第7話:ドーナッツの一番美味しいところは、真ん中の『穴』ですのよ?(その5)
「3日目に入って様子が変わったな。メスガキよ、あれは一体なんだ?」
「あれ…ですか? どれですか? ラフロイグさん」
「…あってはならない事が起きているようだ。メスガキ、ゴブリンのやつを呼んで来い。小娘もな」
「呼んできました、ラフロイグさん」
「おい、ラフロイグちゃん、急に呼び出すなんて、妨害のつもりかよ。お客さんを待たせてるんだから、用事があるなら早くしてくれよな」
「ゴブリンよ、あのテーブルに座っている連中を見ろ。なぜお前の紅茶に、俺の謹製アイスクリームが乗っている? お前が俺のアイスクリームを盗んで紅茶にトッピングしているのか。あるいは、メスガキが裏でお前を手助けしているのか」
「それはオレがききたいよ。あっちのテーブルに座っているお客さんたちを見てみろよ。なんでオレの特製ドーナッツの上に、お前のソフトクリームが乗ってるのさ? まさか、オレのドーナッツの人気に嫉妬して、うちのカリラちゃんに大量に確保させたんじゃないだろ?」
「…なるほど、妙だ。となると、キルホーマンの差し金か…? いや、それはありえん…」
「あら、お二人とも、神妙な面持ちでどうされたんですの?」
「ああ、アイラちゃんか…。ん? アイラちゃんも、その組み合わせで食べてるの?」
「組み合わせ? ああ、これですの。いいアイデアではなくって? ゴブおじの紅茶とドーナッツはアツアツでおいしいし、ラフロイグさんのアイスクリームはとってもひんやりしておいしいですわよね? それで、アツいお菓子に冷たいお菓子を合わせたらどうなるんですの? と思って、やってみましたのよ。それが大正解! この味を知ってしまったら、もう今までのお菓子では満足できないかもしれませんわ…。で、他の方々もあたくしの真似をして、お二人のスイーツを組み合わせて食べてらっしゃる、っていうわけですわ」
「ほう…スッピン、まさか、お前が震源地だったとはな」
「アイラちゃん…これじゃ勝負にならないよ」
「どうかされまして?」
「いやだってさ、オレのお菓子とラフロイグちゃんのお菓子が一緒に売れちゃったら、勝敗がつかないだろ?」
「そ、そうかしら…? まあ、でも、お二人も組み合わせて食べてごらんなさいな。勝負どころじゃなくってよ?」
「ええ~…だって、熱いお菓子と冷たいお菓子のとりあわせだろ? ほら、ドーナッツの熱で、ソフトクリームが溶けてきちゃってるよ。せっかくの揚げたてドーナッツも冷たくなっちゃってるし…」
「稀有なことだが、ゴブリンに同感だ。俺のソフトクリームをあえて溶かす理由があるなら伺おう」
「んもう! つべこべ言わずに食べてごらんなさいな!」
「う…うん。まあ、じゃあ…。一切れ失礼するよ? ソフトクリームを乗せて…ああほら、溶けてベトベトじゃないか…。 あむ!」
「ほら、ラフロイグさんも」
「…しかたあるまい…。 はむ!」
「「んん!? これは…」」
「いかがですの? 新感覚ではなくって?」
「おい、ラフロイグちゃん。これは驚きだ。ドーナッツとソフトクリームがケンカしちゃうかと思ったけれどまったくそんな事はない。ドーナッツの生地にほどよくソフトクリームがしみ込んで、全く新しい食感を生み出している。熱さと冷たさが交互にやってくるのも新鮮だよ。何より、口の中がパサパサにならない…」
「…ああ、どうやらそのようだ。ドーナッツの熱で鼻から抜けるソフトクリームの香りが強く感じられる。ドーナッツ自体の香りも、ソフトクリームの香りとよく合っているようだ。実に意外だ…。だが、残念だがこれを商品として認めるわけにはいかんな。まるでゴブリンのドーナッツによってスイーツとして完成させられている体なのが受け入れがたい」
「オレだって、お前の得体の知れないソフトクリームと一緒にされるのはゴメンだよ!」
「そうか。なら、あのテーブルの客どもの皿を取り上げてこい。その後に俺のソフトクリームを並べてやる」
「な、なんだと? 逆だろ? オレのドーナッツの皿を並べてやるんだ」
「はいはい、おじさんさんもラフロイグさんも、そのくらいにしておいてはどうですか?」
「そうだよ、オジサンに姉キ。みんな、二人のお菓子を組み合わせて幸せになってるじゃん。それをやめさせる道理があるのかよ」
「メスガキと小娘は黙っていろ。これは俺とゴブリンの問題だ。そこには顧客は介在しない。客は俺たちが出した物を黙って食えばよい」
「ドーナッツはオレとカフェの店主のこだわりの逸品なんだよ? それをソフトクリームなんかにけがされるのは我慢ならないよ」
「おじさん! ラフロイグさん! 二人とも、まだそんな事を言っているんですか!? 愚かしいですよ! いいかげん、気づいたらどうなんですか!?」
「…どうしたメスガキ」
「ま、またエレンくんを怒らせてしまった…」
「まだわからないんですか? おじさんも、ラフロイグさんも、お互い悪口を言ったり、いがみあったりしてますけど、お二人ほど素敵な友人関係は、他にはありませんよ? そろそろ気づいてください。おふたりが、本当は親友だってことに」
「なんだとメスガキ。オレとゴブリンが親友だと?」
「そ、そうだよ。こんなに意見が合わないんだぜ?」
「…それはウソですよ。二人とも素直になれないだけだとボクは思います。本当は、一緒に屋台をやった方が、ひとりずつでやるよりも何倍もいい、って事を、二人ともわかっているんじゃないですか?」
「…う、うん…そうかな…」
「なるほど。その見識を拒否するだけの客観的材料が見つからんな」
「…ラフロイグちゃん、どうする?」
「どうするもこうするもなかろう。癪である事に目をつぶれば、オレとお前が組むのが目下の最適解である事に疑いの余地がない」
「ラフロイグちゃんもそう思う?」
「…お二人とも、納得できたみたいですね。ボクも安心しました。じゃあ、仲直りの握手をしてください」
「握手だと? 握手は性に合わん。俺は、人の体に触れる事に慣れていない」
「つべこべ言わずに、手をだせよ。ほら、握手。シェイクハンズだよ。けっ! 細くて小さくてやわらかい手だな」
「お前と握手をする日がこようとはな…。よし、では、小娘と材料をこっちに移動させろ。他の屋台の連中に、目にものをみせてやる」
「そうこなくっちゃ。了解!」
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