第41話 ゆきの注告
どうやらレイジだけをご指名のようなので結月に目配せして、ゆきの話を聞きに行く。
「くおん、ゆきが直々に注告しといてあげるー。アラン・ライザバレットを追うなら、
ゆきは結月が部屋から出ていくのを確認し、話を切り出してきた。
「災禍の魔女?」
「まさか知らないー? はぁ……、これだから戦いだけの脳筋バカはぁ……。今の時代情報は最大の武器になるんだから、事前に調べとけよなぁ」
ゆきは肩すくめながら、残念そうな人を見る目を向けてくる。
「仕方ないだろ。そういうことは那由他に全部任せてるんだし。それでそのなんとかの魔女がなんだって?」
「災禍の魔女。その名の通り、
「へぇ、客人ね……」
「赤い髪の少女で、得体のしれない人物みたい。本当かどうか知らないけど、もしうわさが事実ならゆき以上、ううん、あの最強の電子の導き手であるアンノウンすら超えるかもぉ……」
アンノウン。それはSSランクの最上位であり、五本の指のトップに立つ最強の電子の導き手。その腕はゆきでさえ、負けを認めるほどであった。ただ身元や素顔など不明で、表舞台に一切顔を出さない。それはエデン内であっても同じで、もはや存在しているのかさえ疑わしく都市伝説なのではという意見もあった。だがゆきいわく実在するらしい。
「おいおい、ゆきだけでなくアンノウンも超えるとか……。そんな化け物があのアラン・ライザバレットについてるとしたら、相当ヤバイことになるだろ」
「それがもう、なってるんだよねぇ。ほら、
「なるほど。もっとクリフォトエリアの戦いを激化させようと、災禍の魔女を招いたってわけか。ははは、相変わらずはた迷惑な人だな。――ところでゼロアバターを創るのは電子の導き手的に、どれぐらい難しいんだ?」
「あのねぇ、難しいもなにも普通は無理。アレのありえないとこは、セフィロトの制約そのものに干渉してることなんだもん。そんなの世界中の電子の導き手を集めても、実現不可能って宣言するぐらいなんだからぁ」
ゆきは頭を抱え、あきれ口調で説明してくれる。
電子の導き手はシステムという名の概念を生み出すことができるが、一つ例外がある。それはセフィロトがさだめたシステムによる制約に、手を出せないということ。さすがに世界そのものがさだめたルールには、電子の導き手であろうと逆らえないのだ。
「そこまで特別なものだったのか、アレ? 痛覚遮断や情報流出を避けられるのはすごいが、戦力自体はほとんどないし」
「もぉ、どっからどう見てもおかしすぎるだろぉ。そもそもクリフォトエリアが生まれたのは、不正なデータを保管する代わりにそれ相応のリスクを与えたかったため。でもゼロアバターだと、痛覚も情報流出もほとんどなく、好き放題暴れられるようになってるんだよぉ。もう、リスクという制約を完全に無視してるー」
「確かに言われてみれば」
「こんなことできるのはパラダイムリベリオンみたいに、セフィロトにハッキングするしかない。ぶっちゃけ完全にチートだぁ。チート。もうあの事件を起こした本人じゃないかってレベル」
ゆきは考えるのもばからしいと、投げやりな考察をかたる。
どうやらゼロアバターの件は電子の導き手にとって、想像を絶するほどの一大事のようだ。
「しかも災禍の魔女の偉業は、まだあるんだぁ。とある政府のアーカイブポイントに一人で侵入し、厳重に保管されてたアーカイブスフィアのところまでたどり着いたんだってさぁ」
「なんだそれ? 政府のアーカイブポイントってどこも、軍がうようよ警備してる難攻不落の要塞だろ。それを一人で攻略って……」
政府のアーカイブポイントとなると、もはやそこらのアーカイブポイントと規模が違う。そこには政府のデーターのすべてが保管されているだけでなく、交通機関などのある一定以上の機械の制御権もあった。ゆえにもしここが狙われたならば、最悪国そのものが滅ぶ危険性があるのだ。そのため警備は厳重というレベルをはるかに通り越しており、どこも軍のエデン内での拠点が隣接しているのであった。
「ゆきだって本気で信じてない。セキュリティの網に一切引っかからずたどり着き、やっとのことで駆けつけてきた警備の人間を、黒い炎で焼き払ったとか意味不明なうわさぁ」
「ははは、ほんと馬鹿げたうわさだな。まあ、ようするにうわさの真偽はともかく、その災禍の魔女に気を付ければいいってことか」
あまりにもありえない話に笑うしかない。だが用心することに越したことはないので、ありがたくゆきの注告を受けとっておくことにした。
「ふっふーん、別にゆきのために、倒して来てくれてもいいからぁ!」
するとゆきが満面の笑みで、さらっとおそろしいことを口にする。
純粋に心配してくれていると思いきや、すべてはこの話をするための前置きだったみたいだ。ようするに災禍の魔女を強制ログアウトし、落とした情報を持ち帰ってこいという依頼である。
「まさかこの話をしたのは、それが狙いかよ」
「当たり前だぁ! もし事がうまくいけばゆきだって、災禍の魔女みたいなことできるかもしれないだろぉ! もうこの際アラン・ライザバレットなんか無視して、そっちの方を優先しろっていいたいぐらい! いや、むしろそうしやがれぇ、くおん!」
