第42話 レイジの過去

 ゆきの作業部屋を出ると、廊下ろうかの方で結月が待ってくれていた

「もうゆきとの話しはおわったの?」

「ああ、あとはログアウトするだけだ。最後にこれまでのことで、なにか聞きたいことはあるか?」

「うーん、……じゃあ、一つだけいい? ――久遠くおんくんはどうして狩猟兵団を辞めて、このアイギスに入ったの?」

 結月はアゴに指を当てながら首をかしげ、レイジの核心にせまる質問を投げかけてくる。

「気になるか?」

「うん、光ちゃんとの会話からして、なにか複雑な事情があるのかなって……。一応、これはお節介みたいなものだから、久遠くんが話したくなければ別にいいからね」

 光との会話を結月も聞いていたはずなので、気になるのも当然のことだろう。彼女もゆきのように、レイジがアイギスから出ていってしまうのかもしれないと不安になっているのかもしれない。

 一瞬どうするか迷ったが、結局話すことにした。レイジ自身心の整理をしておきたかったので、ちょうどよかったから。

「――そうだな……。オレは九年前、ある女の子と約束をしたんだ。必ず再会して力になってあげるってさ……。そのためには力が必要だったから、狩猟兵団レイヴンに入り戦いに明け暮れてた」

 天井をあおぎ見ながら、レイジはかつての自身の過去を感慨深くかたる。

「でも結局、彼女のもとにたどり着けなかった……。手掛かりはなに一つなく、いくら力を手に入れても近づくことさえ叶わない日々……。そんな中、気付いてしまったんだ。――彼女にとって必要だったのは、狩猟兵団の破壊を目的にした力ではなく、きっとなにかを守るための力だったんじゃないかってな……」

 もしかするとこの間違いに気付けなかったことが、レイジの最大の敗因なのかもしれない。レイジに必要な力が、アリスの目指すべき道の果てにあると想ってしまったことが。気付いていればあそこまでアリスと一緒に、狂気の道へとちはしなかっただろう。

「それで久遠くんはどうしたの?」

「――ははは……、気付いた時にはすべてが遅く、どうすることもできなかった……。残された選択肢はもう、黒い双翼のやいばとして戦い、あいつと一緒にどこまでも堕ちていくだけ……」

「――それがアリスさん?」

「ああ、家族であり、大切な戦友だ……。アリスはいろいろ問題を抱えてて、九年前にオレはそんな彼女を救いたいと想ってしまった。約束した少女と決して相容あいいれない、真逆の立ち位置にいるにも関わらずに……。――そう、その時点でオレはあやまちを犯した。必ず二人の力になってやるという決意を、無知な子供ゆえにいだいてしまったんだ……」

 自嘲気味に笑いながら、レイジは言葉を続ける。 

「その結果がこのざまだ。相反する道は決してまじわらない。叶えることができるのは片方だけ。――だというのにオレは、二人に対する想いが強すぎて片方を諦めきれず、結局どちらも選べなくなってしまった……。――だから自分が納得できる答えを探すために、築き上げてきたすべてを捨てさまよってる真っ最中というわけだ。――ははは……、ほんと、どうしようもない話だよな……」

 ひたいに手を当てながら、力なく笑う。

「――そっか……、やっぱり久遠くんは私が思った通りの人だったんだね」

 そんなレイジの話を聞いて、結月はそっと目を閉じどこかうれしそうに伝えてきた。

「うん? どういう意味だ?」

「実は初め、久遠くんが元狩猟兵団の人って聞いて少し怖かったの。ほら、狩猟兵団ってエデン協会と違って、物騒なイメージがあるじゃない。だからうまくその人とやっていけるのか、不安だった」

 結月は視線をそらしながら、少し申し訳なさそうに告白してくる。

「ははは、結月の反応は普通だ。狩猟兵団なんて好き放題暴れまくる、無法者だしな。でも初めて結月と会った時、そこまで怖がってなかった気が?」

 相手が狩猟兵団だと聞くと、普通は警戒の一つや二つするもの。それほどまでに狩猟兵団はいいイメージがないといっていい。だが彼女はレイジに対し戸惑う感じを見せず、逆に親しげに話しかけてきていたので少し不思議に思っていたのだ。

