第23話 結月とデート

 レイジと結月はスクランブル交差点を進み、適当に街中を散策していた。

 見渡すと行きかう多くの人々の姿が。そしてそんな彼を出迎える、圧倒的なラインナップを誇るお店の数々が。それはエデン用の服や小物、インテリアだったり、書籍や映像データ、ゲームだったり様々。人々の多種多様なニーズに合わせた専門店が立ち並んでいるのだ。もちろん売っているものはエデン用のアイテムだけでなく現実の品々もあり、実物を見ながらネットショッピングを楽しめるのである。さらにあるのはショップだけでなく、娯楽施設も充実。カラオケやゲームセンター、映画館といった定番のものから、身体を動かすスポーツ施設やアスレチック、プールや中にはテーマパークまでも。ほかにも手軽に借りられるイベント会場やテナントなどもあり、数えだしたらもはやきりがないほどであった。

(ふむ、さすがに大通りは人でいっぱいだな。レクチャーするなら、もう少し落ち着いた場所に移動するべきか)

 ふと視線を横道に移すと、その先には湖がある緑豊かな広場があった。

 メインエリアは基本こんな感じで、お店や娯楽施設がずらりと立ち並んでいる。だがそれだけではなく、広場や大きな公園といったのんびりできる場所も多数用意されていた。というのもエデンには直接データに触れて、より効率的な作業をするという側面があるから。よって居住スペースで部屋を借りたり、ビジネスゾーンのオフィスを使わなくても作業できるような、落ち着いて作業できる場所がかなりの頻度で見かけられるのだ。あとその関係上、街中には喫茶店やおしゃれなカフェがところどころにあり、中には作業に集中できる図書館みたいな施設も完備されていた。なので街中でシッピングや遊んだりして楽しむのもよし、好きな場所で作業するのもよしと、もはや人々にとってはなじみの深いエリア。それがメインエリアなのである。

 そんな街中は解放感を重視した、近未来ふうになっていた。ここは現実ではないので物理法則など簡単に無視できる。そのため建物の構造や外観はどうとでもなり、様々なコンセプトやその店にあったおしゃれで目を見張る形に。街路の方も平面ではなく、空中に渡り廊下を張りめぐらせることで立体的な感じになっているのだ。さらにいたるところに木々や芝生が設置され緑豊かになっており、噴水や見て楽しめるオブジェの数々なども。あとは街中に宙に映し出された映像や画像が色どり、より近未来感を出していた。ちなみにメインエリア街中は、その国や地方の特色に合わせた仕様になっていることもあり、そういったところでも楽しめる工夫がいろいろされていた。

「やっぱりこの場所はいつ来ても飽きないね! エデン用の服や小物とかなんでもそろってて、いくらでもショッピングを楽しめるもの!」

 結月はタッタッタッと前に出て、くるりと回りながらレイジの方へと振り返る。そして両腕を横に広げ、目をキラキラさせていた。

「結月はよくここを利用するのか?」

「うん、結構来るよ。エデン用のアイテムって現実のと比べるとかなり安いし、たくさん種類があって買い物しがいがあるのよねー。――あ! あれなんてかわいいと思わない!」

 さっきから結月は歩きながらも展示してある服や小物類を見て、あれがかわいいなど実に女の子らしい反応を見せていた。

 店の構造は現実の店とほとんど変わらず売り物が置かれていて、ほしいものがあればその場で購入画面のボタンを押すという流れ。その品ぞろえは店によって様々。しかもその店だけの限定品やセールなど、人々がよりショッピングを楽しめるようにいろいろな工夫がなされているのだ。こういった店はシステムがすべての手続きをやってくれるので従業員が必要なく、いくらでも店を増やせるらしい。

「――あ、ごめん、久遠くおんくん。今は仕事中だったよね。それなのに私ったらつい、休日みたいなノリで……」

 はっと我に返り、頭をかきながら申し訳なさそうにする結月。

「いや、最近アイギスの仕事で忙しくて、ろくに休めてなかったからいい気分転換になってるよ。それに女の子とデートしてるみたいな、貴重な体験をさせてもらってるわけだし文句なんてあるはずないさ」

