第20話 狼の王(後編)
召使が一人、ただならぬ様子で王室に駆け込んでくる。彼の言葉にその場にいた全員が凍りついた。
「魔神カエルム卿のご来訪です。国王陛下との謁見をご希望ですが、いかがいたしましょう?」
「確認を取る必要はない。〈
いかにも悪者っぽい声が聞こえたかと思うと、重々しい扉が開かれた。
尖った襟の服を着た男がニタニタと笑みを浮かべて立っていた。
この人が魔国の王、フロースの父親か。
カエルムの進行を止めようとしたのだろう。一人の召使が彼の腕の中で息絶えていた。カエルムが手を離すと召使は倒れ、衝撃で頭部の一部が砂となって地面に散らばった。
「殺したのか?」
「手が滑ってしまった。いくら責務を全うしたいからといって、体に触れてくるのはマナー違反だ」
国王の顔が紅潮する。俺は男の姿に唖然としてしまった。リアロバイトで見たあの男だ。魂を集めていた本人がフロースの父親だったなんて!
「おや? そこにいるのは獅子使いの少年か? この手で殺したはずだったが……まだ動いているとは、君はアンデッドの一種か?」
よくもひょうひょうとそんなことが口に出来るな。
こいつ、なんか表情がおかしいし、頭いかれてるんじゃないか?
「お前が推してた名医が助けてくれたんだよ」
「サノーとかいう老いぼれのことか? 笑わせてくれる。今日は君に会いに来たのではないのだよ、イグニス・G・イーオン。〈
サノーを侮辱するなよ。ムカつくな、こいつ。
「魔神カエルム、ここへ何をしにきた?」
「口の利き方には注意しろと前に言わなかったか? ラウルム国王。今日わざわざこんなクソ田舎の王宮まで足を運んだのは他でもない、我が娘フロースの成人を祝うパーティーの招待状を直々に渡すためだ。勿論、そこにいる奇妙な少年のこともついでに祝ってあげるつもりだ」
マントを翻し、スーツのポケットから白い封筒を取り出す。人差し指と中指で挟み、変に手首を返しながら国王に差し出した。国王は頑なに受け取ろうとしなかった。
「戦時下だというのに、敵国を招いてまで成人を祝う神経が俺には理解出来ん」
「戦時下だからという理由だけで愛しの我が子の成長を祝えないという親心の方が理解に苦しむなあ」
「今の貴様に親心というものがあるのか? 何を企んでいる?」
「企む? 例えば、私がラウルム国王の命を狙っているといったことか? 心外だ。もし仮に私がラウルム国王を目障りだと思い、暗殺を企んでいたとしても、そんな目立つ場所で事件を起こすくらいならこの場で手を下しているよ。私は今や、命を操る力を持っているのだから」
どんなにしつこく言い寄っても国王は招待状を受け取ろうとはしなかった。
その態度が気に入らなかったのか、カエルムは勝手に封蝋を剥がし、中の紙を広げた。
「『親愛なる〈
五月十七日? 七日後じゃないか!
「断ったら?」
「愚問だ。貴様は断らないのだから。正確には断れない、か」
「どういう意味だ?」
カエルムが嫌な笑みを浮かべる。
それから後のことはあまりにも一瞬すぎて何がどうしたのかまでは把握出来なかった。
気がつけばコルヌの立派な角が両方とも地面に転がり、召使達は吹っ飛ばされて壁に叩きつけられ、入り口の前に立っているカエルムの腕の中でコルヌがぐったりしていた。
国王が立ち上がり、コルヌに駆け寄る。
しかし、カエルムの手鏡が煌めいた途端、国王の下半身が魚に変えられてしまい、派手に転んでしまった。
「コルヌをどうするつもりだ!」
「パーティーの準備の手伝いを頼むだけだよ。戦時中で人手が足りないんだ」
「嘘をつけ!」
「コルヌが王宮からいなくなったことは誰にも言わないことだ。知ってのとおり、私は最近自制が利かなくなっている。気分を損ねると、この鹿もミイラにしかねない」
「貴様!」
カエルムが自分の体に手鏡を当てる。カエルムは真っ黒なコウモリに姿を変え、どこかへ飛んでいった。
「災難だったなあ」
アルスが現れ、国王の体の状態を調べ始めた。
「フロースよりは呪いの力が弱いから、俺の力でもどうにか出来るかもしれない。イグニス、唱えてくれるか?」
「わかった。天使アルスよ、呪いを砕け」
アルスの体から清らかな光が放たれ、国王の下半身を元の姿に戻した。本当だ。呪いの力はフロースの方が強いんだ。
「七日後、どうやらそのパーティーっていうのに、少なくともフロースは参加しなきゃならないらしいぜ。神殿の調査はそれまでにどうにか終わらせるとして、忙しいな」
「フロースはそもそも、パーティーのことを知っているのか?」
「知らされていなくても、ボンヤリと頭の片隅にあるんじゃないのか? 何しろ、二人の成人を祝うことはずっと前から予定されてるってレグルスが言ってたから」
国王が悔しそうに顔を歪めながら立ち上がった。青い眼光が俺を睨みつける。思わず俺は後退した。
「弟がさらわれたというのに、お前という奴は何故平然としていられる?」
「それは……ごめん。コルヌのことが思い出せなくて、さらわれたことに対してあんまり怒りが込み上げてこないって言うか、親身になれないんだ」
変に取り繕うよりは正直に言った方がいいだろうと思ったら逆効果だった。国王はすっかり頭に血が昇り、俺は思いっきり拳で張り倒された。
おいおい、こんな短気で国王が務まるのかよ。
「焦っても仕方ないだろう。期限が迫っているんだ。感情に流されてパニックになってるより、何をするべきか冷静になって考える方が先だろ」
「……お前、フロースに変なことを吹き込まれていないか?」
「は? なんで?」
「イグニスは誰よりも世話焼きで、見ず知らずの他人に対しても必要以上に行動する心優しい子だった。いくら記憶喪失で思い出せないからといって、そんな突き放した発言が出来るとは思えない」
「わ、悪かったって。コルヌのことは本当に心配してるから、助けに行く方法を考えよう」
「イグニス、どうやら迎えが来たらしいぜ。俺には風ウサギ様の気配がハッキリと感じ取れる」
アルスが遮る。
キュンと、あの甲高い声が聞こえたかと思うと、紫色のベールをソリのように引いて開けっ放しの扉からペンナが飛び込んできた。
神霊だとすぐにわかったらしく、国王も王妃も震え上がっていた。
紫色の目が乗れと目配せしてきたので、俺はすぐさまベールの中に飛び乗った。
「国王様、俺はこのまま星の神殿に行って、フロースとパーティーのことも相談する。きっとコルヌを救い出してみせるから!」
大きな耳を風になびかせながらペンナは宙返りし、元来た道を疾走した。長い廊下を一秒足らずで走り抜け、俺を乗せた風のソリは広い空に舞い上がった。
眼下には真っ赤な森が広がっている。
ハハハ、こりゃあ最高の景色だな!
ペンナは雲の高さまで上昇し、サノー達のいるラインザに向かった。
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