 すると結月はレイジに真っ直ぐなまなざしを向け、答えてくる。

「それは久遠くんを一目見て、この人は大丈夫だって思ったから」

「え?」

 その答えに、レイジはあぜんとするしかない。

 彼女の口調にはごまかしや冗談など一切なく、真剣そのもの。そこには結月の嘘偽りない、本心が込められていたといってよかった。

「あはは、自分でもよくわからないけどそう思っちゃった! ――この人は自分のためでなく、誰かのために戦ってる優しい人。だからきっとうまくやっていけるってね!」

 結月は自身の胸に手を当て、ほがらかにほほえみながらウィンクしてくる。

「一目見ただけで、そんなことまでわかるものなのか?」

「うーん、なんだろ。たぶん親近感なのかな。戦う理由が同じ者同士のシンパシーみたいな」

 あごに指を当て、首をかしげる結月。

「結月が戦う理由?」

「うん、私が戦う理由もある女の子のためだから……。あの子の理想を叶えてあげたい。そばでずっと支えていたい。そのためにアイギスに入ることを決めたの……」

 結月は祈るように手を組み、万感の思いを込めてかたる。そのはるか彼方かなたを見詰めるような視線は、きっとその女の子の理想を見ているのだろう。心から叶ってほしいという想いが、ヒシヒシと伝わってきた。

「それがあのお方って呼ばれてる人なんだよな?」

「そうよ。本当はすごく身分の高い人なんだけど、えんあって友達になったんだ。私にとって大切な親友……」

 胸元を両手でぎゅっと押さえ、どこか満ち足りたように笑う結月。

 その雰囲気から、どれだけ相手側の女の子を大切に思っているのかがわかってしまう。今まで普通の学生として生きてきた女の子を、戦場にり立てるほどなのだから相当なもののはず。これには素直に関心せざるを得ない。

「結月ってすごいんだな。その子のために、こんな危ない世界へと足を踏み入れたんだから」

「それなら久遠くんも同じでしょ? 大切な人の力になるために、戦いの道を選んだんだもの。だから私がすごいなら、二人分背負ってる久遠くんはもっとすごいよ! うん、これはあれだね。同じこころざしを持つ者同士ということで、力になってあげないと!」

 結月はレイジの手を包むようにつかみ、慈愛に満ちたほほえみを向けてくれる。

 それはさっきレイジが言った、どうしようもないという言葉を打ち消すように。

「――ありがとな、結月。なんかそう言ってもらえると、気が楽になるよ」

「私たちは仲間なんだから、これぐらい当然よ!」

「ははは、となると仲間として、オレも結月を手伝わないといけないな。このアイギスで戦っていれば、その子の理想が叶うんだろ? なら全力で手を貸すよ」

 胸板をこぶしでトンっとたたき、力強く笑った。

「――えっと……、それはこれからも、久遠くんがアイギスで戦ってくれるということでいいのよね?」

「安心してくれ。オレが今第一にやらないといけないことは、約束した女の子との再会を果たすこと。そしてその一番の近道が、アイギスで戦っていくことだと思うんだ。きっとここでなら、あの子が言っていた力に近づけるはずだからさ……。――まっ、そういうわけで、まだアイギスを出ていくわけにはいかないんだ」

 おずおずたずねてくる結月に、はっきり明言してやる。

 そう、このアイギスでならばカノンが言っていたであろう、守るための力が手に入る気がした。そうなれば彼女に少しでも近づけるはず。ゆえにレイジはレイヴンでなく、アイギスで戦うべきなのだ。

「あはは、よかったぁ。それじゃあ、しばらくは一緒にいられるのね!」

 結月はほっと胸をなでおろし、一緒にいられることを心から喜んでくれる。

「ああ、よっぽどのことがない限りはここにいるよ。だから安心してくれ」

「それで十分よ。お互い頑張ろうね!」

「そうだな。お互い大切な人のために」

 レイジと結月は自分たちが目指す道を見すえながら、ほほえみ合う。

 そして二人でログアウト設定をし、現実のアイギスの事務所へと戻るのであった。

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