「で、デート!? そういえば私、男の子と二人きりで街を歩いて……。ど、どうしよう!? これってなんかデートっぽい!? で、でもこれは仕事だし、久遠くんは同僚みたいなものだから……。う、うん、大丈夫……。――だ、だけど別に久遠くんとなら……、ってなに言ってるの私!?」

 結月はほおに両手を当て、かぁーっと顔を真っ赤に染め始める。そしてもだえたり、納得したり、さらにはツッコミだしたりいろいろと大変そうであった。

「どうした、結月? なんか顔が赤いけど、もしかして熱でも」

「ち、違うの! うん、大丈夫だから! そんなことよりもエデン協会のライセンスってすごいよね! エデンで売ってる物の、ほとんどを割引してくれるんだもの! あはは!」

 結月は両手を振って、必死に否定を。そしてこの話題をごまかすためか、すごい勢いでライセンスについて同意を求めてきた。

「――ああ、エデン協会の人間を増やすために、こういった様々なメリットを用意してるって話だったはずだ。そういえば結月はライセンスをもう取りに行ったのか?」

「――ふう……、え? ああ、ライセンスの話ね! まだよ。でもさっき那由他なゆたから連絡があって、登録してくれたみたい。だから、はい、これが私のライセンス」

 結月は落ち着きを取り戻したのか息を整えて、自身の手前でボタンを押すような仕草を。すると空中に様々な選択画面が出てきた。それを結月は手を使わずに、目視で操作。自分のライセンスを表示した画面を、レイジに見せてくる。

 これは第二世代が、現実でターミナルデバイスを脳波操作するのと同じような感じだ。一応エデン内であれば、第一世代でも意識の焦点を合わせることで操作が可能という。しかし演算力に特化した第二世代と比べると、その効率にはかなりの差が。あと慣れない人は手動で操作することが多いらしい。

「おいおい、なんでもうBランクなんだ……」

 そんな見慣れたエデン協会のライセンスがあったのだが、しかし一つ見過ごせないことが。本来ライセンスを取った場合Eランクから始まるのだが、おかしなことに結月のはBランク。これは依頼をこなしていくことで上がっていき、高いほど上位レベルの依頼が来たり、サポートが手厚くなったりする。

 ランクの方はEから始まり最高がSSまでの七段階の形態をとっており、狩猟兵団もこれと同じランク制をとっていた。Cランクでようやく普通。Bランクで中の上。Aランクからは上位クラスとなっていて後はS、SSランクという流れだ。最上位のSSランクとなると数十人程度しかおらず、もはやその力量は化け物レベルといってよかった。

 ちなみにレイジと那由他はEランクから始まり、この一年でAランクまで上げたのである。

「これ……? ええと、ランクが高い方がいろいろと都合がいいからって、登録するついでに上げといてくれたみたい……、あはは……」

「――ははは……、相変わらず那由他はなんでもありだな……。こんなの白神しらかみコンシェルンのコネでもないと、絶対無理なはずなのに……」

 二人で引きつった笑みを浮かべるしかない。

「これってさすがにやばいよね……。本当にいいのかな……」

「まあ、那由他のことだから大丈夫だろ。あと、この件はあまり深く関わらない方がいい気がする」

 レイジと結月は那由他の恐ろしさを改めて実感し、これ以上の詮索せんさくはやめておこうと同意する。

 お互い引き気味になっていると、結月が急に話題を変えてきてくれた。

「あはは……、そうかも……。――ところで久遠くんって休日はどうしてるの?」

「ん、休日か……。――とはいってもオレの場合は那由他やレーシス、これから会いに行くやつとかによく呼び出されるからな……。まあ、しいてあげるならクリフォトエリアの街でぶらぶらするぐらいだ」

 一応休日はあるのだが、急用の仕事が入ったと那由他から呼び出されることがけっこうあるのだ。しかもレーシスの仕事の手伝いや、剣閃けんせんの魔女のお使いなどまで入ってくるのでなかなか休めないのであった。

