第57話 脱出劇

「おう、ターゲットを確認。なんだか寝てるようだからさっさと起こして、次は那由他なゆたたちの救出に移る。脱出経路の方はどうだ?」

 ふと聞きなれた声が聞こえてきた。

 あれからどれくらいの時間がたっただろうか。レイジの意識は次第にはっきりしてくる。 まぶたを半分開けて現状を確認してみると、レイジは今だ床に倒れたままの状態。森羅しんらが出ていってから、ずっとこのままだったらしい。

「了解、その方向で頼む。じゃっ、引き続きサポートを頼むぜ」

「……レーシスか……」

「おっ、おはようさん。 ところでなんでそんなところで寝てんだ? まさかベットから転げ落ちたとか、間抜けなオチじゃないよな?」

 レーシスはおかしそうにツッコミながら、手を差し出してくれた。

「いろいろあってさ。それよりレーシスがここにいるということは?」

 差し出された手をつかみ、立ち上がる。

 まだ少し頭がクラクラする。どうやら本調子とはいかないみたいだ。

「おうよ! レイジたちとの連絡が途絶えたから、このレーシス様が助けに来てやったぜ。ありがたく思えよ」

 レーシスはレイジの肩に手を置き、キランと歯を輝かせてくる。

 このビルに来る前もしもの時のために、レーシスに連絡をしていた。連絡が途切れた場合は、つかまったと判断して動いてくれと。それが功をなしたらしい。

「そっか。いつも面倒事となると、オレたちに押し付けて楽ばっかしてたレーシスが、まさか敵拠点に潜入してまで助けに来てくれるとはな」

「仕方ねーだろ。お前らアイギスメンバー全員がいない以上、サポートである俺が動かないといけないんだぜ。あー、まったくこういうメインの仕事は、ほんと疲れるわー。やっぱり裏方の仕事だな。あっちなら危険が少なく、荒事もない分楽なんだがねー」

 レーシスはやれやれと肩をすくめ、かったるそうに愚痴ぐちをこぼす。

 さっきまで関心していたが、彼の正直な本音にあきれるしかない。

「――はぁ……、そんな理由で裏方をやってたのかよ……。――まあ、いい。それにしても敵陣に潜入してもうここまでたどり着いてるなんて、さすがは執行機関のエージェント。那由他と同じく、レーシスもただ者じゃなかったんだな」

 那由他がただ者ではないのは知っていたが、レーシスの方も彼女に負けを劣らずのようだ。やはりアポルオンという大それた組織のエージェントになるならば、それ相応の訓練を積んできているのだろう。

「なんだ? かっこよすぎて惚れたってか?」

「なにバカなこと言ってるんだ。ほらさっさと行くぞ」

 にやにやと気持ちわるいことを言ってくるレーシスに、悪態をついて先をうながした。

 助けに来てくれた以上、のんびり立ち話をしているヒマなどないのだから。

「へーい」

「そうだ。さっき話をしてたのって誰だ? まさか災禍さいかの魔女とか言わないよな?」

 急いでいたが一つだけ疑問に思っていることがあったので、レーシスにたずねる。

 彼が電話で話していた相手。会話の内容からして、こちらをサポートしてくれているらしい。さっき森羅が力を貸してくれると言っていたので、もしかしてと思い聞いてみたのであった。

「違うね。話してたのは別の奴。まあ、昔のつれみてーなもんだ。さすがにオレ一人でやるには荷が重すぎると思ったから、手伝ってもらってんだ」

「なるほど。エージェントといったら、それなりの人脈があるってことか」

「そういうこった。一応災禍の魔女には潜入前に出会って、手引きしてもらったけどな。なんでか知らんが、レイジたちを助けるのに協力してやるってさ。おかげで当初の予定よりスムーズに潜入できたから、大助かりだったぜ」

「――そっか……、森羅が……」

 どうやら森羅の手を貸してくれる話は、本当のことだったみたいだ。自分の立場がわるくなるかもしれないのにも関わらず、力になってくれた森羅に心の中で礼を言っておく。

「ただ協力してやるのは見つけるまで。あとの事は自分たちでやれって言ってやがったから、大事になる前に那由他たちを助けてさっさとずらからねーと。気絶させた見張りが起きないうちにだ」

「わかった。急ごう」

 レイジとレーシスは部屋を出て、那由他たちが囚われているであろう部屋へと向かう。

 つかまっている部屋の場所は、事前に森羅に教えてもらったとのこと。そのおかげで探し回る必要がなく、楽に目的地にたどり着けたそうだ。

 現在地から階段を一階分降りていく。那由他たちがつかまっているのはこのフロアで、今いる階段からすぐ近くにある部屋らしい。階段からフロア内をのぞき込んで見ると、一人の屈強な男が部屋の前に立っていた。

