第6話:ほら、あたくし、もう厚化粧じゃなくってよ!(その5)
「お姉さん…大丈夫ですか…?」
「エレンちゃん…。ありがとう…ですわ…。エレンちゃんは、あたくしが殺人者だとしても、あたくしに声をかけてくださるのね…」
「ボク…お姉さんの事が好きです。でも…本当に人を殺したことがあったのなら、ちょっとショックだな…」
「ふふ…そうですわよね。エレンちゃんは、どう思うの?」
「ボクは…。本当は、ウソだって信じたいです。でも…もし、お姉さんが本当に人を殺してしまったのだとしても、どうしようもない理由があったんだろうな、と思います。事故だったんだろうな、って思います」
「エレンちゃんは、優しいですのね。こんなあたくしでも、受けいれてくださるの…?」
「もちろんです」
「…抱きしめてもいいかしら?」
「ボクをですか? ええ、どうそ」
「ああ…人肌の温もりは、いいものですわね…」
「お、お姉さん、ちょっと苦しいです。でも…なんか、やわらかくて、暖かくて、いいにおい…」
「ちょっと、オバサン! あたしのエレンをとらないでくれる?」
「カリラちゃん…それはご安心なさって。あたくしのショタ好きは否定しませんが、これでもあたくし、本気で転生しようと思っているんですから…」
「アイラちゃん、オレだって素のアイラちゃんを受け入れたのに…オレの事もだきしめておくれよ!」
「げ…それは遠慮しておきますわ…」
「な、なぜ…」
「それよりもオバサン、あの人形オヤジ、あんたの事を裏切ったのか?」
「裏切った…。それは、どうなのかしら…。確かに、あたくしたちに心を開いているとか、そういう感じではありませんけど…」
「オレさ、あいつがそんなうかつな判断をするようには、思えないんだよな」
「あら、ゴブおじがラフロイグさんをかばうなんて、めずらしいですのね」
「いや、まあ、かばうつもりはないんだけどね。気になったのは、なぜいつも慎重で論理派のあいつが、今回は危ない橋を渡ってまで、アイラちゃんの協力を欲しがったのか、って事なんだよね」
「オジサン、それってどういう事?」
「普段のあいつなら、もっと、なんというか…スマートに交渉をしてアイラちゃんの協力を取り付けたと思うんだよね。キルホーマンをそそのかして、とか、アイラちゃんにいい条件を提示して、とか。だけど、今回は違った。アイラちゃんを脅すような交渉のしかたをしたんだよな。これは、あいつにとってもリスクが高いやりかただったと思うんだよね。だって、ひとつ間違えれば、仲間全員を敵に回すことになるからね」
「それは、人形オヤジが強力な魔法のスキルを持っているからじゃないのかな? いざとなれば、あたしたち全員をやっつけちゃえばいいんだろ?」
「だとしても、オレたちは数少ない、あいつの理解者だぜ? なにしろ、祠でほこりをかぶっていた時は、みんな怖がってしまって誰にも連れ出して貰えなかったんだからね。オレたちを失うのは悪手なはずさ。あいつはもっと考えて行動するやつだよ」
「では、ゴブおじは、なんでラフロイグさんが、今回あんなやり方であたくしにスキルを使わせようと思ったと考えているんですの」
「オレさ、思ったんだよね。多分だけど、あいつは、あの女神の体に、オレたちが想像している以上に執着しているんだよ。なぜかって? 恐らくだけどさ、あいつは、このチャンスを逃すと一生人形の姿で生きなければならない、と思っているからさ」
「オジサン、めずらしく冴えてるじゃん」
「そうですわね…その考え方をすると、少し納得できますわね…。ラフロイグさんなりに、今回は焦っている…。でも、やっぱり腑に落ちない事がありますわ。ラフロイグさんは、本当にあの女性の体でいいんですの? 確かに人形よりはずっと自由がききますけれど…性別が変わるという事は、それなりに苦労がある筈ですわ。男性の体が見つかるのを待つ事も、できたのではないんですの?」
「さあ、そこだよね。それはオレにもわからないや。女の子の人形に慣れちゃったから、女の子の体がいいのかもね。寝たきりのカリラちゃんを見たときも、カリラちゃんに乗り移りたいって言ってたもんな」
「ななななんだって? あの人形オヤジ、あたしの体をのっとるつもりだったの? …ヤバい寒気がしてきた…」
「どちらにしろ、あいつにはオレたちを傷つけたりとか、どうこうする勇気はない、とオレは思うよ。まあ、女神の体を手に入れたら、チームからは外れるかもしれないけどな…。あいつだって、人間に転生する事が旅の目的だったわけだからね」
「えへ、おじさんは、なんだかんだ言って、ラフロイグさんの事が好きなんですね」
「な、なんて事を言うんだよ! エレンくん」
「ふん。思ったよりもギャラリーが多いな。どいつもこいつも、マヌケ面してやがる」
「はいはい、ラフロイグさん、そろそろ眠る準備を始めて下さいね。女神の隣の、台の上に横たえてあげますからね」
「メスガキにたしなめられるのも、これで最後かと思うと、それなりにせいせいすると言わざるをえまい」
「ラフロイグさん、周りに集まってらっしゃる方々は、この博物館の学芸員や、大学の研究者たちですよ。彼らの協力なしには今回のことは実現しなかったわけですから、それなりに感謝してさしあげてください」
「そうか。それはめでたい。キルホーマンよ、お前にだけ感謝を伝えておこう」
「ちょっと! あたくしへの感謝をお忘れになっているのではなくって?」
「厚化粧、いたのか。ではお前に言っておこう。俺がお前に感謝をするのではない。お前が、俺に感謝するのだとな」
「あたくしの方が…感謝を…ですの?」
「お前が俺の夢の中で首尾よくやるのであれば、いずれ自明になる。さっさと始めるぞ」
「アイラちゃん、この椅子を使いなよ」
「え、ええ…ありがとうですわ。ラフロイグさんが眠った事を確認したタイミングで、夢の中に入ります。ゴブおじ、あたくしの体の事を頼みますわよ」
「わかってるよ。安心して。そして、気を付けて行っておいでね」
「人形オヤジのやつ…人形だから、寝てるのか起きてるのかわかんないね」
「…大丈夫…ラフロイグさんの意識が薄れ始めましたわ…。あたくしも…」
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