胸元近くで拳をぐっとにぎり、メラメラと闘志を燃やすゆき。
「おーい、ウワサ通りなら相手は得体のしれない化け物だぞー。そんな相手とやり合うのは、危険なんじゃないのか?」
「それがどうしたぁ? ゆきにとって直接危険が及ぶわけじゃないんだし、まったく問題ないよねぇ」
ゆきはかわいらしく小首をかしげながら、ひどい言葉を投げかけてくる。
そんなはっきりとした彼女の態度に、もはや苦笑するしかない。
「――はぁ……、わかった、わかった。やればいいんだろ。どうせ断っても依頼で強制だろうしな」
「うんうん! これは剣閃の魔女直々の依頼だから、拒否権なし!」
ゆきは楽しそうにレイジを指さし、命令してくる。
「相変わらずの人使いの荒さだな。少しはこっちの身になってほしいもんだ」
「まったくー、文句の多い男。ならやる気が出るように、ゆきがご
レイジの抗議に、ゆきはなにやらモジモジしながら上目づかいで提案を。そこには小さな子供が勇気を振り絞りお願いしてくるような、かわいらしさがあった。
「いや、普通に金でいいから」
「どうしてぇ!? あのゆきと友達になれるんだよぉ!?」
苦労に見合っていない報酬に対し正論を言うと、ゆきは信じられないといいたげに目を見開いてきた。
「恋人とかならまだしも、友達ってなんだ。友達って」
「――ま、まさか、ゆきに対してもっと甘いご褒美的なにかを、要求する気なのかぁ!? ゆ、ゆきの身体とかを……」
自身の肩をぎゅっと抱きしめ、顔を赤らめながら取り乱すゆき。
「あ、いいです。ガキの……、――いや、なんでもない。そうじゃなくて、友達って今までのオレたちと大して変わらないだろ」
彼女のまったく見当違いの発言に、思わず本音を口にしそうになるがなんとかこらえ事実を伝える。
「――へ? もしかしてゆきとくおんはもう、友達だったってこと……?」
するとゆきがハトが豆鉄砲をくらったような表情で、ちょこんと小首をかしげてきた。
「一応オレはそんな感覚だったぞ。ゆきって仕事と関係ないことでも連絡してきたり、呼んだりするしさ」
「――友達……。ふっふーん、仕方ない! くおんがそこまで言うなら特別に、そういうことにしといてあげるー! ありがたく思ってよねぇ!」
ゆきは相当うれしかったらしく、得意げになりながらもその口元はにやけていた。
「そりゃー、どうも。じゃあ、要件はもう済んだってことでいいな」
「待ってぇ。一応こっからが本題……」
レイジが立ち去ろうとすると、ゆきが呼び止めてきた。
そして彼女は魔女帽子を取り出しかぶった後、レイジに背を向ける。そして切実な口調で言葉を
「ゆ、ゆきはくおんのこと雑に扱ってるけど、本当は結構気に入ってるー。だ、だからこれからもゆきのために働いてぇ。でないと許さないもん……」
「ん? なんの話だ?」
「くおんが狩猟兵団に戻るかもしれないって話! そんなことになったら、会いづらくなるだろぉ!」
バッとレイジの方を振り返り、顔を真っ赤にしながら叫んでくるゆき。
「ああ、そういうことか」
どうやら光との話を、ガーディアンを通して聞いていたのだろう。戻ってきてほしいという話題だったので、それが気がかりになっていたようだ。
「まぁ! ゆきにしてみれば、くおんがどこに行こうが知ったことじゃないから、別にいいけどねぇ! 代わりなんていくらでもいるしー! ――さっ! これで話は終わりだから出ていってぇ!」
ゆきは最後にそう言い捨て、作業机の方へと歩いていってしまう。
「――ところで、ゆき。その帽子またかぶっちゃうんだな」
そんな彼女の後ろ姿に、安心させようと言葉をかける。
するとゆきは振り返り、怪訝そうな表情を向けてきた。
「――なんだよぉ、急に……」
「いや、結月も言ってたように、かわいい素顔を隠すのはもったいないと思ってさ」
「――くおんまで結月みたいなことを……。――というか、なんでこのタイミングでぇ?」
「ははは、これからの長い付き合いのことを考えたら、ふと思ったんだよ。どうせこき使われ続けるなら、帽子をとったかわいいゆきの方がいいってな」
「――あ……、ふっふふーん、、仕方ないなぁ。長い付き合いになるくおんのために、ここは優しいゆきが一肌脱いであげるー!」
ゆきは魔女帽子をとって、はにかんだ笑みを浮かべる。
どうやらレイジの言いたいことが、伝わったみたいだ。
「はい、これ、くおんにー!」
それから彼女はなにやら画面を出し操作しだした。そしてゆきは魔女帽子をレイジに向かって投げてきた。
なので魔女帽子をキャッチする。その瞬間この帽子の所有者権限が、レイジのものに切り替わった。
「え? 別にいらないんだが……」
「いいからぁ、いいからぁ。もってけぇ! いつか役に立つかもしれないし、大事にしまっておいてよぉ」
ゆきは軽い足取りで、作業用の席へと戻っていってしまった。
よくわからないが一応その帽子をアイテムストレージにしまい、レイジは部屋から出ていくことに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます