路地裏の咆哮~zakuro vs crow~
北山双
第1話
夏の日は休日の街を白く照す。
その中に一つ、黒い姿が在った。
黒衣に黒い日傘の女。珍しくもない。
人々は目もくれず、日傘の隙から黒光りする物が見え隠れするのに気づかない。
女はオフィス街に差し掛かった。人影の代わりに数羽のカラスがうろついている。
ふいに一羽が大きく鳴いた。
ちらりとそれを見やり、女はビルの間に姿を消した。
ビルの間に、向こう側からの光を遮る影が在った。
身の丈2mはあろうか。
季節外れな長衣は赤く汚れ、裂けた袖からゴツゴツと節くれた手が覗く。
頭はザクロのように爆ぜ、脂ぎった傷口から漂うすえた臭いが、風体と共に奇怪な空気を醸している。
黒衣の女は低く掠れた声で言った。
「ここは我らが庭。余所者は去れ」
ザクロの女は首を傾げ、歪んだ声で笑い出した。我らが庭?そんな物知らぬ、と。
黒衣の女は静かに日傘を畳んだ。
その顔は艶やかな黒羽に覆われ、青みを帯びた黒い双眸の下から、太く鋭い嘴が伸びている。
カラスの如き異相だ。
日に雲がかかり始めた。
微かにあった風が、ひた、と止まる。
唸り声を上げ、ザクロ女が駆けた。巨大な手が重い一撃を放つ。
カラス女は退きつつ、ビルの壁を蹴ってザクロ女の頭上に飛び上がった。振り仰いだザクロ女は、突き込まれる傘をむんずと掴み地へ叩きつける。割れた道路に傘がめり込む。
カラス女は宙空で身を翻し、地に着いた両の足に力を込め一直線に嘴を繰り出した。
仰け反ったザクロ女の鼻先を嘴がかすめる。ザクロ女は後ろに一歩踏み込み反動をつけ、両手をカラス女へ振り下ろした。
果実が潰れる様な音。
黒い塊が転がる。
振り向いたカラス女は、潰された同胞の姿に呻いた。
いつの間にか、ビルの間の空を埋める程のカラスがザクロ女を見下ろしていた。
遠くの空が蒼く閃き、雷鳴が鳴り響く。
同時にカラスたちが豪雨の如く襲いかかってくる。
いくら振り払ってもキリがない。
ザクロ女は歯ぎしりし、マンホールの蓋を引き剥がして群れへ投げつけると地下へと降りていった。
雷鳴が近づいてきている。
カラス達は路上を黒く染め、静かに同胞を抱き上げるカラス女を見つめている。
まだ温かな血と、女の目から溢れた黒い涙が滴り落ちる。
血と涙は、降りだした雨に混じって、マンホールの下へと流れ落ちていった。
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