第56話 勝利の女神の祝福
「レイジくん。あたしはあなたの勝利の
森羅は両腕をバッと広げ、那由他のような陽だまりのほほえみを向け告げてくる。
「望むものすべて?」
「そうよ! まあ、すべてといってもアタシにできることはただひとつ。久遠レイジが望む世界を創造すること! この鍵を使ってね!」
胸に手を当てもう片方の手をレイジに差し出し、声高らかに宣言する森羅。
レイジとしては彼女がなにを言っているのかわからず、ただ混乱するしかない。
「いやいや、森羅はなにを言ってるんだ? 世界の創造とか、鍵とかわけがわからないんだが…」
「言葉通りの意味よ! 今のアポルオンが支配する世界じゃなく、もっと素敵な新世界の幕を開くの! レイジくんが神で、あたしがそれを支える女神! 二人で一緒に、これからの世界の
森羅は天を見上げながら両腕を空高く伸ばす。そして酔いしれるかのように二人の未来をかたった。まるで夢見がちな少女のごとく、
「くす、それにしても我ながら、完璧な配役だよね! さっすが、森羅ちゃん!」
「――もしかして森羅って、頭がちょっとアレな女の子なのか……?」
一人はしゃぐ森羅に対し、引き気味にツッコミを入れる。
自身を女神というだけで十分イタイ子なのだが、そこに新たな世界や神などの言葉まで加わると、中二病が入っているのかもしれない。
「あー!? ひっどーい! レイジくん、森羅ちゃんのこと信じてないでしょ?」
レイジの
「そりゃー、新世界やら神やら、とんでもない事を言いまくってるんだし、普通はそう思うだろ」
「――うっ、確かに信じがたい話よね……。じゃー、もしもの話でいこう! そういう設定だったらの話でね!」
手をパンと合わせ、笑顔で強引に話を進める森羅。
「設定って言っちゃったよ、この子……」
「ゴホン、ということでレイジくんが望む世界の形を教えてくれるかな? その願いを、勝利の女神である柊森羅ちゃんがバッチリ叶えてみせるから!」
レイジのツッコミをスルーして、森羅は気を取り直すかのように
「……そんなこと急に言われてもだな……」
「なにもないの? ――もしかして森羅ちゃんと愛に
森羅は両腕を組みながら、うんうんとうなずく。そして胸に手を当て、意味ありげにウィンクを。
本人はレイジの気持ちがすごく共感できるといった感じだが、あまりに見当違いすぎである。
「余計な気遣いありがとう。そのことに関しては、まったく気にしてないから安心してくれ」
「むー、素直じゃないなー、レイジくん」
「……んー、それにしてもダメだ。考えてみたけど、オレが望む世界なんてそう簡単に思いつかないな」
口を
「――でも、もしあるとするなら、それはオレのじゃなくて、きっと……」
この場合の世界とは端的にいうと、こう生きたい、こうありたいといった自身の願いの体現。そうなるとレイジではその答えを、出せないかもしれなかった。なぜなら久遠レイジに願いがあるとするならば、その答えは。
(もし、叶えてもらうなら、オレはカノンとアリス、どちらの望む世界を創造してもらうんだろうか?)
