モササウルスとの出会い

 ティラノサウルス、トリケラトプス、モササウルス、ディメトロドン、ダンクルオステウス、ウミサソリ……

 絶滅した昔の生き物たちが世界中で確認されるようになったのは、僕が生まれる十年ぐらい前、2010年代前半の頃と言われる。なぜ彼らが突然姿を現したのかは、未だ分かっていないらしい。

 今ではそうした生き物たちの個体数は徐々に減っていて、緩やかに絶滅の道を歩んでいるそうだ。体の大きな動物はそれだけ数が増えづらい。その上、各国は有害鳥獣として、あるいは研究のため……という理由で大規模な捕獲作戦を行っていて、そのことで彼らは再び地球上から姿を消そうとしている。

 

 最初にこの場所でモササウルスが姿を現したのは、僕が十歳の頃の夏だった。大型の肉食動物で、サメのように人を襲う可能性がある。そのため海はただちに遊泳禁止になり、自衛隊による捕獲作戦が実行された。しかし残念ながらモササウルスはどこかに姿を消してしまい、捕獲は失敗に終わった。

 恐竜などの絶滅した生き物に対しては、僕も興味を持っていた。けれども彼らによって海で泳ぐという楽しみが奪われたのは何とも複雑な想いだったし、何より残念でもある。海開きがされなくなったことがあまりにも残念で、夏休みが始まっても僕は家にこもってばかりだった。

 そんな僕が外に出かけたのは、うちに来ていた従姉に連れ出されたからであった。


「モササウルスって何?」


 砂浜のすぐ外のベンチに腰掛けた僕は、隣に座る優佳里ゆかりさんに訪ねた。優佳里さんは僕の従姉で、頭の良い高校に通っているらしい。そう遠くない場所に住んでいて、時折伯父夫婦と一緒にうちに来たり、反対に僕らの一家が向こうにお邪魔したりする。彼女は生き物のことに詳しくて、僕は色々なことを教わっていた。

 そんな優佳里さんは、「モササウルス一緒に見に行かない?」と僕を誘ってきた。優佳里さんの誘いなら、何だって嬉しかった。


「白亜紀の海に生息していた爬虫類だよ。ティラノサウルスと同じ時代の生き物だね」

「へぇ、それってサメとどっちが強いの?」

「サメなんか比べ物にならないよ。この間一緒に見た「ジョーズ」のホホジロザメは八メートルぐらいだけど、モササウルスは大人になれば十五メートルは軽く超えるんだからさ」


 優佳里さんは垂れ気味の優しげな目をきらきらさせながら、恐ろしい巨大生物のことを楽しそうに語っていた。普段の知的な様子が一転、がらりと子どもじみた熱狂を見せるのは、何とも面白い。


「そんなすごい恐竜が海にいるんだぁ」

「ああ、モササウルスは恐竜じゃないよ」

「え、ちがうの?」

「モササウルスは爬虫類で、トカゲとかヘビの仲間なんだよ。でも恐竜は爬虫類じゃないんだ」

「なるほど」


 優佳里さんは凄い。生き物のことなら何でも知っている。いや、流石に何でもっていうことはないだろうけど、まだちびっ子だった僕にとっては博士のような存在だった。

 

「それにして、こんな田舎にモササウルスがやってきてくれるとはねぇ……嬉しいったらありはしない」


 優佳里さんは視線を海の方へと移し、白波を立てる青い海をうっとりと眺めていた。そうすると、天が空気を読んだのか、海面から、が姿を現した。

 白波を立てる青い海――その水面から、濃い灰色の体をして、ワニのように口の裂けた大きな生き物が半身を突き出してきたのだ。遠くからでもよく見えるぐらいだから、かなりの巨体をしている。


 ――あれこそが、モササウルスだ。

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