迷惑そうにたずねるしかない。

「――はぁ……、次は誰ですか?」

「申し遅れました。私は十六夜学園高等部一年、ルナ・サージェンフォード。みなさんを生徒会室に誘いに来ました」

「「え?」」

 振り向くと、誰もがうらやむほどの圧倒的美貌びぼうを持つ少女が。

 まさかの人物の訪問にレイジたちは唖然とするしかなかった。

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