第4話 消えた学生証 1幕

「学生証が消えたって?そんなバカな」

 全ての講義を終えた僕は、先ほどまで調査をするなどと要領を得ないことを口にしていた小吉と再び合流して、旧校舎2階にあるテラス席へと腰掛ていた。そこで小吉にことの真相を尋問していた。

 僕が講義を受けていた間、小吉はというと講義室の間にある2人用のベンチで、見るからに固そうな革製の鞄を枕にして寝こけていた。全く、何が調査なんだ。夢の中に答えがあるというのか。

「そんなバカなことがないことくらいはわかってる。厳密には消えたわけではない。どこかで紛失してしまったのだ。」

「要するに、どこかに忘れてきたか、もしくは落としたのだろう」

「はて、どうだったかな」

「なるほど、でも調査という割には随分と悠長にしていた理由は納得したよ。学生証なんて別になくても生活はできるからな」

「それはそうなんだが・・・」

「だが・・・?」

「知らない人物に俺の顔写真付きの身分証を手にされていると思うと、あまりいい気はしない。」

「何だ、小吉にもそういう感情はちゃんとあったんだな、少し安心したよ」

「それはそうさ、今の時代、何をされるかわからない、写真をうまく流用して勝手に大手芸能時事務所に俺の履歴書を送られているかもしれない。いやしかし、それはそれで受け入れるしかないのかもしれない。俺はチヤホヤされて生きていく運命なのだ。やはり。」

「ちょっと何から言っていいのかわからないが、とりあえずチヤホヤされる、とかいうレベルのイメージならならない方が全ての人間のためだと思う。」

 小吉はお前ならそういうと思っていたと言いたげな、少しすました顔でこちらを見ていた。一度くらい殴っても文句は言われないはずだ。芸人のツッコミみたいなものだろう。


「それで、どうするんだ?探すのか」

「それはもちろん、そのままにしておくのは少し無責任だ」

「小吉自身のことなんだから責任も何もないような・・・」

「これは学生証に対する俺の贖罪のようなものさ、無くしてしまったことに変わりはないのだから」

「変なところ律儀だよな」


 僕と小吉は旧校舎を後にして学内の情報が全て集まってくるキャンパス情報課へ足を運んだ。講義に関する情報や落とし物、合宿免許のお得な申し込み方など、学内のあらゆる面の情報で学生を支える頼れる場所だ。心当たりは粗方探したし、もうここに届いていなければ詰みだ。王手だ。チェックメイトだ。


「え、学生証?今日のことですか?」

「いいえ、落としたのはおそらく昨日だと思います」

「う~ん、学生証の届け物は特に受けていないですねえ。もし届いたら連絡いたしますので、学部と学生番号を教えてもらっていいですか?」

「あぁ、はい、そうですか」


ーーーーーーーーーーーーーーー


「小口さん、ですね。わかりました。ではもし届いたら連絡しますね」

「お願いします」

 

 案の定詰んで、王手をくらい、チェックメイトを受けた小吉と僕は仕方なく帰路に着くことにした。念のため、昨日と同じ同じ道を帰る事にした


「そんなにショックを受けてはなさそうだな、やっぱり所詮学生証って感じか?」

「いや、そんなことはないけど、何となくわかってたんだ」

「というと?」

「子供の頃からいつもこうなんだ。小3の時に市民プールで帽子をなくした時も、小5の時に修学旅行先のホテルでタオルを忘れた時も、中学2年の時に隣のクラスの中川にゲームを貸した時も、それらが俺の元に戻ってくるとこはなかった」

「よく覚えてるな・・・てか最後のはシンプルに中川だろ、原因は。言えよ、返してくれって。あいつは確かに借りたことすら忘れるようなやつだけど、言えば返してくれただろう。」

「いや、きっと一度俺から離れていってしまったものは、戻ってこないようになっているんだ」

「んなわけねえだろ」

「だから、学生証も多分もう・・・」


 辺りはもう随分暗くなってきている。太陽が完全に沈み切る一歩手前だ。紫色の空に少しだけ赤みがかっている。しかしこんな空では落とし物はなかなか見つからない。一応目を凝らしてはみるが学生証どころか、ゴミ一つ落ちていない。


「治安が良過ぎないか、この住宅地」

「悪いよりはいいだろう、でも、治安がいいということは」

「あぁ、同じことを考えていた。世の中の全ての落とし物が集まると言われている、交番とかいうところに行ってみるか。」

「言われてないし」


 本当に自分のものがなくなったという自覚があるのかと、一抹の不安を覚えながら小吉の後ろを歩いていく。


「おや、これはまた偶然、よく会うなぁ、学生くん」


 僕たちは声のする方に徐を振り向いた。不思議と驚きはしなかった。


「何言ってるんですか、まだ2回目ですよ、賀茂さん」

「ほう、昨日の今日ということもあるがよく覚えている。だが、私のことは中也と呼んでくれというのまで覚えるのは無理があったか」


 昨晩と全く同じ格好をしたその男、もとい学生に己のことを中也と呼ばせたい変態探偵が僕たちの前に現れた。小吉を一瞥すると珍しく眼光鋭くその男を見つめていた。

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