「へえー、クリフォトエリアの街。どんなところなの? すごく興味ある!」

 結月は興味津々とたずねてくる。

 おそらくメインエリアみたいな街を想像して、自分も行ってみたいと思っているのだろう。しかし期待させて悪いのだが実際はそんなまともなところではないので、心苦しくなりながらも説明してやった。

「――いや、結月が想像してるようなものじゃないと思うぞ。あそこはいわば無法地帯の街だ。いかにもあやしげな店ばっかで、ケンカとか日常茶万事。狩猟兵団やマフィアみたいな裏の世界の人間がうようよいる場所だ」

「え? なんでそんな物騒なところに?」

 さっきまで以上に食いついてきた結月だが、顔をひきつらせる。

「ははは、オレって元狩猟兵団の人間だから、ああいうところが合うんだ。り出し物が多かったり、情報屋からいろいろ聞けたりして案外楽しいし。あとケンカを売ってきた相手を、返り討ちにするってのもあるな」

 クリフォトエリアのあちこちにある特殊な街には様々な人間が集まり、商売などもさかん。ここで手に入るのはエデンで用意されている物ではなく、個人が用意した様々な改造がほどこされた武器やアイテム、乗り物などが多い。さらに情報に関しては今の時代高値で取引されるので、情報屋がよく集まっているのだ。なのでアイギスの仕事やレーシスに付き合わされたりして、情報収集に出向いたりもしていた。

「――ねえ、久遠くん……。キミはもう少し、遊ぶということを知った方がいいと思う。普通私たちの年代はメインエリアを散策さんさくしたり、サーバーエリアでゲームしたりとかなんだからね」

 結月は真剣なまなざしを向け、やさしくさとしてくる。

 サーバーエリアは作業をする場所ではなく、エデンという電子の世界を利用したオンラインゲームなどの娯楽を第一とした場所。ここは遊ぶための世界が広がったサーバーが、各ゲームごとに用意されているのだ。入って遊ぶためには、現実やエデンでそのゲームのアクセス権限を買う。それによりやっとそのサーバーに入ることができ、ゲームを楽しめるという仕組みだ。ちなみにこのエリアでのアバターはほかのエリアと違い、好きなようにいじれるようになっているので、本人と同じ姿にしなくて済むのであった。

 サーバーエリアの構造を説明すると、ほかのエリアはコピーした地球上にあるのに対し、この場所は宇宙そのもの。そして各ゲームなどのサーバーが、サーバーエリアという宇宙に漂う星々といった感じ。そのため人々はゲームをする時、サーバーエリアの検索らんからやりたいゲームのサーバーを探して座標を打ち込み、地上からその星々へと飛ぶみたいな感じであった。

「そういえばサーバーエリアって行ったことがなかったな」

「はぁ!? 久遠くんって本当に私と同い年!? カラオケは!? ゲームや漫画とか買ったことある!? あと……」

 レイジのふと口にした発言に、結月は目を丸くする。そして胸倉をつかんできそうな勢いでグイグイ詰め寄り、問いただしてきた。

「――いや、たぶん結月が言ってることは、ほとんどやったことがないかな……。ははは……、今思い返せばオレって、昔から戦いのことに関してしか……」

 カノンのためにずっと力を求めていたので、時間があれば鍛錬たんれんをしていたのである。さらに戦友のアリスは戦いのことにしか基本興味のない、極度の戦闘狂。そのため休日も当たり前のように依頼を引き受けてきたり、共にクリフォトエリアの街で暴れたりしていたのだ。