そう、久遠レイジが望む世界とは、カノンかアリス。二人の少女のうちの片方の望んだ世界になるはずなのだから。
「くす、ちゃんとあるんだね。その迷いが邪魔して言葉にできないみたいだけど、確かに存在する。……冬華の言ってた通り……」
レイジのつむぐ言葉から、森羅は満足そうに目を細めてなにやらつぶやく。
「うん、今はあたしに叶えるべき世界があると、わかっただけで十分。あとはレイジくんの答え探しを手伝うだけか。こちらもまだいろいろと準備を整えないといけないから、ちょうどよかった。――さて、となるとまずはアポルオンの巫女か。革新派の計画なら、うん、いけそうだね。そうと決まれば……」
森羅は瞳を閉じて、一人で思考をめぐらせ始めた。
「――レイジくん。あなたたちアイギスメンバー全員、ここから出してあげる」
しばらくすると彼女は考えまとめたようで、思いもよらない言葉を投げかけてきた。
「え? なにを言って……?」
「あれ? お気に召さなかった? やっぱり森羅ちゃんと過ごす、甘い甘いご奉仕生活の方がいい? それなら今の話はなしにして、二人で愛を
「いや、それはいい。それよりも本当にここから出してくれるのか?」
森羅のノリノリでいう言葉を
「うん、レイジくんがそれを望むなら……」
「それなら頼む、と言いたいところだけど、そんなことして森羅の立場は? 一応アランさんの仲間みたいなもんだろ?」
レイジにとって森羅が脱出を手引きしてくれるのは、確かに願ったり叶ったりな状況。
しかしレイジたちにはよくても、森羅からしてみれば重大な裏切り行為。ことが明るみに出れば、彼女になんらかの
「敵であるあたしのこと、心配してくれるんだ? くす、ありがとう。レイジくんは優しいね! でもそのことについては大丈夫よ。ばれないようにうまくやるつもりだし、たとえばれてもあまり問題にならないから。アラン・ライザバレットがあたしの力を必要としてる以上、手荒な真似はできない。向こうはお姫様がやらかしたって、大目に見るしかないってわけ!」
レイジの心配に、森羅はうれしそうにほほえみながらあっけからんに答える。
森羅の
「それに今回の件で非があるのは、アラン・ライザバレットの方! あたしのレイジくんをこんなところに閉じ込めて、自由を奪ったんだから!」
複雑な感情に襲われていると、森羅は腰に手を当てぷんすか怒りをあらわにしてきた。
「――なんか無茶くちゃな暴論だな。なんかアランさんが気の毒に思えてくるぐらいだ」
「いいの! いいの! じゃー、レイジくんはここから脱出して、すぐ
どうやら逃がしてくれる気満々のようだ。ここは素直に彼女の行為に甘えることに。
それに森羅が言った、ゆきのところに行けという言葉。急いでということは、彼女になにか危険が差しせまっているのかもしれない。ならばすぐに森羅の言葉にしたがうべきである。
「ゆきのところだって?」
「うん、剣閃の魔女さえ味方につければ、まだレイジくんたちにもチャンスがあると思う。……そしてすべての事がうまく進めば、久遠レイジはたずね人に会うことができるはず……」
森羅は含みを持たせた口調で、かたり聞かせてくる。まるで予言するかのような物言いでだ。
たずね人とは一体誰を指すのか。レイジの心はその一点に埋め尽くされた。
「――たずね人……?」
「くす、質問は受け付けないよ。ここから先は自分の目で確かめてね!」
レイジの疑問に、森羅はもったいぶったように笑うだけ。
どうやらこれで話はおわりのようだ。いろいろ聞きたいことがあるが、もう答えてくれなさそうなのであきらめることにする。
「わかった。あとは自分でなんとかしてみせるさ」
「じゃー、あたしは行くね。急いでレイジくんの脱出の
「森羅。最後に一ついいか?」
部屋から出ていこうとする森羅を呼び止める。
「なに?」
「森羅はどうしてそこまでしてくれるんだ? オレたちは敵同士。なのに味方を裏切ってまで力を貸すだなんて、普通ありえないだろ」
「言ったでしょ! 柊森羅は久遠レイジの勝利の女神! だからレイジくんに最高の勝利をつかませてあげるの!」
森羅はさぞ当たり前のように宣言する。
そのレイジを真っ直ぐに見つめる瞳には一切の嘘や迷いがなく、本気なのがわかってしまう。これこそ柊森羅のすべてといわんばかりに。
「それがあたしのたった一つの願い! この願いを叶えるためなら、なんだってしてみせるんだから! たとえ悪魔に魂を売り渡そうとも、すべてはレイジくんのために……」
