第6話:ほら、あたくし、もう厚化粧じゃなくってよ!(その7)
「あっ! ほら、キルホーマン、見なよ。め、女神が…動いた…? アイラちゃん成功したのかな。ほら…あ、女神の目が開いた!」
「「おお~」」
「ふん…。うるさいギャラリーどもだ。特にゴブリン、騒がしいぞ」
「なんだよなんだよ! その体になっても、ねじ曲がった性格は治らなかったのかよ」
「お嬢様も目が覚めたようですね…。ご両名とも、無事でなによりです」
「お姉さん、成功しましたよ。お姉さん、大丈夫ですか…?」
「う…ううん…。エレンちゃん、ここは、現実の世界ですの…? いくつもの夢を旅してきた気分ですわ…」
「オバサン、頬っぺたをつねってやろうか?」
「え、遠慮しておきますわ。それに、夢の中でも痛いものは痛いんですから、それだけでは現実と証明できませんもの。そ、それよりラフロイグさんは…」
「厚化粧、俺はここだ。喜べ、お前のスキルが初めて人の役に立った。問題は、この体が長期間使われていなかったために、まだ、ほとんど動かす事ができない、という事だ」
「よかったですわ…。無事に、うまくいきましたのね…」
「おい、クサレ人形! じゃない…ええと、なんて呼べばいいんだ? まあいいや、ラフロイグちゃん! その声でお前のその言葉遣いは気色悪いから、やめろよな!」
「なるほど。どうやらお前はまだ、俺が、見知らぬ第三者である女の体を乗っ取った悪党だと言いたいらしい」
「な、なにを言っているのかよくわかんないよ」
「ゴブおじ、この女神の体ですけれど…信じられないかもしれませんが、実はもともとラフロイグさんの体だったんですの…」
「なんだって!? じゃあ、ラフロイグちゃんは女神だったのかい?」
「い、いえ、だから、この体は別に女神でもなんでもない人間の体でして、その人間の体の持ち主がラフロイグさんだったんですの」
「…どうしたゴブリン」
「お、お前…女だったのか…。しかもグラマーで美女だと…?」
「ほう、いつから俺が男だと錯覚していた、と、さっき厚化粧にも言ったばかりだ。何度も言わせるな」
「いや、だって、人形の時の声と口ぶりからしたら、だれだって男だと思うよ。それに名前もラフロイグだし…」
「…そうか。やはりお前はその人生において、多様性への理解を深める必要があるようだ。俺はラフロイグという名前でこの口調だが、生まれつき女だ」
「…ゴブおじ…? ゴブおじ? 気を確かにしてくださいまし! 大丈夫ですの? …思いのほか、ショックだったみたいですわ…」
「そうか。では、そのまま立ち直らない事を祈ってやる」
「ば、バカ言うなよ。だいたい、そんな粗野な性格でよく今まで生きてこられたよな」
「ゴブおじ、ラフロイグさんは、お料理研究家だったんですのよ?」
「りょ、料理だって…? お前が…?」
「料理研究家、か…。であれば、おめでたいと言わざるをえまい。それは正確な情報ではない」
「…ラフロイグさんは、お料理のお姉さんではなかったんですの…?」
「なるほど、確かに料理の腕前は否定されない程度だろう。だが、それは副次的な産物であり、本職ではない。料理研究家は便宜上の肩書だ。お前のような子供を安心させるためのな」
「で、では…ラフロイグさんは、お父様のお屋敷で、何をされていたんですの?」
「街の名士との会話で商談以外を持ち出す事がどれだけ無粋であるか、お前にも想像はつくだろう」
「お商売…ですの?」
「シンプルに伝えてやる。俺がやっていたのは薬品の調合、製造、販売だ」
「お薬…でしたの…。でも、それって、もしかして…」
「麻薬などの高額商材か、とききたいのか。ふっ。あるいはその方が、お前の父親は好条件で取引をしてくれたかもしれん。期待に沿えず残念だが、怪我や解熱や虫下しや滋養強壮の類の薬品だ」
「そ…そうでしたの…」
「子供のころのお前を、夢の中から、攻撃魔法のスキルで脅して追い出そうとした理由が、薬の調合ノウハウを盗まれるリスクを排除するためだったかは、想像に任せるとしよう」
「おや、ラフロイグさん、お帰りなさい。大学はいかがでしたか?」
「あの手合いの学問が嫌いかと問われたら嘘になる。だが、低レベルの質問攻めには辟易したと答えるしかない」
「ふふふ。それは大変でしたね。でもまあ、比較的すぐに、自由に動けるようになったみたいで、なによりです」
「元々、俺の体だからな」
「そうでしたね。ところで、ラフロイグさんはこれからどうされるんですか? 人間に戻れたという事は、転生をする必要がなくなったという事だと思いますが…」
「確かに、転生は不要だろう。だが、すぐに元の仕事に戻るつもりはない。お前達には、まだ俺のスキルが必要だろうからな」
「へ、へんっ! ラフロイグちゃんの助けなんて、いらないよ!」
「…という訳だ、キルホーマン。どうやら、俺はまだこのパーティに残った方がよさそうだ」
「どうやら、そのようですね。私たちも、その方が助かります。それに、お嬢様の額のアザについても、元執事として感謝申し上げますよ」
「ラフロイグさん…本当に、ありがとう…ですの。また、こうして化粧をしないで人の前に出られる日が来るとは、思いもしませんでしたもの…」
「なんだ、厚化粧はやめたのか」
「そうですの。だからあたくし、もう『厚化粧』じゃなくってよ」
「そうか。それはめでたい。では、今後は『薄化粧』と呼ぶとしよう」
「なるほど。ラフロイグさん、それは、厚化粧という上位概念があってこそ生まれる下位概念の用語ですね」
「いや、でも薄化粧のアイラちゃん、なんか雰囲気違うよね。なんて言えばいいんだろう? 幼いというか…」
「お姉さん、なんか…とってもカワイイです。『お姉さん』というより『女の子』って感じがして…」
「ははは! オバサン、思ったより童顔だったんだね! ほら、あたしと並んでみなよ。どう? みんな。下手したら、あたしの方が年上じゃね?」
「ちょ、ちょっとみなさん、カリラちゃん、あたくしをからかうのはやめてくださる!? だいたい、薄化粧じゃなくってよ! これはスッピン!」
「ほう、そうだったか。ではお前は今日から、厚化粧でも薄化粧でもなく『スッピン』だ」
「な、なんてことですの…。せめて、年相応には見られたいものですわ…。紅くらいは引こうかしら…」
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