「あそこか。それにしてもここまで来るのに、誰とも会わないなんてな。ここも見た感じ、誰も通りそうにないし」

 今のところレイジたちは誰とも遭遇そうぐうすることなく、すんなりここまで来れていた。ここは敵地とだけあって、思わず拍子抜けしてしまうほどに。

「聞いた話によると、アラン・ライザバレットが動いてるんだと。だからほとんどの人員がエデンに向かってて、逃げるなら今が絶好のタイミングらしいぜ」

「マジか。って事はここを切り抜けたらすぐ、エデンへ向かわないといけないな」

 森羅も言っていたが、アラン・ライザバレットがとうとう動きだしたらしい。今だなにが狙いかわからないが、彼らが動いた以上レイジたちにのんびりしているヒマはない。それにゆきのところに行けという助言をもらっているので、なおさらに。

「少しは休みたいんだがねー。でもそう悠長ゆうちょうなことを言ってるヒマはなさそうだし、行くしかないわなー」

 両腕をぐっと伸ばしながら、気合いを入れるレーシス。

「で、どうやって二人を救い出す?」

「そうだねー。手っ取り早く見張りを気絶さすのが一番だろ。オレが敵の注意を引くから、その隙にレイジが決めてくれ」

「ああ、相手をだまらせる技術は、レイヴン時代に教わってるから任せろ」

「オッケー、行くぜ」

 レーシスは見張りの男の方へと堂々と歩いていき、その場を通り過ぎていく。口笛を吹きながら、見るからに怪しいオーラを出しまくってだ。

 当然そんな怪しい男がいたら素通りさせるわけがなく、見張りの男はいぶかしげにレーシスを呼び止めた。

「なんだ貴様? 見かけない顔だな」

「いやいや、怪しいもんじゃないっすよ!? 俺狩猟兵団のライセンス持ってる者なんで!?」

 レーシス両手を上げて降参のポーズをとる。そしてあわてた素振りで答えた。

「ほう、それでなんでこんなところにいるんだ? 狩猟兵団のライセンスを持つ者は確かにこの建物内を動き回れるが、それは許可されている区画だけ。ここらは関係者以外、立ち入り禁止の場所だぞ?」

「へぇー、そうだったんすかー。すんません。適当に見学してたら、迷っちゃったんすよ。さっさと引き返すんで大目に見てくださいよー。ほら、この通り!」

 手を合わせ、どこかチャラついた感じに頼み込むレーシス。

 その演技は迷い込んだ新人の狩猟兵団の者そのもの。本当にそこいらにいそうだ。

「見るからに怪しい奴を見逃すわけにはいかない。少し話を聞かせてもらうからそこで待ってろ。すぐに他の者を迎えにこらせる」

 だがレーシスのお願いも、見張りの男には通じなかったらしい。男は人を呼ぼうと、ターミナルデバイスを取り出した。

「いやー、人を呼ばれるのは困るんすよー。だって気絶させるのが、面倒になるからな!」

 レーシスはさせまいと、隠し持っていた警棒二本を両手でつかみかまえる。そのかまえはレーシスがデュエルアバターで戦う時の構えとまったく同じ。彼もレイジたちと同じく、腕の立つデュエルアバター使いなのだ。

「な!? 貴様!?」

 見張りの男はすぐさま臨戦態勢をとろうとする。

 その瞬間、レイジは飛び出し駆けた。見張りの男はレイジに背を向けているため隙だらけ。一気に距離を詰める。

 相手がレイジに気付き、振り向こうとするがすでに遅い。レイジはデュエルアバターで戦っている時のような熟練された動きで、見張りの男の首に腕を回し抑え込んだ。

「わるいけど、少し寝といてくれ」

 見張りの男は振りほどこうと暴れるが、次第に動きが止まる。

 レイジは相手が気絶したのを確認し、見張りの男をその場に寝かせた。

「ふぅー、こういう荒業をボスから教わっといて、正解だったな」

 ひたいの汗を腕でぬぐいながら、一息つく。

 小さいころからウォード・レイゼンベルトに、こういった現実での荒事の技術を会得させられていたのだ。狩猟兵団をやっていると、どんなやばい事態に遭遇するかわからない。だから護身術や、相手をだまらせる技術は身に着けておいた方がいいとのこと。実際デュエルアバター戦にも役に立つので、アリスと一緒に教わっていたのであった。

 レイジのあざやかな身のこなしに、レーシスはパチパチ拍手しながら賞賛してくる。

「いやー、お見事! あざやかだねー」

「どうも、それより早く那由多たちと合流しよう」

 あとは那由他たちを連れ出して、このビルからおさらばするだけ。幸い相手側の人手が少ないようなので、楽に脱出できそうだ。

「よし、俺が見張っといてやるから、レイジは二人をお迎えしてこい。囚われのお姫様を助けるナイト様ってな。いいところゆずってやるんだから、感謝しろよな」

 親指を立てながら、キランと歯を輝かせてくるレーシス。

「そういうのは別にいいんだが、わかった。見張りは任せたぞ」

 扉に手をかけ、さっそく部屋の中へと入ることに。


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