祈るように手を組み、心からの願い口にする森羅。しかしその瞳には狂気の色がこもっていた。
「――森羅……」
「――だからね、答えを見つけてあたしのもとにたどり着いてほしい。森羅ちゃんは待ってるから。この女神の物語が行き着く、最果ての舞台で……」
包み込むように両手を差し出し、自身が抱くすべての想いを込めるかのように告げてきた。
そんな彼女の視線はレイジを映していない。きっとその瞳に映るのは、森羅が目指しているであろう最果ての舞台。柊森羅はそこで久遠レイジを待ち続ける。最後の結末を迎えるために。
「――なにを言って……」
「くす、今はわからなくていいよ。レイジくんならいづれ、すべての真実をその手につかむことができるはず……。だってあなたは久遠の血筋……。きっと運命は柊と久遠を結び合わせる……。これまでそうだったように……」
内容は理解できないがその言葉に、これからの未来で知りうるであろう真実のすべてが込められている気がした。レイジが柊那由他や柊森羅に、運命じみたなにかを感じるのもそう。すべてはそこに集約すると。
「――でもこのままなにもせずに来てもらうのは無責任だから、森羅ちゃんが勝利の女神の祝福を、レイジくんにさずけてあげるね! こっちに来てあたしの目をしっかり見てくれるかな?」
「えっと……、こ、こうか……?」
レイジは戸惑いながらも言われた通り、森羅のすぐそばまで向かう。そして彼女のきれいな瞳を真っ直ぐに見つめた。彼女も那由他に引けを取らないほどの美少女。あまりじっくり見ていると、テレくささが込み上げてきてしまう。
次の瞬間。
「じゃー、いくね!」
「ッ!?」
レイジは一瞬、なにをされたか理解できなかった。
気付けば森羅の顔が目の前にある。それもそのはずレイジの口は、森羅の柔らかい
もはや本当の意味で時間が止まったような感覚だった。実際は数秒しかたっていないはずなのに、時間が長く感じてしまう。レイジ自身女の子とキスをするなんて初めての経験なので、感想がどうだという以前に動揺しすぎてそれどころではなかった。
この状況にあぜんとしていると、森羅が
「――あはは……、ダメだね……。さすがにここまでしちゃったら、いくら森羅ちゃんでも恥ずかしくて、どうにかなっちゃいそうだよ……。大好きな人とのファーストキスだなんて……」
森羅はほおを赤く染めながら、うるんだ瞳で伝えてくる。
その表情はさっきまでの明るすぎる彼女と違い、恥じらう歳ごろの女の子そのもの。レイジと同じく、相当動揺しているようだ。
「い、いきなりキスをしてくるだなんて、一体なにを考えてるんだ!?」
「くす、本当は触れ合うだけでいいんだけど、勝利の女神の祝福らしく演出させてもらったの! どう? 森羅ちゃんとの初めてのキスの味は?」
なんとか疑問の言葉を口にできたレイジに、森羅は小悪魔的な笑みを浮かべながら上目づかいで感想を聞いてきた。
「――ど、どうって言われても、思考が現実に追いついてないというか……。――クッ!?」
しどろもどろになっていると、急に異変が。急激な立ちくらみと共に、ひどい頭痛がレイジを襲う。まるで脳を思いっきり揺らされているかのように。
そして平衡感覚を失い、レイジはその場に倒れ込んでしまう。
「――なんだこれ……? まさか森羅の仕業か!?」
「くす、裏技を使ったの。レイジくんのICチップをハッキングして、あたしの力の一部をプレゼントしたから。そのせいで少し気分が悪くなってしまうかもしれないけど、すぐおさまると思うよ」
意識がもうろうとする中、頭上から森羅の声が聞こえる。
「その力があれば、きっとこれからの戦いを切り抜けられるはず。それでレイジくんの勝利の女神である、柊森羅ちゃんのもとにたどり着いてね!」
期待を込めた声色で
それを最後に彼女はレイジから離れていってしまう。しかしその足取りがふと止まった。
「……久遠おじさん、あたし頑張るから……。アポルオンの計画を今度こそおわらせて、あの時の
最後に森羅は万感の想いを込めて独り言を口に。
もう決して会えない人間へ伝えるかのように、悲しげに。
(――ダメだ……、もう意識が……)
彼女の言葉を最後に、レイジの意識は途切れるのであった。
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