第37話 質問の答え(前編)
「違うって何がだ、アルス?」
「黙って聞いてりゃあさっきから。お前ら二人とも論点がズレズレなんだよ」
アルスは厳しい表情でかぶりを振ると、僕に質問を浴びせてきた。
「え? そうか?」
「自覚がないなら俺の質問に答えろ。まずは『脳裏に浮かぶ遠い日の記憶、果たしてそれは真実か偽りか』から。お前はイグニスとしてフロースと同じ時間を過ごし、フロースもまたお前をイグニスと思い込んで頼ってきた。その時、お前は自分がフロースに求められていることを実感していたか?」
「どういう意味?」
「いいから答えろ」
「……実感出来ていた」
「どうしてそう言える?」
「なんでそう疑り深いんだよ?」
「理由まではなかなか言えないだろうな。何故か。これも簡単。お前が今嘘をついたからだ。お前は今、イグニスと思い込んで一緒に過ごしてきた過去に罪悪感を覚え、もうフロースには必要とされていないという気持ちが強くなってしまっている。だから、過去の自分ですら信じることが出来なくなった」
「だって、あの時は何も知らなかったから」
「論点を間違えるな。真実が覆い隠されていたかどうかは前提条件には入らない。お前があの当時のことを本当にあった事実として思い出せるのか訊いてるんだ。思い出せないだろ。思い出せてもあんまり感情移入出来なくなってるだろ」
「それは、なんていうか……」
「はあ、まどろっこしい。だったら俺が代わりに答えを言ってやる。お前がフロースに必要とされていた記憶は真実だ。何故なら俺が目撃していたから」
それが理由?
僕の気持ちは僕にしかわからないはずだ。一緒にいたからってわかった気になるなよ。
「次。『人に激しく恋い焦がれる気持ち、果たしてそれは愛か狂気か』。お前はフロースに恋い焦がれているよな。その気持ちは愛と狂気、どっちだと思う?」
「愛?」
「作り物の分際で? フロースは本物のイグニスを求めていた。本物のイグニスもフロースを求めていた。ガチガチな二人、既に幸せだと知ってもお前はフロースを求めた。フロースの気持ちなんてこれっぽっちも考えずに。その気持ち、本当に愛って呼べるのか?」
「……わからない」
「認めたくないなら認めさせてやる。お前の気持ちは狂気だ。嫉妬に燃えた末のワガママ。俺は知ってるぞ。お前はイグニスに強く憧れていた。強さも優しさも、全て欲しいと思った。だからフロースのことが欲しくなったんだろ? 愛情なんてこれっぽっちもなかった」
なんでそんな風に否定されなきゃいけないんだよ?
確かにイグニスに嫉妬してた部分もあるけど、愛情がゼロだったなんてことはない!
……多分。
「最後。『寿命を超えて脈打つ命、果たしてそれは重いか軽いか』。お前は魔神カエルムに使い捨てにされ、心臓のない不完全の体で、フロースにも気味悪がられていた。でも一方で二回もイリスによって蘇らせてもらっている。単刀直入に聞く。お前の命は重いか、軽いか」
「わからないよ。何と比べて重いかとか」
「じゃあ例えば、俺より軽いかどうか」
「それなら僕の方が軽いに決まっているだろう」
「どうして?」
「作り物の僕なんていなくても、誰も困らない」
「その理由は有効とは言えないな。俺だって神霊のそばに漂っているだけで何かしてるわけじゃない。もう一度訊く。お前の命と俺の命、どっちの方が重い?」
矢継ぎ早に質問してくるアルスに僕はたじたじになってしまった。
アルスがどんどんアルスらしくなくなっていく気がする。顔つきも別人のようにきつい。
これがイタクラ ユウヤなのか? アルスに戻ってくれよ。
僕はユウヤじゃなくて、アルスと話がしたくてここに来たのに。
「さっきからわからないばっかだな、お前は。俺が決めてやんないと何にも決められやしない。しょうがない。三つ目の質問も俺が代わりに答えてやるよ。お前の命は重い。きっとこの世界全体で一位二位を争うほどに。何故なら、こんなに神霊三羽に守られてきた命は他にはないから。以上、終わり。ツバサが残した三つの疑問、解決しました。きっとこれでステラはフロースを諦め、フロースの呪いも解けるでしょう。はい、お疲れ様でした」
アルスは言い切って拍手した。パンパンと乾いた音が僕の胸の中で渦巻く虚しさを際立たせた。
そうじゃない。そんな風に答えが欲しいんじゃないんだ! ただ、自分の頭で考えて、このモヤモヤとした気持ちを納得させたいだけで、こんな風に誰かに無理矢理答えを押しつけられるやり方は嫌なんだ!