「あはは、そっか、そっか! ねえ、久遠くん!」

 結月は顔をグイッとレイジの方へと近づけ、にっこり微笑んでくる。ただ笑っているはずなのに、その気迫に満ちた雰囲気はいったいなんなのだろうか。

 それゆえにレイジの自然と口にする言葉が、敬語になってしまう。

「――ええと……、なんでしょうか、結月さん……」

「今度から久遠くんの休日は、私に付き合ってもらうからね! いろんなところに連れまわしてあげるから、覚悟しとくように!」

 レイジの肩をがっしりつかみ、力強く宣言してくる結月。

「いやいや、さすがに結月の休日も潰すし、オレはこのままで十分だから……」

「問答無用よ! さすがにこんな久遠くんを放っておくことはできません! あと私の想像以上に常識がかけ離れてるみたいだから、私がついて行ってしっかりフォローしてあげる。――さあ、そうと決まればこれから忙しくなりそうね。――ええと、まずは休日にどこで遊ぶかよね?」

 結月は有無を言わさない勢いで、勝手に話を進めていく。そして腕を組みながらアゴに指を当て、首をひねりだした。

 どうやらレイジのあまりの境遇きょうぐうをかいま見て、心配してくれているようだ。きっと今までほとんど遊んでこなかったレイジに、少しでも遊ぶということを教えてやりたいのだろう。その心優しい気持ちは非常に嬉しいのだが、今の結月の感じだといきなり難易度の高いもので荒治療してきそうで少し戸惑いを隠せない。それに結月はこれからアイギスの仕事と、学生としての勉学を両立しなければならない。しかも片桐家のご令嬢としての立場もあるので、彼女を付き合わせるのはいろいろと心苦しかった。

(やばい!? これはマジの目だ。さすがに付き合わせるのはわるいし、かくなる上は……)

 気圧されながらも、なんとか頭をフル回転させ打開策を思いつく。

「――な、なるほど! つまりデートの誘いというわけか。よし、それなら喜んで付き合おう!」

「はあ!? ち、ちっ、違います! わ、私は単に久遠くんのことがほっとけないだけで!? ――そ、それだけで別にデートなんかじゃ……」

 すると結月は胸元近くで腕をブンブン振り、取り乱しながら否定を。それから手をモジモジさせ、うつむいてしまう。

「ははは」

 初めはごまかそうとするのが目的だったのだが、そのあまりのほほえましい反応に思わず笑ってしまっていた。

「――あ、そこ! なに笑ってるのよ!?」

「いや結月の反応が面白くてさ。いつも那由他とかにからかわれてばっかだったから、すごく新鮮なんだ。やっぱり結月こそ、オレがアイギスに入ってほしかった人材だ」

「それって絶対、私にとって失礼な理由だよね!? ――もう、こっちはまじめな話をしてるのに……」

 かわいらしくほおを膨らませる結月。

「ははは、わるいわるい。さて、そろそろクリフォトエリアに向かうとするか。こっちに来てくれ、結月」

 軽く話を流しながら、結月を誰もいないひっそりとした路地裏の方へと誘導する。

「今、行くよ。――あれ、でもなんかうまく話をそらされたような……」

「よし、座標移動の設定をしたから行くぞ。剣閃けんせんの魔女の方にも、今から行くって連絡入れたし準備万端だ」

 首をかしげる結月をスルーして、話をどんどん進めていく。

 剣閃の魔女に今から向かうとメールを送り、クリフォトエリアの目的地点へ座標移動する準備を整えた。この座標移動とはその名の通り、エデンで行きたいところの座標を打ち込んで、目的地に一瞬で向かうことをいう。わかりやすく説明すると、ワープするといった感じだ。

「ちょっと、待って! 私まだなにも説明を受けてないんだけど!?」

 あわててレイジへと手を伸ばし、うったえてくる結月。

「あー、そのことなんだが実際に見て感じてもらった方が手っ取り早そうだから、先に行こうと思う。――まあ向こうでなにがあっても、オレが結月を絶対守り通してみせるから安心してくれ!」

 ドンと胸をたたき、かっこよく宣言する。

「――ねえ、かっこいいこと言って誤魔化してない? 実は久遠くんってかなりいい加減な性格をした、困った人なんじゃ……」

 すると結月はジト目で、レイジのことをいろいろ見透かしてくる。

「いいから、いいから、さあ、行こう!」

「わっ!?」

 そんな彼女の手をとって、レイジはクリフォトエリアへの座標移動を開始したのであった。


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