パン、アルスが大きく手を叩いたかと思うと拍手をやめた。それから、急にいつもの笑顔になって、なんてなとおどけた。
「わかっただろ」
「え? な、何が?」
「何ビビってんだよ。俺の学生時代の教授なんてもっときつかったぞ」
「そりゃあ、大変だったな……」
「まぁそれはいいから、説明してやるよ。俺が言いたいのは、ツバサが残した三つの疑問は本質じゃないってことだ。重要なのは、なんでそんなことを疑問に思うようになったかだろ」
「疑問を持った理由……?」
「ああ。疑問に思うってことは何か悩みがあったはずだ。さっき俺がしたように疑問自体の答えはどうとでも導き出せるけど、悩みを解決出来る内容じゃないと意味がないだろ?」
それを教えるためにあんなズケズケ質問攻めの嫌な奴を演じていたのか。全く、冷や冷やさせるな。
「それに、俺が思うにステラは自分なりの答えを得ていると思うぜ。じゃなきゃ〈
「そうなのか」
「ああ。だからステラの暴走は〈
「その天秤なんとかっていうの、結局よくわからないんだけど……」
「ああ……この理論はちょっと独特だからな。物凄く噛み砕いて言うなら、人の命の価値ってのは見る人によって変わるってことだ。俺にとってフロースはそれほど大事じゃないが、お前からすれば自分を消してでも助けたい相手だった。そうやって命の価値は揺らぐっていうのを理論的に証明しようとした、わりと非常識な理論なんだよ」
確かにアルスの説明を聞いてる限り、理科って感じがしない気がする。
どちらかというと道徳のような……哲学っていう方が正しいのか?
「ああ、なんで俺はあんなことをツバサに……。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ!」
「アルス? 何をごちゃごちゃと言ってるんだ?」
アルスは興奮しきった様子で、ペンナの肩を掴んだ。
「俺のせいで苦しんだんだろ? 自分の命の価値がわからなくて、俺の命の価値もわからなくて、一人で悩み続けてたんだろ?」
「私に聞かれてもね? 私はツバサじゃないんだし」
「ツバサじゃなくてもあいつの記憶はそこにあるんだろ? 教えてくれ!」
「そんなこと言われても、ツバサの精神はここにはないし。ツバサのことはツバサに聞かないと」
「そっか……そりゃあそうだ。記憶が同じでも、精神が同じでも、別人なんだから……」
アルスは落ち着きなく同じ場所をぐるぐると歩き始めた。
「俺、ツバサのところに行かないと! 全部俺のせいなんだ。俺がツバサにツバサの命の重さはどれくらいだなんて無神経な問題を出したから。元を辿ればステラが暴走したのだって……!」
「なあアルス、少し落ち着けよ。ツバサに謝るって言ったって、今は眠ってるんだろ? それに、ペンナ達がツバサから記憶も精神も抜き取っちゃってるんだから、話してもわからないかもしれないじゃないか」
アルスはハッとした表情を浮かべて、もう一度ペンナに歩み寄った。
「だったら、ツバサを目覚めさせてくれ。出来るんだろ?」
「私一人じゃあ無理よ。さっきも言ったけど、私達はツバサの要素を三羽で分担して持ってるから、イリスとステラの協力が要るの。イリスは協力してくれるでしょうけど、ステラは今あの状態だし……」
「何とかならないのか? 同じ神霊なんだろ? なぁ!」
「そんなこと言われてもね。魔神族のフロースに神霊の力が合わさっちゃあ、いくら私でも勝ち目はないかな」
「クソ! ツバサの悩みが解決すればステラの暴走は止まることがわかってるのに! ステラの暴走を止めなきゃツバサを目覚めさせられないって、どうにもならないじゃないか!」
「なあ、僕、一つ思ったんだけど……」
僕はおずおずと手をあげて言った。
「僕が記憶を取り戻していった時に、妖霊が次々と抜けていっただろ? それも七羽完全に。だったらフロースからもそうやってステラを追い出すことは出来るんじゃないか?」
アルスとペンナが驚いて目を見開いて、顔を見合わせた。
「それだ。フロースからステラさえ離れれば殺戮も止まるし、ツバサも目覚めさせられる。全部解決するぞ」
「けど、肝心の追い出し方がわからないぞ?」
「それはお前が考えてみてくれ。俺よりお前の方が妖霊が抜ける条件はわかるはずだ。俺は〈
言うや否や、アルスは羽を広げて〈
残像のように一枚の羽が虚しく宙を舞っていた。なんだか、アルスが急に遠い存在になってしまった気分だ。
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